この村の法術士には天使の恋人がいるらしい。
それは村人誰もが知っていて、そうして内緒にしている事だった。


「おい、ヒイロお前また来たのかよ!!」
「……来たら悪いのか」
終戦後、真っ先にブリティスから姿を消したのはデュオだった。
姿を消すことそのものは予想されていたのだが、全員にとって誤算だったのは 彼が行き先を残さなかったことだ。
城に就職する事になった養父のデスサイズくらいには連絡先を残しているかと思いきや、どうやらそれもなかったらしく彼はショックで数日寝こんだらしい。
まあそれは横においとくとして…そんな中、実はヒイロだけはデュオの現在の居場所を知っていた。と言うよりもわかっていた。
実は彼はこの事態を予想して、保険の意味でデュオの荷物に自分の羽根を混ぜておいたのだ。だからデュオが旅を続けている間もヒイロにはデュオの居場所がわかっていた。
そうしてデュオが落ちついた頃を見計らい、ヒイロは頻繁に城を抜け出しデュオの元へ通うようになったのである。
もちろん、デュオの居場所は誰にも内緒で。捜索活動を横目に結構な優越感に浸ったりしながらの行動だ。
「悪いってことはないけどさー…サリィさんにオレが睨まれるだろー」
「別に彼女の薬が悪いわけじゃない。俺にはお前のの方が効くだけだ」
「………同じことだろ」
理由がないと訪ねてもまた逃げられそうなので、自分の生傷が絶えないのをいいことにヒイロは「薬をもらう」という名目でデュオの元に通っていた。
とりあえず、現状それ以外に口実がないというのが結構むなしい。
ヒイロは心の中で拳を握り締めた。
―――絶対に理由がなくても会える関係を形作ってやる!!!!!
それは１年間というバロックガンとの戦闘中ずーっとヒイロが絶え間ない努力を続けて全く達成されなかった目標だった。そして今なお達成される見込みがないのはヒイロが不器用過ぎるのかデュオが鈍過ぎるのか。多分両方だ。
どちらにしてもなかなか低い目標である事は間違いない。
「ほら、調合終わったぜ。今回は配合変えてみたから法術系の傷の治りも前より早いはずだぞ」
「わかった」
薬を受け取り、代価を払う。
ヒイロにとってはこの事務的な、二言三言の会話がとってもとっても幸せな時間なのだ。
とりあえず今は他の連中にバレてないのでデュオの声を聞けるのは自分だけである。その上、この言葉の数々は自分に向けて発されているのだ。
―――早くこの薬を使い終わらねば!!
真面目なヒイロは、律儀にも使い終わるまで次の薬をもらいに来れなかった。
だから、実戦に出るとかハードな訓練をするとかで傷を作らなければいけない。明日からの訓練の強化を、ヒイロは心に誓った。
ちなみにこの天使の戦後の訓練への入れ込みぶりは恐ろしい程と言われているのだが、本当の理由はこんなもんである。
「……じゃあ、また来る」
「おう、気をつけて帰れよ」
にっこり笑って送り出されてしまう。
ヒイロとしては本当はもうちょっと居たいのだが、理由がなくなってしまうと居てはいけない気がするのだ。
だから、ささやかな時間に満足することにしてヒイロは足早にデュオの元を後にした。
毎度毎度いきなり来て、ロクに話もせず、薬だけ持って帰る天使にデュオは溜め息を吐いた。
「あいかわらずのカタブツだなぁ」
あんなんであいつこの先恋人出来るのかな、などとおせっかいな心配をしてしまいつつ、デュオは何事もなかったかのようにまた自分の研究に戻ってしまった。


うきうきした気配を隠しもせず、無表情ながら幸せそうに歩いていた少年の背で真っ白な翼がばさりと広がった。
めいっぱい風を孕んだそれを二、三度羽ばたかせたかと思うと、その姿はあっと言う間に空へと飛び立った。
始めの頃こそ吃驚仰天したものの、そろそろ村人たちも慣れて来た光景だ。
「またデュオに会いに来てたんだね、あの天使さま」
「なんだか見てるこっちまで幸せになるよねぇ」
「いいねぇ、若い者は」
話を振ってもとぼけてばかりの若い法術士を思って、村のご老人たちはくふふと含み笑いを洩らした。
あそこまであからさまな空気を見ていればごまかしても一目瞭然だ。


この村の法術士には天使の恋人がいるらしい。
それは村人誰もが知っていて、そうして内緒にしている事だった。
まさか、天使の片想いなんて誰も考えつきやしない。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　end．