名前をつけてやる



ほとんど光源のない中、ディスプレイだけが煌々と光を放つ。
その灯りに照らされながら、少年は迷いのない動きでキィを叩き続けていた。
「―――以上をもって、M作戦を終了する。記録者名…」
淀みなく動いていた指先が、その時初めて止まった。
感情の揺れを表すかのように僅かに瞳を細めた彼は、しかしそのまま何事もなかったかのように結びの言葉を刻んだ。
「recorded by heero yuy」
この名を使うのも、これで最後だった。


「それじゃジョン、また明日な」
「ああ」
隣の席の少年が席を立ち、誰も話しかける者のいなくなった教室で彼は溜息を吐いた。
EVE WARから半年。
戦後復興も不安定ながら軌道に乗りはじめ、その被害にあわなかったこうした片田舎の地域では既に終わったこととして偶に人の口に上る程度の出来事となった。
ガンダムと共にMO−IIを降り、名を捨て身を潜めるようになっても、どうしても違和感は拭えなかった。
何に対するものなのかは自覚していたがどうしようもないことでもあった。
どこまでいっても、兵士は兵士だ。
戦場でしか生きられない。
生きるということはただ息をしてそこに存在することとは違う。そこに目的と生きがいを見出し、その為に進む力を生み出すということだ。
そんな力も気力も、今の彼にはなかった。
あるのはただ異質な自分だけ。
平和に馴染まず、火種はないかと調査し続け警戒という名の自己欺瞞を繰り返すだけの存在は、どこに在ろうとも馴染むことはなかった。
これが潜伏ということならばどれ程単調であろうと構わなかった。
だがこれこそが日常であり、これからの自分の全てであるということは…苦痛以外の何物でもないのだ。
「………」
半年という時間は、彼にとって自分という存在の異端さを知らしめる材料にしかならなかった。
その「平和な世界」を護ったのだと言われてもピンとこない。
護りたいものが確かにあった。
平和の為に戦っていた。
だが、己がその中で生きる為にそうした全てをしていたわけでもなく、残された時間に正直途方に暮れそうだった。
生きる意味が見つからない。
何度変えてもどの名前にも馴染めないのは、そのせいかもしれなかった。
だが、彼にはただひとつ目的があった。
それがこの日まで彼を生かしてきた。
『終戦からちょうど半年後の正午。このポイントに行き、残されたデータを抹消せよ』
義手をカショカショ鳴らしながら笑った老人の顔を思い出す。
月面基地で、トロワの手引きで引き合わされた時老人は、追加の指令をヒイロ・ユイに残した。
もしお前が生き残っていたら行くがいいと。
いつとも知れないその時期、果たされるかもわからない指令。
しかも終戦を迎えた今、それがどのような内容で、意味をもつものであるのかすらわからなかった。不確定要素が多すぎる。
どうでもいいデータなのか、それ以外のなにかがあるのか。
それはそもそも戦後でなければ出来ないような作業なのだろうか。
…何にせよ、それは明日全て判明する。
教材を抱えた彼は、席を立った。
今日の講義はこれで終わりだ。
ここに、そしてこの土地に長居をする必要は、もうなかった。



自分以外の誰かの気配に気づいたのは、目的のコンピュータールームの前でのことだった。
「………」
廃棄された資源衛星の、起動しているかも怪しい端末室。
……目的は、消去せよと命じられたデータだろうか?
こちらに気づいているのかいないのか、室内の人物の気配は消されていなかった。
無言のまま手の中の銃を確認し、一息にドアから身を滑らせ相手の眉間へと照準を合わせる。
カチリ。
トリガーにかかった指の動きで、硬質な音が響く。
その音にか、それとも侵入者の物騒な気配にか。黒衣の少年が、ゆっくりと振り返った。
彼の動きに従うように、長い三つ編みがふわりと浮かぶ。
「よお、久しぶり。ヒイロ」
にっこり笑った彼は、半年前と全く変わらない口調でそう呼びかけた。


