空色リボン 「………」 どうしよう、とデュオは困ってしまって瞳を伏せた。 その室内には先程から『沈黙』の二文字が満ちていた。 居心地の悪いような静けさのなか、時折衣擦れに似たしゅるりという音だけが断続的に響く。肌の上を滑るそのかそけき感覚にふるりと身を震わせ、小さく息を吐いたデュオは自分を彩り、そして周囲にも散らばるそれに改めて視線をやった。 赤。青。黄。ピンク。金。緑。紫。白。黒。橙。 視界いっぱいに広がるのは細くやわらかな布地だ。 ビロードのような光沢のあるもの、透かしのあるもの、レースになってるもの。様々な種類のリボンがそこには散らばっていた。 「な、あ…」 沈黙が居たたまれなくなって小さく声をかけると、目の前で動いていた黒髪がぴたりと止まった。いつでも前を向く彼は俯くことなんてしないから、その旋毛を見ることなんて滅多になくて気づいてしまったそのことにほんの少し意識が逸れる。 「―――…『何でもする』んだろう?」 「……」 話は終わりだとばかりにまた1本のリボンがゆるりと巻きつけられる。 髪に、腕に、首に足に指に。 色とりどりの布地で装飾されて、なんだか自分が人形かなにかになってしまったような気分だった。 (そうじゃなくて) 望んだのは、こんなことじゃなくて。 でもそれをどう告げていいのかわからず瞳で語りかけたら、ヒイロが微かに微笑んだ。その眼差しがやさしくて、告げかけた拒否の言葉は再び喉奥に消えていく。 小さく息を吐いてデュオはまた目を閉じた。 しゅるり、と軽やかな音を立てて、ヒイロの手によって結ばれた布がまたデュオの体を彩っていく。抗えば簡単にほどけてしまうだろうその束縛が、胸奥に甘く爪をたてる。 「俺が欲しければ、どうすればいいかはわかるだろう?」 「……」 手首を彩るリボンを手繰ってくちづけたヒイロが瞳を細めた。 絶対にデュオ自身には触れてこようとしないヒイロに苛立ち、自分の瞳の色にも似た青い布地に嫉妬する。 デュオはヒイロを睨みつけた。 どうせ隠したって無駄だ。だから取り繕ったりしない。 ヒイロは、全てわかってやっているのだから。 「お前、ホントにタチ悪い」 「…今更」 布地の上をヒイロの舌がゆっくりと辿る。 口元からちらりと覗くその濡れた赤に心臓が跳ねるが、それが自らに触れることはけしてない。デュオは悔しげに唇を噛んだ。甘くやさしく見せつけるそのわざとらしさが癪に障って仕方ない。絶対に、デュオには触ってこないくせに。 布地を手繰りながら視線だけはずっとデュオと合わせてくる、そのヒイロのやり口に負けてしまっている自分をデュオは苦しいほどに知っていた。 「……まだ、ダメ?」 「お前は信用できない」 切実な望みを口にしても、あっさりと否定されてしまう。 「いい眺めだな」 興味が失せたように青いリボンを手放したヒイロが呟いた。 青と青、色味と深さを異にするふたつの瞳が見詰め合う。デュオが首を傾けるとしゅるり、とまた布の擦れる音がした。 「………なあ。オレの、ものになって」 「……」 「何度でも言うよ。『何でもするから、オレのものになって』」 オレだけを見て。 オレだけのものになって。 お前を、縛らせて。 こんな物で試さなくても、ほどいたりなんてしないから。 「……」 無言のままヒイロは手にした布地を地面に落とした。 改めて、自分の前に座り込むデュオの姿を見る。 やわらかな布地に彩られ、緩い束縛が彼を縫いとめている。 「お前は信用できない」 ヒイロの言葉も瞳も頑なで、デュオはそれに視線を落とした。 言葉通り、彼は自分を信用していないのだろう。耐えることを強いるのはヒイロがデュオの我慢の限界を量っているからだ。でも拒絶しながらも絶対にヒイロはデュオを手放さない。だからそれに期待してしまうデュオも耐えるしかない。堂々巡りだ。 「お前って、最低だよな」 「お前に言われるとはな」 「……」 悪びれた風もないヒイロの言葉に小さく息を零した。 ヒイロはいつでも抜け出せる束縛を用意して「抜けてみろ」と言っている。彼はむしろそれを期待しているに違いないのに、おとなしくしているのはデュオの方だ。 「こうしていると――…」 「え?」 ふとヒイロが呟いた。 音にするつもりのない言葉だったようで、はっとしたようにヒイロが口を噤む。 聞くことのできなかった言葉の続きを、デュオは酷く残念だと思った。 「…いい眺めだな」 改めて紡がれたのは、先程とは全く違う冷たい声音だった。 上から下までデュオの姿を眺めた彼が、デュオの体を覆う1本に指をかけ、すっと引き寄せた。 元々そんなにきつく結わかれていたわけでもないそれは簡単に離れていってしまう。 「ほどいていくのも楽しいが」 彼から与えられ、そして彼へと戻ってしまった細い布地を惜しむようにデュオは眺めた。 解かないで構わないと言ったら彼はその手を止めてくれるだろうか。そんなことを漠然と考え、自分の思考回路のおかしさに自嘲する。何かが間違ってる。自分もヒイロも、どこかで道を間違えてしまったことだけは、確かなのだろうと思った。 end. |
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1行目だけが実はヒイロパート! |