「ヒ・イ・ロ・さーーん♪」
カチャッとドアの開く音と共に猫撫で声が聞こえてくる。
ヒイロは一瞬またか、と言いたげに顔を顰めた。
背後のドアに寄りかかっているデュオにはその表情は見えないだろうけれども、気配は伝わっている筈だ。
表情そのものは一瞬で元に戻っても、気配だけは迷惑そうなのを隠しもせずにヒイロが振り向く。
「今度は何の用だ」
「ふっふっふー、せっかくだし宿賃変わりに肩でも揉んで差し上げようかと」
「いらん」
「いやいや、遠慮せずに♪」
即答で返った返事に悪びれる風もなく、後ろから抱き付く。
イスに座ったままのヒイロだから背後から圧し掛かっているというべき体勢だ。
タックルと呼ぶに相応しい勢いで体当たりされた形のヒイロは、その反動を受け流すと首に回された腕を容赦なくはずしにかかった。
「…邪魔だ」
「邪魔しに来たんだもん」
「…………」
当然のことながらデュオの言葉にヒイロは嫌そうな顔をした。
でも、それだけ。
腕にかかる力は確かに容赦ないけれど、痛いというほどじゃあない。
デュオは内心ほくそ笑んだ。
いきなり来たデュオを泊めてくれたことも、理不尽とも言えるデュオの妨害へのこの態度も。共に歓迎すべき変化だ。
「ヒイロ、だーい好き♪」
「聞き飽きた」
いい加減諦めたらしくデュオの行動を放置し始めたヒイロに、デュオは今度ははっきりと微笑んだ。
だんだんと緩和されていく態度。
少しずつ受け入れてくれるようになった、その変化。
自分が引き出したという自信がある。
根は案外とお人好しと見たとおり、きっかけを与えてさえやれば変化は簡単に訪れた。
今は聞き流されるこの言葉も、いつかきっと信じさせてやる。
と、言うか。
真剣味をもったそれを向こうから言わせるのが当面の野望だ。
「細工は流流、仕上げを御覧じろってね…」
「?何だ」
デュオの言葉を聞きとがめたヒイロが作業の手を止めて視線を寄越す。
ヒイロの肩に突っ伏しているせいでよく聞こえなかったらしいそれを、何か言われたと思ったらしい。
「いいやー、こっちの話」
軽く受け流しつつ、内心では舌を出す。
―――でもこういう真面目そうな奴に限ってハマられると後が怖いんだよなぁ。
自ら墓穴を掘っている自覚をもちつつ。
まあ、そのときはそのときと割り切ることにしてデュオはとりあえずヒイロ攻略に頭を悩ませた。
触れた肩から伝わってくるぬくもりに和んだ紺青の瞳には、気付かないままに。
end.
|