親しげに呼びかけられても、ヒイロは返事をしなかった。
合わせた照準をはずすこともしなかった。
消していた気配を緩めたのだけが唯一の妥協だったのかもしれない。
「……お前さ…、ああもういいや。お前もどうせジジイ共の任務とやらだろー?」
そんなヒイロの様子に大仰に肩を竦めた彼は、銃など気にしないというようにくるりと背中を向けた。
作業途中だったのかライトの点いたディスプレイを覗き込み、カタカタとキィを叩く音が響く。
「―――終戦から半年後の正午。X192,257、Y332,900に向かえ。そして残されたデータを破壊せよ…なんか違ってる?」
「………」
それは全くその通りで、肯定の代わりにヒイロは銃を下ろした。
気配でデュオが笑ったのがわかる。
オレたちほんっと任務被るよな、と言う声が聞こえるようだった。
「こっちの端末はオレが使っちゃってるけど、あそこの3台がまだ生きてる。好きなの使いな」
親指で示された先には、仄かに画面を光らせた端末が確かに数台あった。
無言のまま席へついたヒイロに、デュオが明るく話を続ける。
「一応少し早めに着たんだけどさ、ついたらさー、主電源イカレてやんの。作業になんないだろ?仕方ないからそっちの修理から始めてさ。なんとか復帰させたんだけど、今度はここの端末も半分以上だめになっててさー。使えるの探すだけでも結構時間食っちまったんだぜー」
オレ様の功績だ、感謝しろよー。
どうせヒイロが感謝などしないだろうとわかった上でデュオがそう言って笑う。
軽口をたたくデュオと無言のヒイロ、けれど二人の手の動きは同じペースで、重なりあうようなタイプの音が機械独特の稼動音に混じって狭い部屋に響く。
他に音はなくて、壁に音が染み込んでいくような静寂と稼動音とタイプ音とそしてデュオの聞き慣れた声。
お互いの領域に踏み込まない人間特有の心地良さ。
それでも耳に馴染んでいる誰かの声。存在。気配。
そういえば、肩を並べて戦った時間は、他の誰より彼が一番長かった。
半年という時を飛び越えたような錯覚に小さく頭を振って、指定された呼び出しコードを入力したヒイロはそこに仕掛けられたパスワードの解除にかかった。
何故だかこのニアミスは、酷く気が重かった。


