デュオ・マックスウェルという男は信用ならない。
短くもない付き合いの中で得た、それはある種の真理だった。
猫の子のように人懐こい仕草で近づき、その実冷めた目で観察するような強かさは彼が生きてくる上で確かに必要な処世術だっただろう。だが、それは気づかないからこそ許せるのであって、自分に向けられているものだとわかれば苛立ちが沸くのは仕方のないことだ。
気軽に様々な誘いをかけてくるが本人は元々実行する気がない。
だからこそ、誘う相手に彼は自分を選ぶのだろうとヒイロは冷静に分析していた。
自分ならば彼の誘いに乗ることはない。
自分ならば、悪者は自分であり彼はどれ程尽くしても冷たい対応しか貰えない哀れな被害者の立場を貫ける。
そんな風に利用されること自体腹立たしいことだったが、飽きるまで放置するしかない、と諦める部分もあった。仕方ない。構えば、きっとその分だけそれは長引いてしまうのだろうから。
いつも、まさしく「ちゃらんぽらん」という形容動詞が似合う男はその日も馬鹿のようにへらへらしながらヒイロの後を追っていた。
徹底して無視しているというのにその軽い口が閉じられることはない。
内容はまとまりがなく様々だ。共通するのはそのどれもが信用ならない話でしかないということか。
昨夜宇宙人からうちで働かないかと勧誘を受けたとか、このビルの地下には怪獣モグラの家族が住んでいていずれは彼らの穴掘り技術により倒壊するのだとか、実はなんとヒイロとデュオは生き別れの双子の兄弟なのだとか、通行人が断片的に聞いただけでも「嘘だろう」と思うようなことしか彼は言わない。聞き流しながらもそれを音として拾ってしまう自分の律儀さに辟易しながら、ヒイロは黙々と歩を進めていた。
「なー、ヒイロってば聞いてるのかよー」
「……」
「ほらほら、こうしてお前の愛しのデュオ君が一緒なんだしもっと笑って笑ってー」
「……」
「ぶー。なーんだよ。オレお前の声聞きたいんだってば!」
「……」
「こーんなにオレはお前のこと大好きなのにっ」
―――嘘つき。
胸に抱いた僅かな苛立ちを、ヒイロは僅かに瞳を細めることで流した。
これで、他の人間には誠実だというのだから余計腹立たしいというものだ。こんな態度は自分だけ、と知ったときに感じたやるせなさはヒイロにとって忘れてしまいたい類の記憶だ。
どうでもいいと流しているのに、それでは、引っかかるように痛むものが自分の中にあると認めてしまうことになる。
(…引っかかるもの、だと?)
内心の呟きに苛立ちヒイロは舌打ちした。
「黙れ」
八つ当たり気味に思わず零れた切り捨てるような呟きにも、デュオは大変嬉しそうに反応した。
その嬉しげな笑みが、殊更その口から出ていた言葉が偽りであることを肯定している。再び舌打ちをして止めてしまった足を再度動かしたヒイロに、デュオは小走りで追いつきながら先程よりも更に笑顔全開でまた話しかけた。
「なになにヒイロさん、もしかして信じてくれたわけ?」
やーっとオレの愛が通じたんだねー。などと言い出す口を、永遠に塞いでしまえたらと思う。そうしたら自分はきっと酷く穏やかな気持ちになれるだろう。
(或いは―――…。)
「………」
浮かんだ思考のあまりの馬鹿馬鹿しさにヒイロは表情を変えないまま足を速めた。
その考えはデュオが自分へ付き纏う時間を増やすごとにヒイロの意識を捕らえていく。馬鹿馬鹿しい。自分に言い聞かせながら、意識的に前だけを見てヒイロは歩いた。
それでも感覚だけは、すぐ後ろを歩く軽快な足音を拾い続けていた。
「ちえー、お前ってばほーんとオレの言うこと信じないよな」
ふて腐れた声に無言のまま自業自得だと思う。
彼の言葉は何もかもが信じられない。仕事に関してのみは信用できるかもしれないが、それ以外の言葉には一欠片の真実も見つからない。
「まあ、仕方ないけどね」
聞いていないとわかっているだろうに、デュオの言葉は続く。
そしてヒイロの心臓は間違いなく一瞬、止まった。
「オレ、本当はお前のこと嫌いだし!」
このくらいの嫌がらせ付き合ってくれたっていいだろー、と軽い口調でべーと舌を出すデュオは自分の言葉がヒイロにどれだけ突き刺さったか知ることはないのだろう。
表情を変えないままヒイロは足を速めた。
…そう。だから、この男は信用ならないのだ。
その言葉は静かにヒイロの胸の奥に沈んでいった。
(いっそ、鳥のように籠に閉じ込めてしまえたら。
自分の望む言葉を、謳わせられたら。)
傷ついていく見えない何かに気づくたび、存在感を増していく望みの形をなぞりながらヒイロは足を止めたデュオを置いて目的地へと向かった。
そう。仕方のないことだ。
彼が飽きるまで。放置するしかないのだ。
end.
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