けして音をたててはいけない静寂というものは、確かに存在する。
わずかな身動き、衣擦れの音。
呼吸さえもが邪魔になる。
一瞬で全てを壊してしまいそうな予感に知らず息をひそめ、そっと眼前の現実を見つめる。
本当にたまにだけれど、ヒイロはそんな瞬間を創り出すことがある。
―――だまされない。
そんな感覚はまやかしだ。
実際には無愛想な奴が周囲に溶け込まず一人離れて座っているだけ。
実際には変わらない無表情に自分が勝手に意味をもたせているだけ。
ただ、どんな時にも揺るがない眼差しが見ているのが自分だという、それだけのことだ。
手の平に汗がにじむ。
周囲の喧騒が遠くなる。
本当にたまにだけれど、ヒイロはオレの世界を彼だけにする。
―――だまされない。
こんな感覚は、まやかしだ。
合わさった視線を逸らすだけで、世界に音が満ちる。
現実には孤独な少年と、大人に混じりふざけあっている少年が一人。ただそれだけ、それが現実。
感覚を馬鹿になんてしない。
けど、この感覚は信じない。
―――だまされない。
まっすぐに見つめてきたってそんなものはまやかし。
そこに何かが含まれていようといまいとそんなことは関係ない。
だから一度は逸らした視線を自分から向け直す。
視線の合った瞬間、先程から逸らされないままだったらしいそれに怯みかけたデュオは負けじと力いっぱい睨みつけた。
その時、それまでは全く変化のなかったヒイロの瞳がふっ、と和んだ。
―――絶対負けたりなんか、しない。
けして音をたててはいけない静寂というものは、確かに存在する。
音をたてたら負けてしまいそうな、くじけてしまいそうな、そんな静寂は。
end.
|