全く返事をしないヒイロに言うこともなくなってしまったのか、デュオが黙ったのを境に部屋は硬質な音が響くのみとなった。
「……なあ、ヒイロ」
「………」
デュオが手を止めないまま、心地良い静寂を気遣うように囁いた。
「お前さー、この半年何してた?」
「………」
もとより返事など期待していないのか、僅かに待っただけでデュオの言葉は続く。
「オレはさ、古巣を転々とってとこかな。スイーパーズも行ったしヒルデとジャンク屋もやったし。今はフリーの何でも屋って肩書きだけど、地球の色んなところを旅してるから仕事はしてないに等しい。自由気ままな一人旅を満喫ってとこ」
「………」
「お前はー…そうだな。学生かな?謎の転校生みたいなことやってそう。どう?あたってる??」
「………」
「イエスノーくらい言ってくれても罰はあたらないと思うんだけどもね、ヒイロさん」
「ヒイロじゃない」
頬を膨らませたデュオに、初めて返事が返った。
質問の答えではない答えに、デュオがおやと手を止める。
「?」
「今はジョンだ。ジョン・スミス」
「ああ、名前ね…あーまあ、お前コードネームだったしなぁ」
今度はオレの名前使わなかっただけ上出来かな、とデュオはそれだけで納得したらしかった。
確かにヒイロ・ユイという名前は目立つ。改名しててもおかしいことはない。
「でさヒイロ、さっきの質問だけどー…」
「ヒイロじゃない」
「……。お前のこだわりポイントなわけ?そこ。まあそれならそれでいいけどさー。じゃあジョン君、今何してるわけ?」
「………」
何故かさっきよりも不機嫌そうに背を向けたヒイロに、デュオは頭を掻いた。
何が言いたいのかさっぱりわからない。
膨らんだ針ネズミのような気配になってしまったヒイロは一旦置いておいて、仕方なくデュオは端末に向き直った。
取り付く島もないとはこのことだ。
―――調子に乗りすぎたかなぁ…。
作業は手間はかかるものの単調過ぎて、一言でいえば楽勝の部類だ。
思わず余計な考えごとをしてしまいながらデュオは内心呟いた。
久しぶりに会って喜んでヒイロヒイロ連呼しすぎてしまったかもしれない。思えば彼は昔から付き纏われるのを嫌っていた。
戦後名前を捨ててのんびり暮らしていたところに、仕方なく残された任務のために来ただけだとしたら…デュオの存在は鬱陶しいのが再度登場!状態だったのかも。
ヒイロ・ユイとは縁があっても、ジョン・スミスとは関係ないだろうという言葉少ななアピールだったんだろうかやっぱり。
ああ、だから名前を呼んだら怒ったとか?俺とお前は関係ないだろうと言わんばかりだ。
うん、そうに違いない。
だったら…やっぱり呼び名は「ヒイロ」の方だろうか。
その方がオレとしてもしっくりくるし。あの顔見たら110番…じゃなくてあの顔見たら条件反射でヒイロという単語が浮かぶんだからその方が自分にとってもいいだろう。
うん。そうしよう。
「なーヒイ…」
「出た」
開き直って改めて声をかけようとしたデュオのセリフに被るように、ヒイロの凛とした声が響いた。
え?とデュオが目をむく。
だってヒイロがきたのは自分より後で、しかも作業速度はそんなに変わっていなかったような気がするが…もう完了?ええ?
横目で見た、内容を確認しているヒイロの表情が強張っていて、デュオはそれ以上声をかけるのを躊躇った。
何故か老人達から同じ指令がきたとはいえ、別々に言われている以上データが同じ内容であるとは限らない。それはデュオは見てはいけないものだった。
データをスクロールして眺めているヒイロの気配が、時間の経過と共に硬くなっていく。
(どんなデータなんだろう…)
不安になりつつ、デュオは自分も作業の手を早めた。
あと少し。最後の解除コードが判明すればこちらのデータも閲覧可能になる。
同じ内容とは限らないが…それでも、ヒイロの驚愕の理由が気になってデュオは手を早めた。
そして、出てきた内容に言葉を失った。

それは、出生記録から始まる一人の人間のプロフィールデータだった。
孤児を相手によくぞ調べた、という詳細さだ。
さすがに両親の名前までは突き止められなかったようだが、大まかな出生日や両親の人種・特徴、生後の環境まで調べ上げてあった。
ストリートにいた頃に身を寄せたグループ、気まぐれで彼を拾って銃の扱いを教えた元軍人の老人の名前、そしてスイーパーズに所属するようになってからガンダムに乗るまでの経過…。
それらはほぼ全て、デュオの記憶にあるものだった。

