Trowa Barton -side.D-



さくさくと足元で草が音を立てる。

その柔らかい感触は不快なものではなく、デュオは機嫌良くいつもの道をのんびりと 歩いていった。

皆が通る大きめの道を一本隔てたこの細い道は、他に通る人もなく少し荒れている。

講義で使う建物からは離れていくこの道の行き着く先は、小高い、この辺り一帯を見渡せる丘があるのみである。

そこに立ったからといって天界全部が見渡せるわけではないのだけれど。
なんとなく、初めに夕暮れの中見たその光景が忘れられなくて一人になりたい時にはここへ来るようになっていた。

そこに一本の樹が立っている。

高さがあるわけではないが、なかなかにいい枝振りのその樹は、見つけたその時からデュオの格好の昼寝場所となっていた。

「………あれ」

いつもと同じ風景が続く中、いつもと違う光景が目の前に展開する。

―――めっずらしー、先客か。

丘を登りきったその場所で、デュオは足を止めた。
目的地たる樹の根元、そこに寄りかかるようにして本を読む人影がある。

滅多に人の来ない場所だから、その相手もきっと一人になりたくて来たに違いない。そう考えて気づかれる前にその場を去ろうと、そのままくるりと方向転換する。

「どこへ行くんだ?」

しかし、そのまま元来た道を戻ろうとすると後ろから声がかけられた。

「え、いや、お邪魔かなー…と」
「俺は構わないが」

「…………ん」

実際、もう帰ろうという気持ちになっていたのだが、自分の隣をぽんぽんと叩いていかにも『ここへ座れ』とばかりに促す相手にまさかそのまま帰ることも出来なくなって、その場へ腰を下ろした。

「………」

はっきり言って気まずい。

ちろり、と視線を横に流せばまた黙々と読書をする整った横顔がかいまみえる。

デュオよりも濃いブラウンの髪、穏やかな緑の瞳。

先ほどの声はひどく落ち着いていて、外見からすると同い年くらいに見えるがもしや年上だろうかとデュオは考えた。

―――こんな奴いたっけかなぁ…。

記憶力には自信があるのだが。

どうにも見覚えがない辺りやはり初対面なのだろう。

枝葉に遮られて弱まった光がその場を明るく照らし、なんだかぼんやりとその横顔を見つめてしまう。

御伽噺のような、その光景。

「何だ」

と、まさに只今じっと見ていたその相手が、唐突に振り返った。
視線を気づかれたんだろと内心突っ込みつつも、デュオはちょっと慌てた。

「あ、いや、見たことない顔だなぁと思ってさ」

「そうか」

正直に、思ったままに言えばわずかに微笑んで返された。

「俺はお前を知っているがな。ヒイロと一緒にいるのをよく見かける」

「え?」

誰かさんと同じで無表情なのかと思ったら結構表情あるんじゃん。などと多少緊張しつつも考えていたら、ちょうど頭に描いていたその人物の名前を出されてデュオは頭が真っ白になった。

「お前もしかしてヒイロの友達?」

「ああ、そんなようなものだ」

なんだかあやふやな答えを返されたわけだが、デュオは改めてその人物をとっくり眺めてしまった。

友達。

『あの』ヒイロの。

「あいつ友達いたんだーーー…」

思い切り相手に対して失礼な発言なのだが、この場に本人がいないからまあいいとしよう。

「まあ、一応な。お前のことはヒイロから聞いている」

「どうせ悪口だろ」

「当たりだな」

くすくすと忍び笑いを洩らす彼をじっと見ながら、いったいこの二人はどんな友情を育んでいるんだろう…などとちょっと疑問を抱いたデュオだった。

「……ここへはよく来るのか」

「へ?」

唐突に変わった話題に一瞬意味を捉えかね、少しの間があく。

「大地が、お前を歓迎しているようだ」

「…………わかるの?」

「ああ。属性は土だ」

言葉少なな彼は、そう言ってふっと笑った。
綺麗に笑う奴だな、とデュオもつられるように微笑み返す。

「オレはデュオ、デュオ・マックスウェル」

「トロワ・バートンだ」

「トロワ、トロワ…、ね」

覚えこむように何度か呟く。
穏やかな眼差しが向けられているのに気付いて、デュオはふと視線を合わせた。

「オレ、お前のこと結構好きになるかも」

「そうなのか?」

「多分、ね。勘はいい方なんだ」

にっこり微笑んだデュオに、トロワは苦笑を洩らした。

「オレ、お前みたいに綺麗に笑う奴初めて会ったしね」

「買い被りかもしれないぞ?」

「いーや。ヒイロがお前を選んだの、なんとなくわかるよ」

そう言って、それ以上の言葉を拒むようにその場にごろりと横になってしまう。

「本、邪魔しちゃったな。気にせず読んでてくれ」

そのままあっという間に寝息を立て始めたデュオをびっくりしたように見詰めて、トロワは堪え切れないというように吹きだした。

眠りを妨げないよう、慌てて口許を押さえる。

「……なるほど、変わった奴だ。ヒイロが困るわけだな」

だが、この地に愛されている。

「俺は、お前の方こそ。きれいな笑い方をすると思うんだがな」

振り注ぐ日差しが彼の顔に直接当たらないよう体をずらすと、トロワはそのまま手もとの本へと意識を戻した。




天界をひろく見渡せる丘がある。

滅多に人の訪れることのないその場所で、二人の子供が互いの理解を深めていくのはさらにもうちょっと先の話である。

                                          end.



トロワとデュオの出会い編。
やっと出会いましたこの2人(爆)
3×2もちょっといいなぁ、と思うのです。もちろん1×2基本で。
トロワってなんだかあったかいイメージなんですよね。ヒイロファンですがもし旦那にするならトロワがいいです(^w^;
独自の、独特の距離感のあるタイプですね彼は。
こっちの話ではヒイロの影が薄いです。ヒイロ的にもある意味一番掴めなくてタチ悪い相手かもしれませんね、トロワ……。
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