夢の終わりに



1000年の昔、そこはとても栄えた都市だった。
北に本城、中央には荘厳な聖堂が建てられ、勇猛な騎士団が街を護っていた。
そこは美しい都市だった。
人間と巨人族の戦争で、廃墟になるまでは。
今はもう、人々の口に上ることさえ稀な古代の戦い。
地下監獄には戦争時逃げられなかった罪人たちの骨が散乱し、プロンテラと繋がっていたという地下水路は崩れた。
至る所を幽鬼が徘徊し、国を護れなかったことに未練を残す騎士たちは今も都市への侵入者を排除しようと己の責務を果たし続ける。
魔法都市ゲフェンの北西、古代の神々がとどまったという言い伝えのある遺跡。
過去の戦いの傷跡を現在に伝える唯一の場所。
人々は恐れと畏敬をもって、その都市を『グラストヘイム』と呼ぶ。



グラストヘイムの本城は、冒険者たちの間でも難易度が高いということで知られるダンジョンのひとつだった。
個々の戦士としてのレベルの高さも当然必要だが、それ以上にパーティの連携や呼吸が大事になってくる場所だ。
色々あって固定パーティを組むことになったヒイロとデュオの二人だったが、そういった事情から比較的低レベルのダンジョンから歩き始め、お互いの呼吸を掴んでからこの地を踏むことを選んだ。
それは、二人が固定パーティを組むことを約束してから、数ヶ月の後のことだった。

「我は命ず、汝悠久の時、妖教の惨禍を混濁たる瞳で見つづけよ……」

静かに紡ぎだされる囁きに従うように、地面に光の筋が描き出されていく。
ウィザードが詠唱を完了すると同時にそこには巨大な魔方陣が出現し、青い光の結界の中で風が巻き起こった。