ピ―――――――…
背中で聞こえるのは、ヒイロが読み終えたデータを削除した音だろうか。
無言のままの彼。
デュオは、半ば本能的に二つのデータが内容を異にした同じ種類のものであることを察した。
それは、人によっては全く価値のないデータだ。
だが本人にとっては…知りたい知りたくないの如何を問わなければ、重要度が高いことは疑いようもない。
『―――もし、戦争を生き延びたら、ここへ行け』
死んでいたら、こんなデータは誰にとっても、それこそガンダムのパイロットを利用しようと考える輩の手に渡ったとしても、無価値なものだった。死者の個人データに利用価値はない。
誰が残したとも知れない記録にある組織や個人名など、いくらでも偽造できる以上そのデータには価値はない。
このデータが大事なのは世界中でただ一人だけ。記載された本人だけだ。
一通り目を通したデュオはキィに指を滑らせた。彼に続いて、自分もこのデータを削除するつもりだった。保存するつもりも、他の誰かに見せるつもりもなかった。
知ってることと、ほんの僅かな新しく知ること。
自分を育てた老人は、餞別にデュオについて知ることの全てを残していった。
これは、ただそれだけのことだった。
ただそれだけの、遺品だった。
デュオは、作業終了のメッセージが表示されたウィンドウを凝視したまま立ち竦むヒイロの後ろ姿を見た。
…まるで、途方に暮れた子供のようだ。
そうだ。いつだったかヒイロは言っていた。
過去の記憶はない。パイロットとして教育を受ける前のことは覚えていない、と。
プロフェッサー以上にマッドサイエンティストぶりを発揮していたあの奇怪な老人のことだ。こんな伝達データでさえ、さぞや徹底していたことだろう。
ヒイロの、過去。
「………」
それに興味がないと言ったら嘘になるけれど。
それでも、デュオは最初に言わなければいけない言葉を自分はわかっているような気がした。
立ち尽くすヒイロにかけるべき、最初の一言。
今のヒイロに、言ってあげたいと思った。どうしても自分が。
「なあ、お前さ。なんて呼ばれたい?」


呼びかけられた声にヒイロは振り向いた。
眠っていたのは自分の個人データだった。知りたいと思ったことすらなかったそれらが、思いがけず手に入ってしまった。
手に入れたものを持て余したような、不可思議な気持ちだった。
任務完了の達成感もなく、空虚な心を漂わせるに任せていた彼を現実に引き戻したのは、先ほどまでと何も変わらないような明るい声だった。
推察するに同じようなデータを見ただろう彼は、変わらない笑みを浮かべたままもう一度同じ言葉を繰り返した。
「本名わかったんだろ。その名前がいい?ジョン君のままがいい?それとも、別の名前を名乗りたい?」
お前はなんて呼ばれたい?
屈託なく笑う彼を、憎いと思ったのは何故だろうか。
衝動的に沸き起こった苛立ちを抑えるように、ヒイロは殊更無表情に言い放った。
「名前など便宜上必要とされた、固体識別の名称にすぎない。記号に意味をもたせることは無意味だ」
「それはそうだけど。でも、それだけじゃないだろ」
「…何があると言う」
答えず、デュオはもう一度微笑んだ。そして繰り返した。
「なんて呼ばれたい?」
「………」
それは、答えが自分の内に無いことをヒイロに知らしめる一言だった。


名前が、馴染まなかった。
何度変えてもどこへ行っても名前は馴染まなかった。ヒイロの存在自体も馴染まなかった。
馴染ませたいとも思っていなかった。
名前は単なる音に過ぎない。
それ自体に価値はない。
価値をもたせるのは、呼ばれる本人であり、呼ぶ人間だ。
名前に価値がないのは、だから、呼ばれる本人に…………
それは、何より辿り着きたくない答えだった。
自分には何もないことを、生きる指標も目的も存在価値も、名前を呼ぶ人も、何一つないことを知らしめる答えだった。


