その日学校から帰宅したヒイロを待ち構えていたのは、デュオの笑顔と、
バカでかいオレンジ色をしたキャンディーだった。
「お前はコレを、俺に、舐めろというのか」
予想通りの不満気な声、不機嫌な表情。
それはあまりにも予想通り過ぎてかえって笑えてきてしまう。
こんな顔をするんじゃないかな、とは最初から思っていたのだ。だから、今更
この程度のことを気にすることはない。
「そ。お前甘いもの好きだろ?」
にっこりと笑顔付きでプレゼントだと言えば無言で睨みつけてくる。
こんなことも予想のうち。さらに言えば慣れっこの事態。
ただ、この後上手く相手を納得させてちゃあんとコレを舐めさせるところまで
いくかはデュオの腕の見せ所である。
絶対舐めさせてやる。
デュオからはそんなくだらなくも果てしない闘志が湧き立っていた。
目の前の飴はでかい。
ヒイロとて、飴の一つや二ついきなり買ってきたからといって、そして自分に
押し付けてこようとしたからといって、怒ったりはしないのだ。
問題は、その飴のサイズ。
直径は15pもあるだろうか、割り箸くらいのサイズのふとい棒の先にオレンジと
白がぐるぐる模様になったアメが乗っかっている。
厚さ1.5pのそれはどう考えても胸焼けを起こしそうである。
凶悪なまでに鮮やかなオレンジ色が、その予想を裏付けるかのように輝いていた。
それをどうあっても舐めろと言われればさすがに拒否権を発動してもいいのでは
ないだろうかと思うのだ。
確かに、甘いものは嫌いではない。
好きかと聞かれればそういうわけでものないのだが、特別忌避するわけでもないのだ。
甘党、というならデュオの方がよっぽどであると思うのだが、前にそのデュオですら
拒否した極甘ケーキを完食して以来あいつは自分を甘党だと信じている。
こんなことならもったいないからと片付けてしまうのではなかったと思うのだが、
それももうまさしく後の祭というもの。
食に対してこだわらないのが仇となったのか。
目の前には期待と闘志に輝く青の瞳。
それにため息を吐きたくなるが、吐いたところでどうなるとも思えない。
これは、食べるまで開放されることはなさそうである。
だからと言って・・・・・・これは。
ヒイロは、どうどう巡りに入っている自覚を持ちながら、なお悶々と悩むのだった。
どちらも折れることのないまま、数分が経過してしまった。
隣の部屋のにぎやかな笑い声が、静かな部屋にかすかに聞こえてきている。
はてしなくバカバカしい時間の使い方なのだが、ここまで来ると双方共に意地が
頭を擡げてきていた。
絶対食べさせてやる。
絶対に食べない。
デュオとしては当初からの目的である、この飴を舐めるヒイロというのを
なんとしても見たかった。
ヒイロとしては舐めるのもいやだったが、あまりにも嬉々としているデュオが何か
企んでいるような気もしてきていた。
これは、深読みなんてする必要もなく本当にただ飴を舐めるだけ、という行為なのだが
だんだんとややこしくなってきてしまったのである。
そうしてさらに数分。唐突にデュオが動いた。
一瞬警戒したヒイロの前で、デュオが飴を包んでいたリボンをほどく。
そのまま包んでいたビニールをはがして、それにかぶりついた。
まずは、一舐め。
そしてあとは咥えたままで少し舐める。
そのままの態勢で、ちらりとヒイロを眺める。
意味深な瞳にヒイロが視線をそれに合わせようとしたときに、デュオの手が素早く
動いて件の飴をヒイロの口に突っ込んだ。
もちろん口に入りきるようなサイズではないから、押し付けたというほうが正しい
かもしれない。
そうして、にやりと笑って一言。
「やーい、ひっかかった!」
「・・・・・・・・・・・・」
デュオが諦めて自分で舐めることにしたと、一瞬でも思った自分がばかだった。
退屈にまかせて、くだらない事を思いついてしまったらしい。
そう思っても、なんだか態勢的に考えてみても情けない事この上ない。
とにかく、今の一件で微妙に漂っていた緊張感も張っていた力も抜けてしまった。
ただどうしても舐めさせる気なんだな、ということを改めて感じただけだ。
「わかった、舐めてやる」
ため息混じりにそう言ってやれば、やっと納得したかと満足気ににっこりと笑われた。
それに多少腹が立ちつつも、受け取った飴を今度こそしっかりと口に入れてやる。
何が楽しいのか、それをデュオがじーっと見つめていた。
何しろサイズが並でないので、いつになったら舐め切れるのかもわからない。
うんざりしつつも舌を這わせる。思ったとおり相当甘ったるい。
眉をしかめつつも舐めつづける。
ずっとデュオの視線を感じる。
なんなんだと思いつつも、またどうせくだらないことだろうと考えて何も言わずに
目の前の物体に集中することにした。
とにかく、舐め終われば解放される。
あれからどのくらいたったのか。
ようやく半分くらいのサイズになった。
はっきり言って現時点で胃が気持ち悪くなってきている。何回かに分ける、との
方法もあるのだがこんなもの何回も口に入れたくない。
そろそろ舌はしびれてきているので、口全体で頬張るような形になってきていた。
当然、頬の辺りにも飴がくっついてべたべたしてきている。
完了したら絶対に洗面所に直行だなと思いつつ尚舐めつづける。
相変わらずデュオは何が楽しいんだかそれを眺めていた。
目を向ければ、先ほどよりもさらに楽しそうである。
「・・・・・・何が楽しいんだ」
気がついたときにはつい口に出してしまっていた。
「なんとなく」
にこにこした顔でさらりと返される。
なんとなく。
では、今こんな思いをして舐めさせられているこれも「なんとなく」で行われて
いるのだろうか?
知っていた。確かに、こういう奴だとは知っていた。
けれど虚しさに目の前が真っ暗になっていく。
――――覚えてろよ・・・・・。
いいかげん舐めるのが嫌になった飴の塊を噛み砕きつつ、復讐を心に誓ってしまう
ヒイロだった。
翌日。
デュオの部屋には大量の巨大せんべいが持ち込まれた。
end.
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