「信じているか?」と問われれば、即座に「YES」と返すことができるだろう。
だが、続けてその根拠を尋ねられたとき、答えるべき言葉がないことに気づいた。
ずっと一緒にいたから。
彼の腕を、人柄を知っているから。
職場でパートナーを組んで長いから。
一般論ではなく命を預ける存在として、そんな言葉の羅列はとても弱かった。
問うた相手が納得しても自分が納得しないことに気づいた。
疑問の答えは、まだでない。
戦後処理のごたごたの中その場を去らなかったのは、その後に起こるだろう騒ぎを予想していたからだった。
命が助かり、戦争が終わったことを喜び、興奮が収まったとき人々はその戦争を終結に導いた存在を思い出す。
勿論英雄とするためではなく、戦争の象徴、戦犯として。
滅亡から救ったことは感謝しよう。けれどそれだけで彼らのしたことは帳消しにならないのだと、人々は必ずそう考える。彼らが恐れを抱かずにおれない程には、自分達は殺しすぎていた。それは覚悟していたことでもあった。
だからデュオはMO−Uを出なかった。
戦中顔を公開された以上、逃げ切れないことを理解していたのも確かだ。
死にたいわけじゃないが、命を惜しんで逃げるよりもそういった奴らに信念を貫き通す姿を見せつけてやる、と半ば以上意地になっていたんだとも思う。
そのときの自分は、役目が終わって先が見えなくなって、不安もあったし多分少し自棄にもなっていた。
五飛は既に出たというし、トロワは避難中のサーカス団が身柄を引き受けたという。
しばらく動けないという意味では危険なものの、そもそもとしてウィナー家の嫡子であるカトルはガンダムのパイロットだなどと疑われもしないだろう。例え疑われてもあの家はそれらからカトルを護れるだけの力がある。
だから今この状況で危険なのは二人だけで。
その内一人は救世の英雄だし、お姫様が守るだろうし、生贄として適役なのはやっぱりどう考えてもオレだよなぁなんてそんなことを考えてのんびりしていたのだ。
なのに、その腕を掴んだのは当の英雄様で。
「逃げるぞ」と。
たった一言そう言われただけで、頭が真っ白になって、なんとなく引きずられるようにしてその言葉に従ってしまった。
それからの一年間はなんだかあっという間で、言葉にすると「忙しかった」としか思いつかない。
ターゲットが自分なんだかヒイロなんだか二人共なんだかわからない刺客は日常茶飯事だったし、新政府関係者筋と思われる捕獲部隊みたいなのも案の定動いてたし、得意分野が異なるから便利なこともあって、別れて行動しようとか言い出す暇もなかった。
そんなこんなでずるずる一緒にいる間に、マリーメイアという少女がクーデターを起こした。
こんなことであの戦争を台無しにされて堪るかみたいにその終結を手伝ったら、なんだか世界は平和を願って一致団結しちゃったりとかして。
勿論、これで世界は平和になりました。めでたしめでたし。なんてことにはならないけど、少なくともガンダムに対する見解ががらりと変わったことは確かだった。
今回も世界を護った英雄様は、お姫様の手でそのまま病院送り。
見舞いに行く気は何故だか起きなくて、そのまま姿を消すことにしたからその後のことはよく知らない。
でも、こんな騒動が起きるならあの時あのまま死ななくて良かったかも。と思いながら今度は一人でひっそり生きていたら、どこから居場所を嗅ぎつけたのか、昔馴染みの女性が肩を叩いて声をかけてきた。
「どう、プリベンターに入らない?」
この先やりたいこともやるべきこともなかった。
敢えていうなら戦争はもう起こしたくないと、そう願うだけ。
居場所も欲しかったのかもしれない。だから気づいたときには了承を返していた。
自分が三人目だと聞いたのはその後で、ガンダムパイロットが全員『平和を願って死亡』したという話を聞いたのはさらにその後だった。
事後承諾で聞いたもんだからそりゃもうびっくりしたが、聞けば、生きているとすれば色々問題がある、処刑扱いにするには世論が黙っていない、なら平和の使者らしく騒乱の種として自主的にお亡くなりになってもらおう、みたいな話らしかった。
裏社会の人間からすればそんなのバレバレだし、世間の人間でも不審がる者は多いだろうが、表面上だけ円く収めることにしたらしい。
『今後何かあっても有能なプリベンター職員が事態を収拾しました、とでも言えばいいのよ。ガンダムはもうないんだし、ガンダムパイロットなんて存在はもうこの世にいないの』
自分をこの場へ勧誘してきた女性はそう言ってにっこりと笑った。
こうしておけばガンダムパイロットの問題を表立って論議することはできなくなるという超政治的措置なのだと、理解納得しつつも呆れた溜息だけは吐かせて貰った。
そこに到るまでにたくさんの人が努力し、自分達が動きやすいよう生きやすいように配慮してくれたことがとてもわかって、嬉しくて少し胸が痛かった。
ここまでくると、やっぱり生きてて良かったな、なんてことを思う。
そしてEVEWAR後の混乱の中自分の命を拾った奴は、早々と怪我を治して職場で同僚となり、その後パートナー扱いとされ(これまたサリィの差し金だが)、今は日々の大半を一緒にすごしている。
傍にいるのは既に習慣のようなもので、当たり前のことで、だから。
なんでだろう、なんてことを、考えたことはなかった。
信じているかと聞かれたとき、考えるより先に勿論!と答えられたのに、ハタと考えるとその根拠はなにもなかった。
よくよく考えてみるとなんで一緒にいるんだろうとか、そういえばオレってあいつ嫌いだったんだよなとか余計なことまで思い出されてきて。
さらにはなんであの時MO−Uから連れ出されたのかとか今更聞けないような疑問までふつふつと沸いてきてしまって。
―――なんでオレはこいつといるんだろう?
