「ねえトロワ、僕気付いたことがあるんだ」
「………そうなのか?」
耳打ちされた内容に、トロワは微かに微笑んだ。
「ヒイロー、ヒイロヒイロヒイロさーーーーん」
「………」
「なー、お前も少しは休めってば。ハワードにオレが怒られるんだからなサリィさんにだってだぞ、わかってんのかよ」
「………」
ぶちぶちぶちぶちと文句を言い続けるデュオを無視しながら、ゼロの微調整をするヒイロの手が止まることはない。
「作業始めてもう16時間だぞー、いい加減休めよー」
デュオは柵に腰掛けて退屈そうに足をぶらぶらさせながら、これみよがしに溜息を吐いた。人間の集中力は普通3〜4時間と言うけれど、いくら訓練を受けているとはいえ目の前の奴は異常だ。
元々デュオはハワードと顔馴染みだし、愛想がいいから休まないヒイロの対処にほとほと困っていた二人につい面倒役を買って出てしまったのだ。だってジジィはともかく美人のお姉さんが困っているのは見るに忍びない。
「おーいーーーヒイロさーーーん?」
「………」
デュオがここで粘り出してから既に10時間以上経過している。その間めげないデュオも凄いが、その声を無視したまま集中して作業してるヒイロはもっと凄い。
貫かれ続ける無反応にデュオは眉を顰めた。
自分の命を預ける機体だ、整備するのも細心の注意を払うというのも理解出来る…が、だからといって先程の出撃から17時間経った今、そのほぼ全てが作業にあてられているというのは歓迎出来る事態じゃない。
彼の代わりはいない。
「なあ、お前が化け物じみた体力なのはわかったから、ほんのちょっとだけでも仮眠くらい……」
「その辺にしておけ、ヒイロが困ってるぞ」
「え?」
かけられた穏やかな声に、デュオはしばらくぶりにヒイロから視線を離した。
探すまでもなく声の主は下のリフト付近にいた。
軽く手を振ったトロワが、地面を蹴って抵重力の中同じ高さまで上って来る。デュオは思わずその動きを視線で追ってしまってから、ヒイロではなく自分のすぐ横に来たトロワに何か用だろうかと口を噤んだ。
「ヒイロ、休まなくていいのか?」
「……問題ない。あと少しで区切りをつけて仮眠をとる」
「そうか」
「………ヒイロ、お前オレん時とずいぶん態度が違うなぁオイ…」
さっきまでが嘘のように目の前で普通に会話されて、途端にデュオがむくれた。それにちらりと視線をやってから、トロワがもう一度ヒイロに尋ねる。
「デュオと何か話していたのか」
「そいつが勝手にいただけだ」
手も止めず、当たり前のことのように言い切ったヒイロにさすがにデュオがむかっとくる。確かに事実だが、そのいかにも邪魔そうな口調は腹が立つ。
「おま…っ」
「じゃあ、こいつを連れて行っても構わないな」
けれど、ふつふつとした怒りのままに文句を言おうとしたデュオの言葉を遮るようトロワが呟いた。
初めてヒイロの手が止まる。何故俺に聞くんだと少し怪訝そうな顔でトロワを見たヒイロに、トロワはゆったりと微笑んだ。
そしてすっと腕を持ち上げるとすぐ横のデュオの頬に手を添える。
「ヒイロに付き添っていてお前も休んでいないだろう、少し顔色が悪い」
「あ…いや、」
まっすぐデュオと視線を合わせて、滑らせた手の平が耳元から髪をかきあげる。近づけられた顔と低い囁きに、デュオが驚いたように固まった。
反射的に顔に血が上る。
「連れて行って構わないな?」
トロワはそのままの体勢でヒイロの方へ顔を向け、確認するように問いかけた。
「………俺には関係ない」
少し瞳を細めたヒイロはそう答えると、あとは興味をなくしたようにまた作業に戻った。
辺りには格納庫で作業をする整備クルー達の怒鳴り声と機械の音、そしてヒイロのキィを叩く規則正しい音だけが高く響く。
トロワはそのヒイロの姿を確認すると、デュオに「行こう」と囁いて腕を引いて連れ出した。
トロワの繰り出す行動についていきそこねたデュオは、何が何やらと思考をまとめる前にトロワの手によってその場から連れ去られたのだった。
「なーなートロワ、何だったわけ一体?」
「なに、ちょっとした実験だ。気にするな」
「気にするなってお前さ……」
戻る気にもならないし仮眠はヒイロのところへ行く前にとったしで、暇を持て余したデュオは結局トロワと休憩室にいた。
パックジュースのストローに齧り付きつつ、何やら楽しそうなトロワと視線を合わせてみる。
さっきのわざとらしい、いかにも何か想像してくれと言わんばかりの手の動きはなんだったんだろうか。よく考えればわざわざ耳元で声を出してたし、連れてこられる時も気色悪いことこの上ないが腰を抱かれた。
見せつける、と言ったってあそこにいたのはヒイロだし一体何がしたかったんだかさっぱりわからない。
「カトルから面白い情報を貰ったんだ」
「なに?」
「ひみつだ」
「なんだよそれー」
むうっとふくれたデュオにトロワは微かに笑って、少しだけ情報公開することにした。
どうせデュオにはわからない。
「どうやら俺は、ライバル視されてるらしくてな」
そして思い出すかのように目を細めた。
『あのね、デュオってトロワといる時凄く素直なんだ。まあ君の雰囲気のせいだろうけど…でも、それをヒイロが凄〜く気にしててね。本人気付いてないみたいだけど凄く焦った顔するんだよ。それはもう、面白いくらいに』
「……確かにかなり見物だったな」
「なにが」
きょとんとしたデュオと視線を合わせ、トロワは心底楽しそうにたちの悪い笑みを浮かべた。
「ああ、お前は一生、知らない方が幸せなことだ」
end.
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