「ストームガスト!」

朗々と響き渡る宣言に、風は冷気を孕み、絶対零度の吹雪と化す。
今まさに彼らに襲い掛かろうとしていた魔物の群は、その風のなかで崩れ落ち、或いは凍ついて動かなくなった。
「…詰めが甘い」
「わーるかったなぁ!疲れるんだぞ魔法って」
凍った魔物を剣でガシャガシャ砕いて止めをさしていく相方の文句に、デュオはむぅっと頬を膨らませた。
ヒイロの言いたいことはわかる。
本来、デュオの魔法力からすれば、一度の詠唱で全部倒しきって然るべきなのだ。
凍っただけの奴がいるのはすなわち手抜き。集中力の欠如だ。
でも、とデュオは主張したい。
騎士みたいな体力バカと違って魔法職は本来非常〜にデリケートなものなのだ。
阿呆みたいに魔法を唱えればすぐ精神力が尽きて何もできなくなるし、魔法が使えなければ冒険者といっても街にいる普通の人間と大して差がない。
精神力の管理は簡単そうでいて結構頭を使う。
だから、「楽できそうな時は楽をしておく」がデュオのモットーだ。
相方がいてそいつがトドメをさしてくれるんだから多少威力を抑えて楽しても問題ない。そういうことだ。
でも以前はソロ狩りばかりやってたというこの男は、その辺の事情を理解しないというか本来の気質からいつでも全力投球というか…まあ、とにかく相互理解は遠いだろう。
文句を言おうかと一瞬考えたもののそれは放棄して、ため息を吐いたデュオはぐるりと付近を見渡した。
本城の中央、玉座の間はいまや静まり返っている。
床には双頭の鷲のレリーフが刻まれ巨大な柱に支えられたこの広間は、かつてこの城が栄えていた頃はさぞや美しかったのだろう、と見る者の想像をかきたてる。
倒した魔物の残骸をかきわけて価値のありそうなものを拾いながら、デュオはぼんやりと最後にここに来たのはいつだろう、と考えた。
ここはゲフェニアに行く前…つまり亡き相方と最後に来た場所だった。
ヒイロと組むようになって、最初に行ったのはゲフェンダンジョンだった。
単純にデュオがギルドに寄った後一番近かったというのが理由だ。魔物の数が多くて囲まれやすいから正直あまり好きじゃないのだが、あまり怪我しなかったことから考えてもヒイロはとてもうまく立ち回ってくれたと思う。
ここで楽勝なら、とピラミッドやスフィンクスダンジョンや、と手当たり次第色々もぐって、果ては亀島なんかも行った。
火山行った時はさすがに死ぬかと思ったけど。まああそこで騎士とペアじゃ薬使いまくりなのは仕方ない。
色々行って、行き尽くして。
ヒイロがグラストヘイムの名前を出してきたときに、デュオは本当は一瞬思考が止まった。
ソロが死んでもうすぐ一年が経つ。
―――それは、以前ここに来てから同じ位の時が経ったということだ。
デュオはもう一度広間を見回した。
二人が倒しまくったせいで周囲に魔物の姿はない。静かすぎるから、この広間の外が凄いことになってる可能性もあるわけだが…まあ、途中見かけた自分たち以外のパーティも皆強そうだったから大丈夫だろう。
さっき受けたらしい傷の応急処置をしているヒイロを横目に、デュオは小さく息を吐いた。
何も考えないようにしてここまで歩いてきたが、さすがにこう静かになると色々と思い出されてきて憂鬱になってくる。
ここは、この広間は『彼』の好きな場所だった。
ソロは失われた歴史に興味をもって冒険者になったと言っていた。世界の平和を支える”ユミルの爪角”を探すのだと口癖のように言っていた。
ユミル、すなわち巨人族との戦いで廃墟になったというグラストヘイムはまさしく神秘の宝庫で、魔物たちの強さも相まって今も多くの謎が眠ったままとなっている。
この玉座の間ひとつとっても謎は深い。
デュオは実際には見たことがないけれど、玉座には国王夫妻の魂が宿っていて今も時折さ迷い出てくるという。堕ちた騎士は亡霊となっても玉座を護り、玉座の左右から歩み出でて侵入者を排除する。
そんな神秘を、二人でこの広間を占拠して語り合ったものだった。
彼は世俗的な欲をもたない異質な冒険者だった。誰かとそんな話をすることはきっともう二度とないに違いない。
「どうした」
「あ、いや。なんでもない」
怪訝そうな顔で問いかけたヒイロに、デュオは曖昧に笑って答えた。
デュオの答えになにか言いたそうな顔をしたヒイロが、ふいと視線を逸らした。追求されなかったことになんとなくほっとする。
新しい相方となったヒイロが、ソロのことを気にするのは仕方のないことではある。
どうしたってデュオはソロとヒイロを比較するし(それがいい悪いの比較ではないにしろ動きの差の基準になるのがソロなのは間違いない)、ましてソロとヒイロは同じ「騎士」という職業についている。
服装が同じ、年齢背丈もほぼ似たようなもの。
さらには戦い方がなんだかそっくりときているので、ふとした瞬間に二人がダブる。
(…ヒイロに、ソロを重ねるのはヒイロに対して失礼だ。)
似てたから傍にいるわけじゃない。
でも、ヒイロが彼に似ていなかったら、二人が出会わなかったこともまた事実だった。
それらを理解しているから、理解しているからこそ、ヒイロはソロを意識する。そしてデュオがソロのことを考え続けるのを嫌う。
それが度を過ぎた意識の仕方であることに、ヒイロが気づいているかは謎だけど、何故度を過ぎてしまうのかという点を考えさせたくないのでデュオはそのことについては黙っていた。
嫉妬してるのか、なんて。聞けるわけがない。
「デュオ!」
名前を呼ぶ声に、デュオははっと顔を上げた。
視界にヒイロの背中が滑り込んだ。
デュオに向けて振り下ろされようとしていた剣を受け止め、返す剣で魔物を一刀両断にする。異様な光に包まれて動いていた鎧は、ガシャガシャンと軽い音を立てて崩れていった。
「油断するな」
「わ、悪い」
今のは明らかに自分が悪くて、素直にデュオは謝った。
ウィザードの体力で無防備に剣の直撃を食らったらただでは済まない。
物思いから戻ってみれば、遠巻きに自分たちを伺う魔物の姿が見て取れた。今の1匹はデュオの油断に気づいて、特攻をかけてきたのだろうか。
気を抜いたら殺られる。
デュオは緩んでいた気を引き締めた。
「今日はどんくらい回る?日暮れまでには外に出ないと、夜営の準備もあるしなー」
軽口を叩きながら体に魔力をめぐらせて青い光をまとったデュオに、ヒイロが何か言いたそうな顔をした。
「…北側を半分も巡れば十分だろう。残りは明日だ」
「りょうかーい」
開きかけた口を一旦閉じて、視線をそらしてヒイロがデュオの問いに答える。
一瞬違和感を感じたものの、少し考えて思いつかなかったデュオはそれを考えるのを止めた。
デュオは、ちらりと魔物の群を見た。
数が多い。襲ってきてからでは遅いだろう。
…ならば先手を打つのみだ。
一歩踏み出したデュオに、魔物の一部が反応して走り寄ってくる。
デュオは通常より簡略化した詠唱を始めた。魔物の足音が近づいてくる。その殺気を感じながら、目を閉じて意識を集中したデュオは一歩も動かない。
その横でヒイロが動いた。
彼に反応してまた別の魔物の一団が走り寄ってくる。
その数を確認しながら、ヒイロはデュオに近づいた魔物の注意を自分へと向けさせ、地面にゆっくりと法陣が浮かぶのを確認してから魔物ごとその中に突っ込んだ。
「ストームガスト!」
デュオが手を振り払うのと同時に吹雪の中で全ての魔物が凍りつく。
それは放置して、ヒイロはデュオを背中に庇う位置で剣を構えなおした。
デュオは小さく微笑んだ。
ヒイロの対処は的確だ。
簡略化した詠唱では、凍りつかせる程度の威力しかない。これは単なる足止め、本命はこの後だ。

