ごきげんな一日



朝のお目覚めは太陽と同時に。
夜明けの空気はどこか凛と澄んでいて、他の時間とは違った身も心も清められるような感じを受ける。
寝床を出てきたのだろう鳥たちのおしゃべりが聞こえるし、陽射しはたとえようもなく優しい。まだ寝静まった街は時折遠くで車が通り抜ける音が聞こえる程度で、いつもの雑音に満ちた世界と同じとは思えない。
今起きればさぞ気分がいいことだろう…かと言ってすぐベッドを出てする何かがあるわけでもなし、そのままごろごろ〜と枕に頬を擦り寄せる。
このまったりした時間がなんとも言えず格別なのだ。
そうこうしているうちに出勤の時間、名残惜しい温もりを後に朝食の仕度。
サラダとトーストとハムエッグをかっこんで、ちょっと遅刻しそうな時間にダッシュで玄関を飛び出す。
いつも時間ギリギリに本部へかけこむ自分を見て眉を顰める面々は、「夜明けから起きていた」と言ってもまず間違いなく信じないだろう。
まあ信じたところで「とっとと起き出せ」と言われるのがオチだろうだから黙っておく。どのみち大した違いはない。
いつもと同じように作業にかかり、自分のノルマをちゃっちゃと終わらせ昼休み。
食堂のおばちゃんにご飯を大盛りにしてもらってご機嫌具合に輪がかかる。愛想は普段から地道に振り撒いておくに限る。
おかず売り場のおねーさんにも内緒で1つ多く盛り付けてもらったし、飲み物は昨日の賭けの戦利品として売り場の兄ちゃんにどっさり貰った。
量が多い?育ちざかりだから構わない、こんくらい軽い軽い。
腹ごなしに散歩をして、午後はミーティング。
ここまでは結構快適な一日だったと思う。我ながら順調だったなー、なんて。
まあ、当然世の中そう上手くはいかない。


「よっ、トロワ」
ひょいと覗き込んだミーティングルームで見付けた馴染みの顔に、デュオは気分よく声をかけた。
事前に渡されてた資料から今日ここで会うことはわかってたし、自分を認めて微かに笑んだ彼の隣へ遠慮なく座りこむ。
それから暇なので椅子ごとトロワの方へ振り向いた。別に話があるわけじゃないけど、それはまあ癖みたいなものだ。相手もそれをわかってるから特に気にした様子もない。
向かい合ってる二人に敢えて話しかけてくる者もなく、沈黙が苦にならない相手を前にデュオはデスクに肘をついて顎を乗せながら、のんびりと窓の外を眺めていた。
5分くらい経過したところでそろそろ時間だとトロワが顔を上げた。
必然的に視界に入るデュオに、特に着目すべき点はないはず…なのだが、この時彼はおやという顔をした。
ほんの僅かのその吃驚したような気配の変化に、デュオが顔を上げる。
僅かに変わったトロワの表情に気付かなければ良かったと思うのは後のこと。とりあえずその時のデュオは、微かに動いた彼の眉を目聡くチェックしてしまっていた。
「トロワ?」
「ああ、…いや、気にするな」
気にするなと言ってもそういうのは凄く気になる。
まして相手はかのヒイロ・ユイの次に表情の変化がないことで有名なトロワ・バートン。その表情が一瞬とはいえ傍目にわかるくらい変わるなんてタダゴトじゃない。しかもそれの理由ってどうやら自分のことみたいじゃないか。
曖昧に笑って誤魔化そうとするトロワを許さず、デュオは詰め寄った。
「そう言われると却って気になる。なんだよ一体」
「いや。……そうだな、教えておいた方がいいかもしれん」
ちょっと言い澱んだトロワが、次いで何か考えたらしい間の後急に指で手招いた。
不信感が頭をもたげなかったと言えば嘘になるが、好奇心が勝って素直に耳を寄せる。トロワが小さな声で囁いた。
「………」
「…………げっ」
慌てて自分の首を押さえたデュオの前で、トロワはゆっくりと頷いた。
「……マジ?」
「ああ、首を傾げるとよーく見えるぞ。昨日も今日も気付かないでそのまま歩いてたのか?」
おかしそうに目を細めて言われてもちょっと救いはない。
赤くなるべきか青くなるべきかそれとも否定すべきかと考えながら、結局デュオは机に突っ伏した。今更どうしようもない。
「こっそり噂になってるだろうが、まあ気長に頑張れ」
ぽんぽんと頭を叩かれて慰められても、あんまり嬉しくなかった。
この後のミーティングにあんまり集中出来なかったのは言うまでもない。


午後の仕事が終われば後は帰るだけ。
飛び込みの仕事も多いけれど、ノルマ分プラスの仕事を終えれば後はフリー。残業したりも多いけど、緊急事態でも発生しない限りは時間は自由。どうせ後で忙しくなる、休める時は休むに限る。早く帰れるならそれに越したことはない。そう、今日みたいな日は特に。
「ただーいま」
背中でドアを閉めると、部屋の中にはすでに人の気配。2日に1度、規則的に必ず訪れる無愛想な来訪者。
「………」
返事が返らなくても構わない。元から期待してないし、返れば逆に気持ち悪い。言い方は悪いかもしれないが事実だし。
「今日はそっちも早かったんだな」
「しばらくはな」
会話にならない会話はいつものことで、多分それはこれからも変わらない。
2日に1度、夜だけの来訪者。
朝になれば、きっと自分より忙しい。なのに必ずここへ来る黒髪の。
「………。夜は長いぜ?急ぎすぎ」
急くように回された腕の強さに笑ってしまいながら、デュオは自分からもぎゅうっとしがみついた。

2日に1度。自由な朝と、安息の夜。
少しだけ忙しい、それは多分特別な1日。

                                          end.




COMMENT;

なんとなく書いてなんとなく読める、というほわほわ系のお話です。
最初はコレと対で「不機嫌な一日」もありました(笑)誰の話かは言うまでもありません。
でも似た感じなのでどっちかカット、と思って残ったのがこちらでした。
しばらくお休みしてしまっていたので、復活第一段は和やかに。


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