しゃきん、しゃきん、と軽快な音をBGMにデュオはもたれかかったソファに擦り寄りながら欠伸を噛み殺した。
退屈だ。
物珍しい光景を最初はわくわくしながら眺めていたが、同じ作業を何十分も見ていれば流石に飽きる。
手伝う気はなかったのでこのまま仮眠でも取ろうかと考えていると、横目で睨まれた。
相変わらずチェックが厳しい。
(でも、オレは悪くない)
今日遊びに来ることは前もって連絡してあったのだ。
急用であろうと予定を入れたのはヒイロで、放っておかれることになったのはデュオだった。欠伸をしようと家主を放って寝ようと責められる謂れはないはずだ。
しゃきん、とまた音が響いた。
続く同じ音に紛れてしまうが、実はその軽い音の後には微かにパサッという音も続いている。それは切り落とされた部分が地面に落ちる音だ。
改めてデュオは自分のすぐ前に立つヒイロに目を向けた。
彼は今、丁寧にトゲを落とした薔薇を束ねて持って、長さを調節するために角度を変えながら茎を落としていた。
束はひとつではない。
赤、白、黄色、ピンク、それからあのきつい色は紫だろうか。薔薇以外にもいくつか花があるが、最も多いのは彼が今手にしている薔薇だった。今彼はそれらを使ってミニブーケを量産している。
満足できる長さになったのか切り鋏の音が止んだ。
そこからは至極早い。
形が崩れないよう茎をゴムで束ねると濡らした薄紙を巻きつけ、ホイルで包み、全体を淡い色の紙で巻いて上から透明なビニールで包む。リボンをなんだか何したのかわからない複雑な形に結い上げたヒイロは、最後に左右均等に切り落としたリボンの端を棒でくるくると巻き上げた。
抜き取ったときに出来る巻き跡が彼の腕を越す長さで波打つ。
「……」
「はーいはい」
無言で突き出されたそれを受けとって、デュオは潰さないよう気をつけながら玄関にある籠に詰めに行った。背後からは早くも次のしゃきん、という音が響き始めている。
(なんだかなー)
既に作業の一部に組み込まれているらしい自分が情けなかった。
リビングが片付いたのは既に日付も変わろうかという頃だった。
「…で、なんでまたお前は花束なんて作らされたわけ?」
オレには聞く権利があるぞと膨れるデュオに、流石に疲れた様子のヒイロはあっさりと「嫌がらせだろう」と言った。
「俺が手に入れるのは難しかったから伝手のありそうなカトルに依頼した。代価がこれだった」
「カトル?嫌がらせってあいつに何させたんだよお前」
「大したことじゃない。単にからかわれただけだろう…間違いなく今日、お前が来る直前にぶつけられたわけだしな」
何でもないと言いながらも憮然とした表情のヒイロは内側で沸々と何かがこみ上げているようだ。デュオは慌てて話題を逸らした。
「あー。お前があんな特技あったなんて知らなかったなオレ」
「別に束ねるだけだ、あんなもの」
「その割には随分と本格的なのが出来てたけど…」
「見よう見真似だ」
玄関の籠を思い出したデュオは、多分カトルは趣味と実益を兼ねたのだろうなと思った。ヒイロの言うとおり遊ばれたのだとしても、それで経費を浮かせるとか一石二鳥な何かをカトルならばやる。絶対やる。
デュオは強かな友人のことをよく理解していた。
「…まあ、でも終わったんだろ?お前がこんな手間かけてまで何を欲しがったのか、オレとしてはそっちのが興味あるね」
「……」
くすくす笑ったデュオにヒイロは無言のまま立ち上がった。
あれ、この程度で怒らせたか?とデュオが首を傾げていると、部屋の隅に置かれていた箱を手にしたヒイロが戻ってきた。
片手で持つには不安定な大きさのそれをヒイロが無造作に突き出す。
「やる」
「は?え…オレ?」
思わず受け取った箱は軽かった。
話の流れからすればこれがヒイロがカトルに依頼したものだろう。何だろう、と思いながらとりあえず開けてみることにする。
相変わらずの無表情がじいっとデュオを見続けていて居心地が悪かった。
箱の中には美しい白薔薇が束ねられていた。
花びらの形も厚みも見事で、さすがカトルと頷きたくなるようなものだ。
ただし。
―――枯れていたが。
「…ヒイロ?」
「お前にやる」
困惑を顕わに尋ねたデュオの疑問を絶対に理解しているだろうに、ヒイロは答えなかった。
伸びてきた指が頬を撫でる。
「先に言っておくが、特に何かの祝いでも記念でもない」
そういえばこの部屋に来て最初の接触だ、と気づいたデュオは瞳を細めた。長時間生花に触れていたヒイロの指はいつにも増してひんやりと冷たかった。
「いつかやろうと思っていた。珍しくお前が予告つきで現れたのが偶々今日だったというだけだ」
「意味は?」
「『人間不信で人間嫌いで放浪癖のあるお前に鈴を付ける』」
「わかんねぇって」
呆れたデュオに反しヒイロは上機嫌だった。
「お前が受け取りさえすればいい」
頬を撫でる指が止まった。
手のひらがしっかりと顔を固定して。
近づいて傾けられた顔に、質問と文句を言うのは今度にすることにして、おとなしくデュオは目を閉じた。
表示された検索結果に、もうダメだ、とデュオは思った。
上機嫌な深青の瞳が蘇る。そういえばあの目は受取拒否を許さない強さがあった。
逃げる、とか。
拒む、とか。
あらゆる「取るべき行動」を思考する回路が停止する。
端末の前に突っ伏してデュオは真っ赤になったまま唸った。
まずい、当分あそこには行けない。
でも行かなかったら向こうが来る気がする。
枯れた白いバラの花言葉は、『生涯を誓う』。
そう。彼は言ったのだ。
――『お前が、受け取りさえすればいい』。
end.
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