「闇の深淵にて重苦に藻掻き蠢く雷よ…」

デュオのルーンに反応して周囲に火花が散る。
氷を破って近づいてくる魔物を、ヒイロは一体ずつ確実に倒していった。
(絶対に大丈夫。)
背中を預けられる安心感。デュオは全てを意識から切り離して術に集中した。

「彼の者に驟雨の如く打ち付けよ」

先程とは比べ物にならないスピードで光の魔法陣が大地を走る。

「ロードオブヴァーミリオン!」

どこからともなく撃ち降ろされる落雷に、凍り付いていた魔物たちは瞬時に砕け、既に氷化を解いていた魔物も僅かな抵抗の後、次々にその場に崩れていった。
小さく息を吐いたデュオは、振り返って自分に矢を射ろうとしていた鎧の魔物を魔法で遠くに吹き飛ばした。背中でそれがガシャンを崩れる音を確認しながら、正面からきた一撃をかわす。
横目で確認するとヒイロが囲まれながら、魔物をなぎ倒しているのが見えた。
その危なげない動きに、だんだんと楽しくなってくる。
「大丈夫か」
「誰に言ってんだよ?」
トンと背中をつけて、大分減ったもののまだ沸いてくる魔物に対峙する。
沸くときは息を吐く暇もない程に沸く。
これがこの広間の恐ろしいところであり、同時に楽しいところだ。
ヒイロの剣技と、デュオの魔法と。二人とも腕は確かだったので、正しく連携さえとれれば命の危険を感じることはなかった。
広間に集まっていた魔物は着実に一匹一匹と姿を消し、やがてヒイロが斬り倒した最後の一体がガシャンと崩れ落ちる音と共に、また広間は静かになった。


「よし、終わり!」
その宣言が、休憩開始の合図となった。
はあー、と息をついて屈伸をして、デュオが大きくのびをする。
振り向くと、ヒイロが荷物から出した布で剣の汚れを拭っているのが見えた。
「すごい数だったなー」
「………」
ヒイロが返事をしないのはいつものことだったので、戦闘の後の高揚感のままにデュオはべらべらしゃべりだした。
「城もさ、もうちょっとこー敵の出方にムラがなければもっと来やすいのにな。儲かるし面白いのに、街から遠いし強いしであんまり来られないんだよな。臨時のパーティだって上手く見つからない場合多いしさ、あと知らないやつとあんま出かけたくないってのもあるし。命は惜しいしなー、嫌なやつと組んじゃったりするともーサイアクだし」
あ、でも。とにっこり笑う。
「これからはお前と来れるな。こんだけ戦えれば、もーどこだって行ける気がするよ。お前さ、あんまり誰かと組んでないって言ってたけど、オレの詠唱の変化によくあんなにすぐに対応できるよな。凄いことだと思う、本当に。」
一緒にいる相手がどんなことが出来るのか、またどんなクセがあってどんな動き方をするのか。
それを知ることは、緊急時であればあるほどにパーティの命運を分けることになる。
そういうのをいかに短時間で掴むかが臨時パーティの難しさなのだが、固定でしばらく組んでいたとはいえ普段使わない魔法にまでヒイロが反応したことは正直とても凄いことだ。
「でも、次のが沸く前にそろそろ出た方がいいかな…どうする?」
「そうだな…一度出るか」
頷いたヒイロに、デュオがよーしと勢いよく方向転換をする。
「じゃ、もどるかー」
くるりと振り返る。
その時、デュオの視界に広間の全景が映った。
そして視界に広がる真紅のマント。騎士の装束。
かつていつも使っていたその言葉が零れ落ちたのは、ほとんど無意識だった。

「お疲れさん、『ソロ』」

激しい戦闘の直後で浮かれていた。
もう戻るということで少し気が緩んでいた。
それでも、ちょっとしたミスというには最悪の言い間違いだったに違いない。


空気が凍りつくより前に、そのときデュオは自分の失言を悟った。


                                  to be.




COMMENT;

RO1x2第7回です。
endマークつけたら後編も更新しますっ!と言ってたんですが、なんだか1ヶ月経っても書ききれず…諦めてこれ単品で第7回とすることにします。がくり_| ̄|○;;
現在進行形でどんどん伸びてるんですが、この悲惨な状況からヒイロはちゃんと這い上がって…ると思います(^w^;
ちなみに文中の詠唱は、某ゲームの呪文です。自分で考える脳みそがなかったので、カッコイイのを引っ張ってきました。
ゲーム自体はまだクリアしてないんですが、戦闘のセリフ(呪文とか必殺技とか)がかっこよくて異様にトキメクうさぎでしたv


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