推定無罪



すぱーん!と勢いよく開いたドアに、その時偶々室内にいた人間の視線が一斉に入口へと向けられた。
そして思った、「なーんだ」と。
そこに居たのは彼らも見慣れた人物だ。
ダイナミックなドアの開け方も彼ならやっておかしくない。大して付き合いがあるわけでもない人間にまでそんなことを思われてしまうくらいには、彼は普段から賑やかな人物だった。
そんなことを思われてるとは考えもしないだろう彼、デュオ・マックスウェルは、険しい表情のままプリベンターの中でもマニアックと名高い情報部の室内をぐるりと見回し、目的の人物を見つけイノシシもかくやという勢いで直進していった。

「ヒイロ、お前なあ!オレを置いていくとはどういう了見だっ」

ずんずん突き進む彼の声は静かな部屋によく響く。
普段ならそんなことはしない(むしろ気遣いと愛想の人だ)彼だが、どうも気が立っているらしい。
既に仕事へ意識が戻りかけていた人々はここで「おや?」と思った。

「……」
「無視かよ!」

デスクの横で立ち止まり、腰に手をあてたデュオは室内で唯一黙々と仕事を続ける相手にむうっと膨れた。

「一緒に寝てるんだから起こしてくれたっていいだろ!」
「必要を感じなかった」
「信用してくれるのはありがたいけどな、昨夜はお前がしつこかったせいでオレ寝不足なんだぞ」
「お前が誘ったんだろう」
「!…そうだけど、最後はオレもう眠いって言ったのにお前が離してくれなかったんだろ」
「俺にもっととせがんだのはどの口だ」

―――ちょっと待ってこれってもしかしてアレな会話?
どうしたって耳に飛び込んでくる内容に室内の人は一様に固まった。機械的に手を動かしながら頭の中では「へーデュオから誘ったんだー(棒読み)」とか「ヒイロさんしつこいんだ…」とか「え、あれ?こいつらホモだったの?」とか取り止めない思考がぐるぐるしている。
て言うか爽やかな朝っぱらからこの部屋の局地的な濃さは一体どうしたことだろう。

「眠いって言ったくらいで怒って無理矢理あんなもん飲ませるし!オレは飲みたくないって言ってんのにさ」
「いつも好んで飲むくせに何を言う」
「お前のって苦いんだよ、濃いし」
「普通だ」
「それに熱いし!」

苦々しい表情で言い募るデュオの話は当初の『朝ヒイロが起こさなくて遅刻しかけたらしい』ことからヒイロへの文句へと移行しつつあった。
聞きたくないのに思わず耳ダンボになってしまう室内は彼ら二人を除いて異様に静まり返っている。
そこで初めてヒイロが手を止めた。

「だがお前も楽しんだだろう?」
「…!」

デュオに顔を向けての、強気の笑み。
物凄く珍しいそれにデュオは一瞬見惚れて、反論しようと口を開きかけたものの結局黙った。頭は真っ白だ。
正直に言おう、デュオはヒイロのこの顔にすこぶる弱いのだ。
頬をほんのり赤く染め、ヒイロからちょっと視線を逸らしてデュオはあーとかうーとか唸った。
それには頓着せずヒイロが言葉を続ける。

「だが、仕事に支障を出しかけたのは俺のミスでもある。次は気をつけよう…以上だ、他にまだ言うことは?」
「……いや、悪い。全部オレの八つ当たりだ。そもそもオレから誘ったんだもんな。お前も今眠いだろ、付き合わせて悪かったな」

先程のヒイロの笑みで始めの勢いと怒りは消えてしまったらしく、デュオは困ったように申し訳なさそうにもごもご呟いた。
目を逸らしたままのデュオをじっと見ていたヒイロは、少し待ってみても視線が交わらないことに溜息を吐いた。

「俺はお前『も』と言ったはずだが」
「……?」

言われた言葉をデュオは考えた。
その意味を悟って、慌ててヒイロを見ると既に彼はデスクに向き直り作業を再開するところだった。
いつも通りの無表情も、何もなかったかのような態度も、どうしようもなく『ヒイロ』だ。話が終わった以上もうこちらを振り向きもしない。
デュオはくすりと笑った。
小さなそれはすぐに満面の笑みに変わる。

「またやろうな!ヒイロ」

頬をほんのり染めて、にこにことろけそうな笑顔で次を約束する彼には、結局最後まで室内の他の人間のこころの絶叫は聞き遂げられることはなかった。



数日後。

「は?オレとヒイロが付き合ってる?ナニソレ」
「違うの?」
「デマに決まってるだろー、そんなアホな話信じたのかよカトル」
「俺はお前が言ったと聞いたが」
「オレぇ?そんなこと言うわけないって」
「俺は貴様らが肉体関係にあると聞いたが、まさか体のみの関係などということは…」
「ちょ、それはホントに信じるなよ五飛!んなワケないない!そもそもホモじゃねえってオレ!!」

その誤解は友人達に留まらず、以後プリベンター本部で当たり前のように語られるようになってしまった自分達の関係についてデュオは長いこと頭を抱えることになったのだった。
発端なんて、彼にはきっと一生わからない。


                                          end.




COMMENT;

10周年企画、12ヶ月連続12日更新のその2です。
11月の誕生石はトパーズ。宝石言葉は「潔白」。

敢えてあやしい書き方をした後でR指定つけるべきかちょっと迷いました(*ノノ)
会話を聞いてた方々は不幸ですが勿論健全なお話ですv
ムキになってやってたのはゲームですよ。
飲まされたのは濃いブラックコーヒーですよ。
一晩の徹夜なんて余裕そうな二人ですが、任務明けとかの事情があったことにして下さい(-w-;
デュオは素でしゃべってます。ヒイロは天然・確信的どっちとも言えますね(笑)


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