「…ほーらな。やっぱりお前わかってないんだ」
ふいに、くすくすとデュオが吹き出した。
硬直したヒイロに軽い動作で近づくと、返した拳で胸をトンと打つ。
「お前はお前だもん。名前なんて記号なんだろ?だからなんだっていいんだよ。オレがお前を呼びたいんだから」
それがお前だって事が、オレにとっての一番の意味なんだから。
間近で嬉しげに目を細めるデュオの言葉は、その時すとんとヒイロの心に入ってきた。
何度も言われた言葉が蘇る。
『オレはお前が好きだから』
いつだって差し出されていた手が、ふいに今までと違った意味をもった。
縋るわけじゃない。価値を求めて、差し出されたものにがむしゃらにしがみつくのとは違う。
目の前の存在を、ただあるがままに受け入れる。
今まで考えたこともなかったそのことを、初めて理解し実行したような気がした。
言われた言葉を、言われたままに。
目の前の存在を在るがままに。
ただ受け入れて、その意味を、存在を考える。
『なんて呼んでほしい?』
考える。
目の前の男に呼ばれたい、名前。
ガンダムパイロットでも工作員でもなく、無口で無愛想な人付き合いの悪いただの人間を、ただここにいるだけのこの存在を、まっすぐ見る彼に。
いつだって、まっすぐに見ていてくれた彼に、呼ばれたい、名前。
「……お前はなんと呼びたい?」
「へ?」
デュオがきょとんと瞬いた。
言われた意味を考えているようだった。
唐突だという自覚はあった。名前をつけろなどと、他人に言う言葉ではないだろう。
まして、あれだけ邪険に扱ってきた人間に対して。
でも、冗談で済ます気もヒイロにはなかった。
名前は記号。
だが、特定の人間…望む相手が呼ぶのなら、それも価値があるもののような気がする。
―――ああ、そうか。
―――これが足りなかったんだ。
探していた道標は本当はこんなところにあった。
自分が、ただ自分であることを誰かに認めて欲しかった。
自分が誰なのかもわかっていない馬鹿を捕まえて、ただまっすぐに見て欲しかっただけだった。
半年かけて探していたのは、多分、ただそれだけだった。
呼んで欲しい存在。
それは、誰でもいいわけじゃない。
道標はここにあった。
長い間、気づかず離れていただけで。
そう。今わかった。
おそらくそれが他のどのパイロットでもなく、デュオが老人達によってここへ呼び出された理由。
彼だけが、まっすぐヒイロを見たから。
そしてヒイロが、そんな彼を他とは違った視点で捉えていたから。育ての親は、それを気づいたのだろう。
無意味に思える任務。
本当は、おそらくヒイロの為に用意されたシナリオ。
穏やかな海のように、凪いでいく気持ちを感じていた。
焦燥が嘘のように落ち着いていく。
この任務が終わったら、何もないという恐れがあった。それが消えていくのを感じる。
自由気ままな一人旅。
勝手についていく、道連れになってやろう、と。
内心決めて、自分の考えに笑みを洩らす。
「好きな名前をつけろ。俺は構わない」
「はあ?!」
その名前で生きてやる。
迷いも無くそう言ったヒイロに、デュオは今度こそ呆れた声を上げた。
覗き込んだ瞳に本気の色を見て、息を飲んだデュオは困ったように眉を寄せた。
「…オレにつけろってぇ?」
「………」
「エリザベスとかマリーとか言ってもお前名乗るわけ、もしかして」
「お前がそう呼びたいならな」
「………………………………………」
ヒイロの真意を測りかねたように無言になった後、デュオは後悔するなよ?と呟いた。
なんでオレに聞くかなー、と釈然としないようにぶつぶつ呟いて、ぴっと指をさす。
「お前の名前だろ?誰より立派で、誰よりバカみたいな名前。オレはひとつしか浮かばない」
無言で先を促す視線に、瞳を合わせてデュオはなんでもないことのように言った。

「『ヒイロ・ユイ』」

「………」
「使いたくなかったら使わないでいいけど。…オレはやっぱり、お前っていうとそれしか浮かばないぜぇ?」
それ以上は困る、と全身でアピールしつつ早口に言い募ると、デュオはあわてて自分の端末の方へ戻っていった。
どうやらデータの消去を実行し忘れていたことに気づいたらしい。
「まったく、相変わらず唐突っていうかわけわかんねぇっていうか…」
ぶつぶつ呟きながら、カタカタと手早く操作するその背中を見ていて、ヒイロはふいに笑い出したいような気がした。
この指令は、遺されたデータは、確かに彼の老人の餞別だったのかもしれない。
だが、半年という微妙な時間。
そして、呼ばれたもう一人の人間。
「食えないジジイだ…」
月面基地の時点で、この全てを予想していたのだとしたら。

