その場に存在する無機物のなにもかもを愛していた。
地下に密やかに存在する格納庫にあるものは、自分にとって馴染みの深いものだった。
モーターもエンジンもネジ一つに到るまで、オイル臭さえもが安らぎをもたらすものだった。
そして何より、彼の黒いガンダムがそこにはあった。
顔馴染みのエンジニア達が嫌いというわけでもなかったが、それは前述のもの達への思いと比べることはできなかった。
デュオはほぼ十年の時をこの場所で過ごしてきた。
かつて、小さなテロリストは連合の船に偽装したスイーパーズを襲い、捕らえられ、エージェントとしての教育を受けることになった。
それは単なる偶然かもしれないし、運命だったのかもしれない。
だが運命というものが本当に気の持ちようで引き寄せられるものならば、それはデュオ自身が引き寄せたものなのだと思う。
それくらい連合が、OZが憎かった。
候補は多くはなかったが一人でもなかった。
その中からデュオはたった一人のガンダムのパイロットに選ばれた。
それは当然の結果だったと思っている。
その場の誰よりもOZを憎んでいて、その場の誰よりも努力した。
元からの素質はあっただろうが、それでも自分の手で掴み取ったものだという自負があった。
黒いガンダムは自分の力で得た、自分だけのもの。自分だけの相棒。
それは愛しくて、重くて、かけがえがない。
それを大事に思うのも、傍にいると安らぐのも、当然のことなのだ。
暇さえあれば格納庫でじっとガンダムを見つめるパイロットを、技師達は声をかけず邪魔しないように見守るだけだった。
誰もが理解していた。
オペレーションメテオの成功率の低さと、年若い彼の肩にかかる期待。
その計画があと1ヶ月の後に決行される、その重さを誰もが理解していた。
けれど、その日。
いつもなら誰も近寄らないデュオに、一人の年若い技師が声をかけた。
「今日が何の日か知ってるか?」と。
約1ヶ月後、オペレーションメテオの全容を知ったデュオはデスサイズを盗んで単身地球へ降りる。
2年の月日が流れて、買い出しの為に街を歩いていたデュオは食料品店に設けられた特設コーナーを見てその日のことを思い出した。
『今日は地球の風習でWhiteDayっていうんだ』
『………』
得意気に語った青年は、だから何?という視線をものともせず、にこりと笑った。
『俺も今はこんなんだけどな。前はそりゃあかわいい彼女がいて、この日は一緒に過ごしたんだ。プレゼントにケーキ、一日一緒にいて』
お前もまだガキなんだから、このくらいはレディーに対する礼儀として覚えておけよ、と彼は笑った。
ガンダムのパイロットであるデュオを普通の子供として扱う人間は少なかった。
それは敬意を払っているというより、知能の高いデュオに対する遠慮という方が大きかったように思う。
だから、そんな子供扱いになんとも微妙な心境になったものの、とりあえずその時は「覚えておくよ」とだけ答えた。
その返事に彼は嬉しそうに頷いていた。
技師がその後どうなったのかは知らない。
今になって思えば、生き残る可能性も少ない少年に対する同情もあったんだろうかとか、死ぬ前に人並みの恋愛くらい体験しておけよとか、余計なお世話的な部分もあったんだろうと思う。
でも少なくとも彼の好意は本物だった。
世間が楽しんでいるような一日ですらじっと無機物を見据える子供に、もっと世の中を楽しめと彼は言いたくなったのだろう。
それ以前に私的に話した記憶はないしそれ以後もなかった。
ただ一回だけの雑談は、明るいブルーのポップに刻まれた文字を見て唐突にデュオの脳裏に蘇った。
「…プレゼントに、ケーキ」
小さく、デュオは呟いていた。
幸いまだ店は開いている時間だった。
今から引き返しても、駅前の美味いと評判のショコラは残っているかもしれない。
本当は寄り道するつもりだったけど今日は早く帰ろう。
なんとなく感傷的になって、デュオは今度は心の中でだけ呟いた。足は今来た道を戻っている。
色々な出来事を孕んだ2年の時が流れる。
今の自分はもう格納庫で無機物を見つめるだけの孤独な子供ではなかった。
特設コーナーが到るところに見られたが、それはもう慣習と化していてあまり人気はなかった。今日という日を祝おうという人はあまりいないのだろう。
もしくは、それはひっそりと。
日は傾いていて、一日はそう経たずに終わる。
残りの時間をかつて彼が言ったように『有意義』に過ごす為、デュオはほんの少し足を速めた。
end.
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