きれいな花にはトゲがある。
見てくれのいい奴が腹の中真っ黒だったり、都合のいい言葉には大抵の場合裏がある。
だからだめだ。騙されちゃだめだ、とデュオは唸った。
「どうした」
「いや、なんでも！」
ぶんぶんと大袈裟に首を振るデュオにヒイロは不審そうな目を向けたが、特に興味はなかったのか「そうか」と言って終わりになった。
逸らされた視線にほっとする。

（顔はいい。確かにいい。ぶっちゃけ好みだけど中身はアレだ。わかってるだろ、しっかりしろオレ！）

ベッドに閉じ込められたデュオと違い、情報収集に余念のない彼は今も端末に向かい何事か調べている。
デュオの位置から見えるのは主に彼の横顔だ。
勝手に端末をいじれば怒られるどころでは済まない、かと言って指名手配された怪我人の状態では自分用を調達しに出ることも出来ず、彼から情報を貰う以外本当に今のデュオはやることがない。
ベッドの横に窓はあるが誰かに目撃されることのないよう窓のカーテンもかけられたままだ。
だからここに連れて来られてからデュオは毎日何も考えずぼーっとその顔を見ていた。最初は怪我による発熱に浮かされた状態で、続けてまどろみの合間に、復調しつつある今は単にやれることが他に無くて。
人間が丸くなったのかヒイロがそのことを咎めることもなかった。
以前なら有り得ないことだと気がついたのは不覚にもここ数日のことだ。もしかしたらそこまで思考の回らない怪我人相手に彼なりに仏心を出してくれていたのかもしれない。
今やデュオの瞳に映るヒイロはきらきらしている。
きっかけはあった。
独房に踏み込んだ彼のシルエット。あれはデュオにとって自らの死を告げるものでしかなかったはずなのに、まるで天使のように光を纏って見えたのだ。
生死の判定を自分自身に委ねてくれたことも衝撃だった。
危険を背負うのはヒイロだ。なのに彼は選ばせた。そう、もう感動とか以前にそれは衝撃だった。

（だから、中身はアレなんだってば！）

こちらを向かない横顔を食い入るように見つめる。
ムカつく無愛想さも辛辣な口調も嫌味な態度も全部ひっくるめてどきどきしてしまうようになった自分はもうヤバイ。デュオは自分の状況をはっきりと自覚していた。
困った。まずい。困った。
思考はぐるぐると回転するが、目だけは横顔を追っている。しかもしっかりしろオレと叱咤する片隅でやっぱりきれいだなぁなんて暢気な思考も回っている。
デュオはうっとりと目を細めた。
ふいにヒイロの手が止まった。一区切りついたのか小さく息を吐く。
ふ、と音も無く吐き出された吐息にデュオの心臓が高鳴る。
画面を見つめる伏し目がちの目。引き結ばれたくちびる。端末を操る節ばった指すらデュオを惹きつけてやまない。

（だめだ。気をつけろデュオ・マックスウェル。油断したらぱくっとやられちまうぞ）

せっかく生き残ったのだ。こんなことで始末されるなんていくらなんでもバカ過ぎる。
ああ、でも…。
デュオは無意識に深く溜息を吐いた。
様子のおかしいデュオをそれとなく気にしてくれていたらしいヒイロが振り向く。
怪訝そうな顔をした彼は、手を止めて立ち上がった。そしてそのままデュオのベッドに近づいてくる。
それを、デュオはぼんやりと眺めていた。
先程見惚れていたヒイロの手があがる。
それが自分の顔に伸ばされて、頬に触れた。ヒイロが微かに眉を寄せた。
「だから大人しく寝ていろと…」
間近で顰められる顔すら魅力的だ。
赤くなって熱をもつ顔に彼はデュオがまた発熱したと判断したらしい。そんな間違った判断が意識に届くより前にデュオはうっとりと呟いていた。

「…かわいい」
「……」

無意識に零れ落ちたそんな一言にヒイロが目を瞠った。
頬に添えられていた手が一瞬固まり、デュオをまじまじと眺める。

（だからだめだって。しっかりしろオレ、今なら間に合うオレ、早く撤回しろ！）
（………ああ、でも、やっぱきれーなんだよなぁ…）

意識の片隅で抵抗を続ける理性という名の自分をデュオはついに押しつぶした。
ヒイロの顔が少しだけ近づく。
間近で彼のくちびるがゆっくりと弧を描いた。
そんな魅惑的な光景にデュオの目がうっとりと融ける。
視線の先、目を離せないそれが言葉を紡ぐ。

「なら」
「かわいがってくれ」


猛獣がささやく。







惚けた状態のデュオの肩が押された。
ぱたんとベッドに倒されたデュオの上にヒイロが圧し掛かってくる。
服を剥かれて体を撫で回されたデュオは思わず叫んだ。

「そっち？！！」


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　end．