halloween 2



「お前さ、もう少し人目を気にするとかしろよ」
ドアを閉めて開口一番、デュオが口にしたのはそんなセリフだった。
機嫌が悪いというわけではないけれども健やかとも言い難い。敢えて言うなら困惑気味と言うか、諦めの極地と言うか。
デュオだって古の風習に従って魔除けの焚火をしろとか言う気はない。仮装したりカボチャをくり抜いたり、子供がお菓子を狙って練り歩くというお遊び的要素をもった風習を認めないというわけでもない。
だが、だからと言っていい年した男がカボチャを頭に被って仮装してさくさく歩いて来るというのはどうかと思うのだ。
いかにハロウィンがお遊び行事とは言え、浮きまくったその光景を考えるだに恐ろしい。
言われたヒイロはといえば、作り物らしいカボチャをはずし黒のマントを取ろうと首元の紐を緩めているところだった。
否定的な気持ちを全面に押し出すデュオの様子など全く気にする素振りはない。
そして玄関に据え置かれている靴箱の上にそれらを乗せてしまうと、まだぶちぶち言っているデュオを無視してそのまま部屋の奥へと進んでいってしまった。
「お、おいちょっと…」
「何もない部屋だな」
「は?」
部屋の主を無視しまくったヒイロの行動に慌ててデュオが追いかけていくと、それをちらりと横目に見てヒイロが呟いた。
「もっと、いろいろと無駄な物を置いているかと思ったが」
どこか感慨深げに呟くヒイロには、デュオの非難は全く届いていない。
しばしの沈黙の後、デュオは溜め息一つで諦めたように気持ちを切り替えた。ヒイロの人を無視した行動はいつものこと。今更だと気付いたからだ。
「ま、越して来てそんなに経ってないし。それにお前みたく必要最低限以下とまではいかなくても、あんまり物持たないぞ、オレだって」
しかしヒイロから見たオレがよくわかるセリフだよなぁ、と内心で付け加える。
もしかするとかなりごちゃごちゃ部屋がイメージされていたんだろうか。それはちょっといただけない。
「これでも余分な物は持たない主義なんだ、一応」
「………」
駄目押しで呟かれたデュオの言葉にヒイロの瞳が僅かに細められた。
それには気付かず、デュオはとりあえず客だからという事で話の前に飲み物でも出そうかと棚を空けてカップを取り出した。
「コーヒーでいいよな」
「ああ」
デュオの問いかけに機械的な返事が返る。
珍しくも少しぼんやりとしたような声におや、とデュオが振り向いた。
「ヒイロ?」
「何でもない……、いや」
何事か考えていたらしいヒイロがふいに顔を上げた。思案げに顰められていた眉が真剣な表情へと移り変わる。
「コーヒーはいらない。菓子はあるか?」

「……………はい?」

間抜けな雰囲気の沈黙の後、どこから出たんだかわからないくらい低い声が漏れる。
無意識のうちに思いきり不審そうな表情になってしまっていたデュオは、ヒイロが先程と変わらない真面目な表情で自分をじっと見ていることに気付いて改めてまじまじと彼を見つめてしまった。
…今のは聞き違いだろうか。
ヒイロが、お菓子?
「あのさ…菓子、って、あの甘いお菓子の事とか?」
「他に何かあるのか」
「いや……」
聞き違いじゃ、ないらしい。
なんとなくそぐわないような気持ちを感じつつ。とりあえず言われた通りに出してやろうと思い、デュオはカップをシンクに置くと壁際に寄せてあった缶を開けた。
なんだか今日のヒイロはいつにも増して変らしい。
デュオは普段なら甘いものなんて常備していないけれど、今日だけは別だ。ハロウィンに参加している子供たちの為にクッキーを買ってあったから。
「…あれ?」
「どうした」
「いや…あ、そっか」
クッキー缶を開けた瞬間空の中身に首を捻ったデュオは、そういえば中身を全部小袋に分けたことを思い出した。
どうせ余っても困るからと缶の中に残さなかったのだ。
そして、小袋の方はと言えば、ヒイロが来るちょっと前に来た子供に上げたので最後だった。
「悪いヒイロ。なんか無いみたいだわ」
「そうか」
缶の中を見つめた体勢のまま、事実をそのままに。あっさりと悪びれることなく呟きだしたその時、返事は何故かやたら近くから聞こえた。
邪魔な缶を部屋の隅っこに置いていたせいで壁際にいたデュオの脇で、ヒイロの腕がとん、と軽い音をたてて背後の壁につく。
「……え?」
気付かなかった気配に慌てて顔を上げると目の前にはヒイロの顔があった。
互いに床にしゃがみこんだ体勢のまま、なんとなく見合ってしまう。
「…ヒイロ?」
「今日はハロウィン、だったな」
「そうだけど」
見えない会話の流れにデュオは首を傾げた。
ヒイロの行動の意図がさっぱり読めない。そう言えば、何の用でデュオを訪ねて来たのかもまだ聞いていなかったことに思い至った。
相変わらず妙な奴だ。
そんな今更ながらの感想をしみじみと噛み締めてしまいつつ、起き上がるには邪魔なヒイロの腕に手をかけた。
はずそうという意図をもってよいしょ、と力を込めてみるがビクともしない。
「あのさぁヒイロ、邪魔」
思ったままに口にすると、ヒイロがなんだか嫌そうな顔をした。
だが嫌そうな顔、で終わってしまって腕がどけられる様子はない。デュオの中でようやく不審感が頭をもたげてきた。
「ヒイロ、お前何の用で来たんだっけ」
「用はない」
「は?」
とりあえず辺り障りのないところから会話を進めてみようとしたデュオの心配りはしょっぱなからくじかれた。
さっきから意味を持たないような疑問系ばかり口にしてるなと思いつつ、妙なセリフをのたまったヒイロを見つめる。
「だが別の用事が出来た」
「……ああ、そう」
だからその用事は何なんだよ、と心の中で呟きつつ、どかされないままの腕に視線を走らせる。
今までの会話の流れを反芻してみてもこの腕の意味というのがさっぱりわからない。
というよりも、さっきからまともな会話というもの自体が成り立っていなかった。
「今日はハロウィン、だったな」
「だからさっきもそうだ、って言ったろ」
「仮装して訪ねて来た子供に、菓子を渡せなかった場合。どうなるか知ってるか?」
「あ?」
「いたずらされるんだ」
「………」
―――だから何だってんだ。
ヒイロの言葉にだんだん考えるのが面倒になってきたデュオが続きを促すようにヒイロを見た。
「俺がここまで来た服装は?」
「……」
「今、要求したものは?」
「………」
「出せなかったな」
「………だから?」
「何をされても文句は言えないという事だ」
「………………」
ヒイロのかなりこじつけ的な最後の言葉に、一瞬白に染まった頭をフル稼動させ、デュオは呆然と今の会話の流れを反芻してみた。

