「お前がデュオ・マックスウェルか?」
「そうだけど、アンタ誰」
扉を開けた途端に顔をまじまじと眺められて、デュオは居心地悪そうに首を竦めた。
―――思ってたより弱そうだ。
―――ヘンな奴。
これが、五飛とデュオがお互いに対して持った最初の印象である。
その時の五飛の用件は、デュオに手合いを申し込みたい、ということだった。
「はあ?なんでオレがいきなりアンタと勝負しなきゃなんないんだよ。他でやれよ、そういうコトは」
普通じゃないことを言われた、とデュオはあっけにとられた顔をした。
「俺はお前と勝負がしたいと言っているんだ。他の人間とではそれこそ
意味がないだろう」
それをさらりとかわし、当初の目的を貫こうとする五飛の意志は固い。
「だから、なーんでウワサの五飛さんがオレと勝負なわけ?普通に考えてまともな勝負になんないだろ」
「そんな事はわかった上で言っているんだ。腹をくくれ」
「それはお前に都合のいい話だろ?オレは嫌だってばッ」
張五飛。
剣術系にしてヒイロ・ユイとトップを争う存在として塔の内部ではかなりのとこ
有名な少年。
その人物が、である。
何を好き好んだか知らないがいきなりデュオの部屋を訪れ、勝負するまで動かないと
粘りだしたのである。
デュオとしては予想外もいいとこ。
デュオの力はここへ来た当初からその傾向はあったが、法術系に傾いていた。
もちろん幼馴染があの人物である以上必然的に剣術系も結構使えはするが、やはり
適性がモノをいうこの世界。力の偏りは歴然としていた。
五飛の剣術ランクはSだったはずである。そしてデュオのそれはA。
どう考えてもちょっとどころでない差があるのだ。
痛い思いは必要ならばするけれど、わざわざ好き好んでするものではない。
ゆえに、デュオはなんとか穏便に帰って頂こうと先程から説得(?)を続けていたわけ
である。
「だいたいだな、オレと勝負して何のメリットがあるんだよ。やだからな、お前の
勝手な都合でケガなんかするの。痛いんだからな、刀傷って」
「勝負したなら教えてやる。そもそも、何か勘違いがあるようだが別に俺はお前と
剣を交える気はない……お前は術を使えばいいだろ。それで構わない」
「……え?」
「俺が望むのは対等な勝負だ。ならばそれが当然の筈」
「そりゃそうだけど」
「いいようだな、じゃあ早速表へ出ろ」
そう言い残し、率先してすたすたと外へ向かって歩いて行ってしまう。
ちょっと呆然とその背中を見つめてしまったデュオは、はたと我に返って呟いた。
「ちょっと待てよぉ……もしかしてそれのが危ないんじゃねぇ?」
剣と術というものは根本からして違う。
そのちからとなるものが違うのだからして、性質が別れるのは当然のことだろう。
そうしてさらに、その戦い方も違うのだ。
剣術は接近戦に向き、法術はある程度の距離を必要とする。
これはまあ、説明の必要はない。ちょっと考えればわかることである。
さてさて、ではこの2つで戦った場合どうなるのか?