気づかれていたのだろうか。
本人すら意識していなかった視線の行く先を。
気づかれていたのだろうか。
記号に意味をもたせられるただ一人の存在を。

ピ――――――…
「よおっしゃ、任務完了っと!」
明るく宣言するデュオは、本当に何も考えていないに違いない。
ここで会ったのも単なるブッキング、ヒイロの命名も気まぐれで偶々居合わせた自分がやらされたに過ぎないと、ただ明るく、まっすぐに一途に生きているだけの彼。
この後ヒイロが付き纏うことを知ったら、果たしてどんな顔をするのだろうか。
そんなことを考えながら、端末を落としにかかるデュオを見ていたヒイロは、ふいに開きっぱなしだった画面に起きた変化に気づいた。
真っ暗になった画面に、一行だけのメッセージ。
二つのデータが双方消されたことをキーにして立ち上がった、最後のプログラム。

―――わしからのプレゼントは気に入ったかな?

「本当に、食えないジジイだ…」
小さく笑ったヒイロは、誰にも気づかれないよう静かにそのメッセージを消去した。

                                          end.




COMMENT;

2005年の12/12記念スタンプラリー企画の景品です。1年経過で解禁。
ヒイロの名前関連はずっと書きたかったネタの一つだったので、書きあがった時に達成感と妙な脱力感があったのを覚えてます(>△<*
このお話を書いた後無性に聴きたくなってスピッツのアルバムを借りにいきました。やっぱりいい歌でしたvうろ覚えだったサビもちゃんとあっててホッと一安心です。(書く前にちゃんと聴けば良かったと心底思いました…;)
ちなみに冒頭のヒイロの名前がジョン・スミス君なのは、外人で最も多い名前・苗字のトップ3とかをそれぞれ調べて決めました。多分クラスに一人はいる鈴木君とか田中君とかの類のネーミングだと思われます。ヒイロはあの性格ですし、一般的で目立たない名前をつけそうだなーと…デュオの名前使ってた人に言うセリフじゃないかもですが(笑)
以下、去年の文章です。↓
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2005年12月12日おめでとうございますー(*><*)
書き上がった現時点で今日という日は残り1時間です。焦ってます。はわわ。
企画へのご参加、改めてありがとうございます!!
ギリギリになってしまいましたが、楽しんで頂けてたら幸いです♪

[名前をつけてやる]
むかーし…スピッツだったかな?ホントにあった歌です。
「名前をつけてやる 本当に考えちゃった 誰よりも立派で 誰よりも馬鹿みたいな♪」というのが、うろ覚えですが本当にあるサビの部分です。
確かアルバムにだけ入ってる曲で、ヒイロの歌だわっと萌えた覚えがあります。
戦争が終わってもヒイロ・ユイって名乗る意味って何だろうとか思っちゃうんですが、名前に意味があるんじゃなくてその名前を呼ぶ人に意味がある(カトルであれトロワであれ五飛であれリリーナであれ、他の戦争に関わった人全て)のではないかなーと思うのです。
イチニなのでデュオが名づけてますけど(笑)
他の人も、彼を見てヒイロ・ユイ以外思い浮かばないんじゃないかなって思うのです。
戦中のこと含めて全部ヒイロ・ユイなんですよ!(>△<)ノ
甘くもないしイチニっぽくもあんまりないですし、盛り上がってもいないし不完全燃焼だし…とお話としては微妙かもな、と思ったんですが、いつかは書きたいと思ってた一本なのでうさぎは満足ですv
(でも最後の方もうちょっと時間あったらヒイロとデュオの心情に突っ込んでみたかったなって辺りは微妙に残念ですが;でも時間制限の中頑張りました!)

今年の企画はこれで終了です。
お疲れ様でした&ありがとうございました!


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