ヒイロは用もなくここへ訪ねてきて。(その理由は何だろう?)
妙ちくりんな仮装をしてて。菓子を要求してきて、でも無くて。
そして、腕に閉じ込められたこの体勢。

「………」
ざっ、とデュオの顔から血の気が引いた。
「おま…お前っまだ諦めてなかったのかっ?!」
ヒイロの言わんとする、『別の用事』に思い至ってしまったデュオの叫びに、ヒイロがふてぶてしい笑みを浮かべた。
「簡単に諦めると思ったお前が馬鹿なんだ」
「オレは、男はご免だって言っただろっ」
脳裏に甦るのはかつて一度、多分くどかれていただろう時の事。
多分、と付くのはいきなり押し倒されることから始まったせいだ。
「俺の知った事じゃないな」
「充分関係アリだろがーーーっ」
じたばたと暴れてみても、すでにヒイロによる包囲網は完成しているらしく逃れられる気配がない。
素早さに定評があってもここまで接近戦に持ちこまれるとモノをいうのは腕力である。その点では鉄格子を素手で曲げるヒイロに敵うはずもないのだ。
前回よりやばげな展開にデュオの顔に焦りが浮かぶ。
―――と、もがいていた手に何かが触れた。
「俺がここに来た時点で警戒もしなかったお前が悪い。諦めろ」
「……諦めるか馬鹿野郎ーーーーっ」


   ガッコーン☆


クッキー缶が何かに激突する鈍い音が響き渡った。
へし曲がった缶が石頭に与えただろうダメージの程は、如何に。



―――とりあえず、やったら固い缶だったということだけは明記しておこう。

                                          end.




COMMENT;

去年のハロウィン話の続き(?)です。
たしかあの時はやたら忙しくて、徹夜明けなのに「しまった今日ハロウィンー!!」と一生懸命書いた覚えがあります。
あの後に続きがあったはずなのに今じゃもう何書こうとしてたんだかさっぱり記憶にありません(爆)
全く別の話書こうか続き書いてみようか考えて、とりあえず続きっぽくしてみました。
うーん…上手く繋がったんだろうか・・・(汗)

そういえば、オレンジのカボチャくり抜いたりお菓子貰いに歩き回ったりなハロウィンって、アメリカの風習らしいですね。
イギリスやアイルランドだと古代ケルトの風習に由来して焚火とかリンゴ食い競争とかの民族的行事が行われてるらしいです。
ハロウィンとは万聖節(11月1日)の前夜祭。
古代ケルトでハロウィンは1年の終わりの夜、すなわち大晦日を意味し、新しい年と冬を迎える祭りで、この日の夜には死者の魂が家に帰ると信じられたそうです。
そもそもは古代ケルトのドルイド教で行われていた祭で、死者を祭るケルトの祝日サムハインが、キリスト教に取りこまれたものだそうな。
そのサムハインってのが、死の神様なんですよ!!(笑)
サムハインは、アーリア人の死の王、サマナ(差別をなくすもの、または容赦なく刈り取るもの)と呼ばれた死の神であり、同時に祖霊たちの王様らしいです。
だからハロウィンてのは聖なるサマンの前哨祭。夜になると死の神サムハインが邪悪な霊を呼び起こすので焚き火で魔除けするのです。
太陰暦だと祭りは当日ではなく前日に行われるもなので、10月31日の方が主祭なんですね。

以上、今回書くにあたってネタ探しで調べたハロウィンについて。
いろいろなところから引っ張ってきてるので間違ってるとこあるかもです…いやその可能性かなり高し(-w-;
でもちょっと…いやかなり。死の神の祭って辺りでデュオを思い出したうさぎです(笑)


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