夢のしずく -prologue-



「いやだ………っ!!」

抵抗する身体を押さえつけ、もがき抗う、邪魔な手を縛り上げる。
それで抵抗が止むわけではなかったけれど、そんなものは笑ってしまうくらい呆気ないもので。
何か叫んでいるその口を掌で押さえ込むと、その身を覆う布を引き裂いた。
信じられない、と見開かれた瞳に暗い欲望が歓喜する。
滑らかなその肌に口唇をすべらせる。
ほんの数瞬前まで服であった黒い布切れを、顎で除けながら白い肌に痕を刻めば、組み敷いた身体が震えだした。
柔らかな胸に顔を埋め、空いた手で強く揉みしだけば食いしばった口許からうめくような声が漏れた。
臍の辺りから、尖らせた舌をラインに沿って滑らせ上へと辿っていく。
鎖骨に噛みついて、怯えたような反応に顔を上げる。
その時、知らずその頬をひとしずくの涙が零れ落ちた。
「…………お前が悪い」



「………っ!!」
見開いた瞳に見慣れた天井が映る。
唐突な目覚めは、いつでも不快なものだ。それが何かの夢を見ていた時の出来事ならなおさらのこと。
窓を見やれば、まだ人口の夜が街並を染めている。
いつのまにか汗だくになっていた自分に気がついて、シャワーを浴びようとヒイロはベッドから滑り降りた。
額に貼り付いた前髪をかきあげれば、背筋を滑り落ちる冷たい感触に肌が粟立つ。
―――何なんだ、一体……
この身が自由になったあの頃から、心の隙をつくかのように時々見るようになった夢。
不定期に、けれど頻繁に訪れるそれは、いつも同じところで終わる。
組み伏せた、考えていたよりも細い身体。
悔しげに睨み付けてくる眼差し。
普段は編み込まれている長い髪はほどかれ、シーツへ茶色の流れを作っていた。
それは……何故か『少女』の身体をしたデュオ・マックスウェル。
「…………くそっ…!!」
理由のわからない苛立ちだけが募る。
何もわからなかった。
かつて共に闘った仲間とも呼べるかもしれない少年と、夢に現れつづける少女。
その少女に対し、自分は……………………。
わからない。
あんな欲望、彼に対して抱いていた覚えはない。

―――では、こんな夢を見続けるその理由は?

一度目は偶然、二度目は必然。
………もう、自分すらもわからない……………。


カトルからのメールが届いたのはそんなある日のことだった。
『ガンダムパイロットは全員集合せよ』
切迫した文面のそれを、無視することは適わなかった。


会いたくない。
会いたい。


どちらが真実の感情だったのだろうか。




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