どこが好きなの



喫茶店を出たとき、外は雨が降っていた。
コロニーの天候はウェザーコントロールシステムに管理されているから、この夕立ちも予め予告されたものだ。
用意していたカサを広げながら、ちらりとデュオは横に立つ男の顔を盗み見る。
休みが取れたと、久々に自分を訪ねて来た彼と早めの軽い夕食をとるために選んだのはポートとアパートのちょうど中間地点にある喫茶店だった。
小さなその店はシンプルで小洒落た雰囲気をもっていて近頃デュオのお気に入りだった。美味い軽食を出すためか入り組んだ場所にも関わらず客足は絶えない。
それは、食事が済んで、コーヒーを飲んでいたときに起こった。
隣の席に座った男女による喧嘩。
自分達と同じ年頃と思われる少女は泣いていて、男は終始彼女を宥めていた。様子から察するに男が浮気でもしたのだろう。
別にその争い自体は自分達にとっては他人事で関係なくて、凄くどうでもいいものの、なんとなく耳に飛び込んだ少女の一言は頭から離れなくなった。
『あなたは私のどこが好きなの?』
その時、デュオはふいに考えてしまったのだ。
―――お前さ、オレのどこがいいわけ?
そのときから黙ったままの彼は、多分同じことを考えているのだと思う。
「………」
少し前をカサをさして、ほぼ同じペースで歩く男の背中を見る。
少し見ない間に背が伸びたようだ。ほんの僅かに見上げるようになったのは、伸びている筈の自分の身長が追いついていないせいだ。
少し悔しいが、この間の逆の立場かな、とも思う。
まあ、成長期なのはお互い様だから次に会った時またどうなっているかはわからないけれど。
「な、ヒイロ」
「………」
なんとなく沈黙が嫌になって、声をかけてみた。
僅かに歩くスピードが緩み、彼がこちらを振り向く。
「オレね、お前の顔が好き」
「………。なんだ、突然」
にっこり笑顔つきの宣言に、ヒイロは一瞬面食らったような顔をしたものの呆れたように返した。
緩んだ歩調に追いついて、真横に並んで歩き出す。
「瞳がね、妙に惹かれるんだ。深くて綺麗で。顔自体整ってて好みだし…うん、まあやっぱり顔が一番好きかな。あ、でも声も凄い好き」
「………」
「体は…まあ、色んな意味ありそうだからとりあえずノーコメント。性格は、そうだなー真面目すぎて馬鹿だけどそういうとこも含めて、唐突にアホっぽいことやらかすのが人間ぽくて好きかな」
「………」
くすくす笑って横を見ると、からかわれてることを理解しているヒイロが苦虫を噛み潰したような顔をしてちらりとデュオを見る。
それはある意味全てデュオの本音で、ある意味全て嘘かもしれない。
言っても言われても意味のないことだから、それは本当に重みなどない言葉遊びの延長だ。
『どこが好きなの?』
思いつくことは、言葉にしてしまうと全部嘘っぽくなる。
だから普段は何も言わない。
「…期待しても、俺は何も言わない」
「お前に期待するだけムダだとはわかってるからいいし」
自分は遊びにのらないぞと言うヒイロに笑って返す。
こんなきっかけでもなければ、自分だって何も言わない。
「でも、ちょびっとは本気も入ってるから、何らかのお返しはあってもいいんじゃないかと思うんだけどどう?」
「………」
「………まあ、無理にとは言わないけどさ」
顰められた眉を見てしまい、あははと乾いた笑いでごまかす。この人物に自分の遊びにのれという方が間違っていることは重々承知の上だ。
―――まあ、ちょっと残念だけどね。
特別惜しむほどのことでもない。
それでもなんとなく言いたいことは言ったから、デュオは妙にすっきりしていて満足だった。
「小雨あと何分だっけー。どばーっとくる前に帰るぞ」
そうして気分を切り替え、手元の時計を確認しながら言ったとき、ヒイロがデュオの腕をとった。
「え?」
ふいに指先にやわらかい感触。
気付いたデュオがリアクションを返す前にそれはすぐ離れていった。
「そうだな、その指は好きだな」
「…お、まえ……」
さらりと呟かれてようやく、指に口付けられたのだと気付く。
まさかこういう仕返しをされるとは思わなかった。
頬が熱くなってることを自覚しながら、デュオはなんと言ったものかと考えて口をぱくぱくと動かした。
この男は、本当に。
妙にツボを心得ているのだから、本当に憎らしい程に。
「どうした、帰るんだろう?」
「…ああ、そうだよっ」
喉の奥で笑うヒイロに見えないように顔を伏せて足早に歩きだす。そんなことをしても結局バレバレだが、そこは気持ちの問題だ。
だが結局やりこめてやれる言葉は見つからなくて、悔し紛れに呟く。
「…お前、タイミング外すあたりがタチ悪ぃ」
「そうか?」
「そうだよ」
しらっと返すヒイロに憎憎しげに応えながら、口調ほどは怒っていない顔で一歩一歩進む。
熱をもった頬に当たる風が気持ちいい。
顔を見せないまま、先に歩いているデュオはヒイロに気付かれないように笑った。
―――ああ、もしかしたらこういう予想外とこも、かなり好きかもな。
それはなんとなく教えるのが勿体ない気がして。黙ったまま、歩調は変えずさくさくと歩き続ける。
歩調を合わせながら続くヒイロも、僅かに目元を細めていた。
雨は二人の上に降り続いていて、カサにあたる音は拍手のようにも聴こえる。
そこから先は何も言わないまま二人この話は終わりにすることにした。

                                          end.




COMMENT;

1/2オメデトウゴザイマスvv小説です。
うさぎはちゅーが好きです。ほっぺにちゅー、おでこにちゅー、指先にちゅー、手のひらにちゅー、肩先にちゅー(中略)と、場所にはこだわりません。
と言うか色んな場所にしてるのがそれぞれ違った趣きがあって好きです。
触れ方も軽く羽根みたいに触れたのかわからないようなのからでぃーぷなのまで種別は問いません。
これまた違った趣きがあってそれぞれ好きなのです。
なので、2004年最初のお話はキス話で始めよう、と思って書き始めたらこんな感じになりました。
…おでことかのが可愛かったですかね…?(-w-;

ところで、一発変換で本当はイチニ美と出ました。なんだかイチニの様式美のようで素敵な単語ですね。
どんなんでしょうイチニ美って(笑)


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