ガラガラガラとどこかへ雷の落ちる轟音が鳴り響く。
次の瞬間、唐突に降り出した大雨に通りを歩いていた人々は慌てたように軒先へと避難を始めた。
近くの店では飛ぶようにカサが売れ、道路は大粒の雨に色を変えてバシャバシャと音を立てている。
どこかへ落ちただろう雷の音。
絶えず響くそれに、後を追うように光が辺りを照らし出す。
その数秒の時間差がそれとの距離を教えてくれるが、だからといって次にこちらへこないとも限らない。
拭えない不安を抱きつつ、さて電車の止まる前に帰らなくてはと人々が駅へと殺到した。
今日ばかりは夜遊びをしようと街を出歩く人影も少ない。
そんな中での、街の片隅での、ほんの小さな出来事。
予告もなく本降りになった雨に近くの軒下へと避難したデュオは、次に同じようにそこに駆け込んだ人物に眉を顰めた。
「………何をしている」
「お前こそ。なんでここにいんだよ」
まさかの人物の登場に、目が丸くなる。
最後にヒイロに会ったのはもう2年以上前のことで、今更、顔を合わせることもないと思っていた。
多分もう二度と会わないものだと。
偶々仕事の都合で降りてきた地球で、偶々立ち寄った街で。
降ってきた雨に偶々雨宿りにと選んだ場所で顔見知りに会う………普通あり得ない事象だった。
「別に。ただの雨宿りだ」
「オレも」
「……どうだか」
「お前こそオレの後でも尾けてきたんじゃねぇの?」
「それこそまさかだろ」
互いに不審を感じながら無言で横に並んだ。
存在ごと警戒するほど信用してないわけじゃないけれど、警戒を解くほど安心も出来ない。お互いの立場を図りかねた違和感。
シャッターと道とのわずかな空間、目の前でしずくの降るどこか現実離れしたような安全地帯で雨をやり過ごす。
自然に沈黙が辺りを支配する。
「妙な偶然…」
「……」
ポツリと洩れた独り言にも反応はなかった。
仕事の、都合。
偶々降りてきた地球で偶々立ち寄った街で顔見知りに会った。
けれど、きっとお互い公言できるような『仕事』はしていない。
聞いたわけじゃない。でも、消えない染みついたにおいが全てを物語っている。
…………返り血を浴びたその手を、清めるように降り出した雨。
遠くで雷の音がする。
目の前でしずくが落ちる。
沈黙がその場を支配する。
「夏の雨は唐突に降り出して唐突に晴れるんだってさ」
「…そうか」
呟きに、返らないと思っていた返事が返った。
でもびっくりして慌てて振り仰いでも視線は交わらない。
拍子抜けした気分になって視線を前に戻す。雨は、まだ弱まらない。
「ひとつの雨が通り過ぎるたびに本当の夏がくる。気温が上がって湿気が増して…この国に、夏がくる」
「調べたのか」
「いいや、聞いたことあるだけ」
「そうか」
囁くように続けられる会話。
別になにかに遠慮してるわけじゃないけれど、静かに響き渡る雨と雷の音の中ではその方が相応しく思えただけだ。
ぽつぽつと続く言葉の中、横に感じる体温に感覚を添わせる。
意識から雨と雷の音が遠ざかる。
聞こえるのは、感じるのは相手の息遣いと命の鼓動。
「……なぁ、お前雨止むまでココにいんの?」
「そのつもりだが」
「ふーん…」
そっと目を伏せた。ゆっくりと息を吐く。
思いがけない出会いは忘れていた押し込めていたなにかを甦らせた。
―――このまま、止まなければいいのに。
考えてはいけないようなことが頭を過る。
今の自分に不満があるわけじゃないしこの生き方を選んだのも同じ自分だ。後悔なんてしてるわけじゃないのに…せつないように痛むこの胸は何故だろう。
昔を懐かしむような。
戦争を懐かしむような。
彼の存在を、懐かしむような。
「ヒイロ、お前は…」
「……」
「……やっぱいいや」
言いたかった何かは言葉になる前に溶けるように消えた。
丁度鳴った雷をきっかけに、一歩を踏み出す。狭い空間から、雨の打ちつける空間へと。
この場にいれば失ったなにかを取り戻せそうだったけれど、そうしたらきっと今のままじゃ生きていけない気がした。
変われる勇気をもたない今の自分にその資格は多分なくて。
「またな」
「…………ああ」
思い切るように言葉を紡ぐ。
偶然は何度も続かない。だから、ヒイロに会うのもきっとこれが最後だろう。
でも不思議とそんな気はしなかった。
返ってきた返事の意味は、言葉だけの相槌か、それとも同じことを感じたからだろうか。
後者であるということを信じて、体ごと降り返って微笑む。
そのまま後ろも見ずに走り出した。
雨が服を濡らしたけれど、冷たいとは思わなかった。
ただ逃げるように必死で走った。
思い出しかけたなにかを振り切るように。
横にいた存在が去った後、ほどなくして雨が止んだ。
降り始めた時と同じく、先程までの豪雨が嘘のように月の光が辺りを照らす。
一歩を踏み出して名残を惜しむかのように降り返った。
別にどうということもない、街の一角。
なにかが甦る。言葉に出来ないなにかが。
口にすれば嘘になりそうなそれは、先程デュオが言いよどんだそれと同じだろうか?
歩き出したとき懐の銃が重みを増した。
それに手をあて、そっと目を伏せる。
思い出しかけたなにかを抱き締めるように。
きっと、また会う。
それは漠然とした、そして確固とした予感。
言葉に出来ないそれは、そのときに言葉になるのだろうか。
それを、自分は受け入れられるのだろうか。
彼は、受け入れられるのだろうか。
なにかが、変わるのだろうか。
end.
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