任務の合間、横目で伺えば、あの頃より少しだけ大人びた無表情がすぐ目に入る。変わらない無口さ、変わらない無愛想。
信じられるかと自問すれば、今でも迷わず是と答えられる。
その理由を考えて、デュオは小さく溜息を吐いて目を閉じた。
疲れていたのか、睡魔は程なくしてデュオを捕らえた。
目が覚めて最初に思ったのは、「ああ寝ちまったのか」だった。
人の来ない会議室の隅だったし、今日はやるべきことも終えてしまっていたから問題ないだろうとぼんやり考えて、ふいに視線に気づいた。
「………ヒイロ?」
「起きたのか」
いつの間にか隣の席にきていた相手は、バカにしたような口調でそう言った。
スゴイ一言だ。
一言で
「俺の気配に気づかなかったのか」
「よくもまあそう無防備に寝られるものだな」
「お前は本当に元ガンダムパイロットか」
などなどの彼の呆れた内心を伝えてくるかのようだ。
それでいて言葉にされたのは上記の一言だけだから、事実であるだけなんとも言い返しにくいことこの上ない。
「…悪かったね。で、こーんな僻地まで来るってことはオレになんか用事なわけ?」
どうせ仕事絡みだろうけど、と思いつつ言うと、予想に反してヒイロは無言になった。
「…れ?用事じゃないのか」
「………」
振り返るとヒイロが視線を逸らした。
…珍しい。
素直に驚きを表しているデュオに、居心地が悪かったのかヒイロは逸らしていた視線を戻した。今言おうとしていることは何か彼にとって言い難いことであるらしい。
「…近頃様子がおかしい」
「何の」
「お前だ」
「………。オレぇ?」
まさかそんなことを問われるとは予想外で、デュオは思わず大声を上げた。
それをうるさがるでもなく、ヒイロは淡々と言葉を続ける。
「任務中はそうでもないが…それ以外ではいつも心ここに在らずだろう。何かあったのか」
―――これは、世に言う、心配というやつなのでしょうか。
デュオはぱちぱち瞬いた。さすがに話の流れが想定外すぎて思考が追いつかない。
まさかヒイロに、あのヒイロに心配なんてものをされてしまう日が来ようとは!
「世の中平和になったんだなぁ…」
思わず呟いてしまったデュオに、ヒイロが眉を顰めた。
質問とは関係ない答えだということに気づいたらしい。咎めるような視線をデュオは曖昧に笑ってごまかした。
「ええとまあ、何でもない…わけじゃないけど。確かに」
話してる途中でまた眉が顰められたのに気づいて、デュオは慌てて言葉を続けた。
「うーん。悩み事って言えば悩み事、なのかなぁ…大したことじゃないんだけど」
放っておくと命に関わるとか、機密に属するとか、そういった懸念は全くない。まして過去に関係するとか深刻な事情があるわけでも、すぐ答えが必要になるというわけでもない。
「思いっきり私事、だと思う。でもなんか迷惑かけてたなら悪かったな、気をつける」
ヒイロが口に出してくるからには自分は気づかなかっただけで何かやらかしてたのかもしれない。
神妙な気持ちで謝罪を口にすると、ヒイロは小さく息を吐いた。
「別に問題はない。気になっただけだ」
「へえ」
本当の本気で純粋に『心配』?それは珍しいな、と心の底から声が洩れた。
同時に、少し嬉しくなった。
任務バカが人間らしくなったことと、その人間的な感情が向けられてるのが自分だという、その両方に対して笑みが浮かぶ。
「んー…なあ、『信じる』ってどういうことだと思う?」
「………」
「誰かを『信じる』ってなんなんだろうな」
気分がいいな、と思ったらそれは意識するより前に口をついていた。言った後で不審に思われるかとも思ったけど、ヒイロの先程の問いの答えにはなってないが無関係な話でもないわけだからまあいいか、と思う。
ヒイロを信じてる?答えはYES。
でも考えてて思ってしまった。
『信じるってそもそもどういうことなんだろう』。
信用、信頼。それは抽象的に過ぎるものだ。
「疑うことなく頼りとすること。確かだと間違いないと心に強く思うこと」
「マニュアル道りの答えだなー。まあ、そうなんだけどさ」
「………」
「どうして疑わないのかな。何で間違いないって言えるのかな。根拠は一体何だろう、何でそう思い込めるのかな」
「それが『悩み事』か」
「うーん…。まあ、8割方そんなとこ、かな」
曖昧な答えを返したデュオに、ヒイロは少し考えるように瞳を伏せた。
軽く流さずちゃんと考えて答えてくれそうなヒイロに、デュオが居心地悪そうに身動く。
ヒイロが顔を上げた。
「お前は俺を信じているのか」
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