接近戦に持ち込めば圧倒的に有利なのは剣。印を結ぶ猶予も、術を紡ぐ余裕も
奪ってしまえば相手は丸腰同然である。
一歩離れた戦いならば術が有利。剣の届く範囲外からばかすかとぶちのめせばいいのである。
剣の長さ以上離れているからと言って一概には言えないが、まあ大抵は
そんなもんであるのだ。
けれど剣の射程距離外だからと言って剣士が何も出来ないわけではない。
接近戦だからと言って術士が何も出来ないわけではない。
だからこそ、あまりにも結果が予想つかないので普通は自主的な訓練などの際そんな勝負をすることは滅多にないのだ。
剣術系ランクSの五飛、法術系ランクSのデュオ。
史上稀にみる、相当アブナイ組合せである。
「なー、ホントにやるのかよー」
「くどい」
かちゃん、と五飛の愛刀が音を立てる。
上に昇った太陽があたたかく日を差す中庭で、緊張感に欠けた二人が戦うことになった
わけだが、別にギャラリーがいるでもなし。非常にのほほんとした光景であった。
これからこの二人が戦うとは、誰も思うまい。
結局、なしくずし的な部分もありはしたが、結局そういう事に落ち付いていた。
「うー…。理由がヘンだったら怒るぞ、オレ」
「……始めるぞ」
ふててみせるデュオを横目に、五飛が剣を構える。
纏う気配を鋭いものへと変えた五飛に、デュオが困ったように瞳を合わせた。
「……お前がやるって言ったんだからな」
しょうがねぇなー。
ぼそりと一人ごち、気持ちを集中するように息を細く吐き出す。
豊かな表情を消し、冴えた瞳で静かに見つめてきたデュオに、五飛は瞳を細めた。
―――こいつ、やはりなかなか面白い。
知らず、口許に笑みが浮かぶ。
漆黒の瞳が相手を認め、鋭くきらめいた。
風が吹いたのと、二人が動いたのは同時だった。
「―――んで、結局なんだったわけ?」
息を乱し、切られた左腕を応急的に止血しながら、当初の疑問をぶつけてみる。
結局勝負は、引き分け。
五飛の剣が折れたところで止めたので別の解釈をすればデュオの勝ちかもしれない。
事実、五飛は酷く悔しそうだったわけだが。
「オレってばさ、せっかくの休みにこーんなケガまでしちゃってお前に付き合ったん
だし、理由聞く権利はあるよな」
お互い目立った傷を手当てしながらの会話である。
細かい傷まで合わせるとすごい数になるので、それは触れないでおこう。
「さてさて、剣術系の優等生張五飛。お前はどうしていきなりオレに手合いなんか
申し込んだわけ?」
「簡単なことだ、お前が俺の対として相応しいかどうかこの目で確かめただけだ」
「……はぁ?」
傷の手当てを終え、しゃんと背筋を伸ばしデュオを見る五飛の目は真剣だった。
「対となった天使と死神はその生涯のほとんどを共に過ごす。俺は俺が認められない奴と共にあるなどご免だからな」
お前がどうか、試したのだ、と。
悪びれた様子もなく堂々と宣言する五飛を、デュオはしばらく見つめた後疲れたように溜め息を洩らした。
「……それで、勝負?」
「ああ。おかげでお前という存在がよくわかった」
お前は死神になるそうだからな、俺は明日、天使になると神官に報告に行かねば。
うんうんと自分で頷き納得したらしい五飛を前に、デュオはなんだかひっかかるものを感じて考え込んでしまった。
おかしい、何か…何かあった気がするのだけれど。
「………とりあえず、オレは合格ってこと?」
「ああ、まあまあだな」
「まあまあって何だよ」
「言葉通りだが?」
考えごとをとりあえず放棄し、からかうように問い掛ければ軽く笑って対してくれる。
何かがすっきりしたのだろうか、先程よりも落ち着いたように見える五飛にデュオは笑顔を返した。
これは、なかなか面白い奴かもしれない。
「パートナーはどうか知らないけど、オレもお前好きだな」
「そうだな、俺もお前が気に入った」
お互いにお互いがつけた傷でボロボロで結構血だらけだったりしたのだけれど。
くすくすと楽しげに笑う子供たちが、沈みかけた太陽に照らし出されていた。
翌日。
昨日の傷を抱えて、痛みに顔をしかめつつも元気に動き回っていたデュオはふと足を止めた。
「そう、そう言えばこの間オレのパートナー候補ってヒイロしかいないって聞いたんだよな」
ぽん。と手を合わせて、ようやく納得のいったような顔で呟いたデュオは、次に首を傾げた。
「五飛の話は、なんだったんだ?」
「なんだとぉおおおっ?!!」
同じ頃五飛は神官たちに、『デュオ・マックスウェルのパートナーになるには法術系をAに上げなくてはダメだ』と説明を受けていた。
死神争奪戦はまだ始まったばかり、まだまだ先は長いのである。
end.
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