女の子という生き物は時に残酷だ。
「ねえデュオ、お願いよ…」
「わかったわかった。渡せばいいんだろ?ただし、後の責任までは持たないからな」
明るく請け負ってウィンクをひとつ。
それだけで彼女はデュオにほっとした顔を見せる。
(…何が悲しくて他の男への仲介させられなきゃなんないのかね)
それもこれもあの朴念仁が悪いのだけれど。
…全く。『いい人』という評価は、時に大損だ。
「おっはよーヒイロ君。今日のお届け物です」
「……」
出勤後席に着いた途端、パサパサと頭上から落とされた手紙にヒイロは眉を潜めた。声の主はヒイロの頭に直撃させて机に落とすという芸当を、持ち前の器用さを無駄に発揮して披露した。
「俺にあたるな」
「なら、オレが仲介しなきゃいけないような状態作るなよ。お前が受け取らないからオレにくるんだぞ」
「お前が断れば済むことだ」
「断れるならそうしてるさ。相手はお前みたいな変人相手に真剣なんだから、ちゃんとお前が返事してやるのが礼儀ってもんだろ」
まあ、オレが間に入ってる時点で礼儀も何もないのかもしれないけどな、と溜息を吐いてデュオは自分の席へ体を向けた。
渡すところまでがデュオの仕事で、それから先は彼が関知することではない。それでも一旦受け取ったものに関してはヒイロが何かしらの返答をしていることは知っている。『受け取って貰えない』ことは確かにある種の返事かもしれない。けれど直接の言葉を貰えなければ終われない想いだってあるのだろう。デュオが請け負うのはそういったものだけだ。
(物好きだよな)
彼は女に現をぬかすようなタイプには全く見えないのだから、見込みは最初から無いに等しいのに。まして、ライバルになるのは世界的に有名なかの外務次官だとこの組織に所属する人間なら分かろうものなのに、それでも彼を真剣に想う人間がいる。
人を見る目はあるのだろうが先を見る目はないのだろう。或いは、わかっていても落ちるのが恋だとも言える。
彼に惚れる人間の気持ちは、わからないわけではないのだ。
欲目無しにいい男だとはデュオだとて思う。
ヒイロは美しい。かつて野生的と評されたそのままに、少年から青年へと順を追って男らしく育っている。端整な色気のある顔立ちは、同じ東洋系でも五飛とは趣の異なるものだ。
あの瞳に特別な存在として映るという想像は、それは魅力的なものだろう、と。理解できないでもない。
生憎自分は男なので想像の範疇は越えないのだけれど。
(でもいい加減、オレ経由にするのも止めて貰わないと困るよな。便利屋になる気もキューピットになる気もないんだし)
自分のデスクに戻り、キーボードに手を乗せてデュオは再び溜息を吐いた。
(あー、気が重い)
そりゃあ上手くいくなら仲介ぐらいするが、断られるとわかっている手紙を運び続けるというのも結構キツいものがあるのだと、デュオの心情を理解し考慮してくれる親切な子はいないのだろう。
(だいたい何でヒイロなんだろうなー。オレのが絶対かっこいいって。お買い得だって。やっぱり誰とでも仲良くなれる特技が災いしてるのかな)
「…オ。デュオ」
(オレ別にそんなに軽いつもりはないんだけどなー。ああ、でもうーちゃんも特にそういう噂は聞かないしヒイロだけか?何あいつ変なフェロモンでも出してんの?)
「デュオ?」
「うわっ!」
考え込んでいたデュオは、肩を叩かれてびっくりして声を上げた。
「珍しいわね、あなたがぼうっとするなんて」
「ああ、まあそういう事もね」
バツの悪い顔をしたデュオにくすくす笑ったサリィは、はい、とディスクを渡した。
「この間言っていたデータよ。ミーティングは明日だからそれまでに目を通してね」
「りょうかーい」
急ぎではないということなのでひとまず引き出しに放り込む。
顔を上げたデュオは、まだサリィが自分の横に立ったままなのに気づいた。他にも用があるのかと思ったが、含み笑いで自分を見る彼女の視線に仕事の話ではなさそうだと悟る。
「…なに?その嫌な笑い。気になるんですけど」
「いえ、ねえ…。部屋に入った時にあなたがヒイロに手紙を渡しているのが見えてね」
「オレからじゃないぜ?」
「それはわかっているわ。…ちょっと、ね」
「?」
「あの子も頑張るわねぇと思ったのよ」
「…は?」
意味がわからんという顔をしたデュオに、含み笑いを継続したままサリィは「きっともうすぐわかるわ」と言った。楽しそうな様子には嫌な予感しかしない。
「これ以上言ったら私がヒイロに怒られちゃうわね。ほら、もう睨んでる」
これからあの子にもデータを渡さなきゃいけないのよ。怒らせたら大変、と肩を竦めた彼女は、最後にこっそりとデュオに耳打ちした。
「あのね。あなたが朴念仁ってことよ」
「…は?」
それはオレに当て嵌まる言葉なのか?むしろあいつなんじゃ、と思って聞き返そうとしたが、サリィはその一言を最後にさっさとヒイロの席へと歩いていってしまった。
後で改めて聞くほどのこととは思えない。
まあいいか、とデュオは今の一幕を気にしないことにした。
「はい。約束のデータよ」
「……」
「あら不機嫌。大丈夫よ、大したことは言ってないわ」
「つまり余計なことを言ったというわけか」
「そうとも言うわね」
にこりと笑った女性が早く受け取りなさいとディスクを突き出したので、溜息を吐きながらヒイロはそれを受け取った。
サリィが意味深に声を潜める。
「…でも、そろそろ限界じゃないかしら。いくらあなたが誘惑して横取りしても、結局振ってしまったら元の相手に戻るんだから。あの子もてるのよ」
「……」
「あの子の人気は男女問わずとは思っていたけれど、あなたを見ていたら意外と本気の子が多かったのね、なんて思ったわ。よく見分けがつくわね?」
「……」
「まあ、あの子相手でもあなた相手でも失恋の初期症状みたいなものだから黙認はするわ。やり過ぎないようにね」
「……」
「あと。女の勘を舐めないようにね?」
あの子はともかく周囲にバレるのは時間の問題、と暗に言って彼女は笑う。苦い顔をしたヒイロを楽しそうに眺めて、サリィはヒイロの手元の手紙に視線を流した。
人を見る目はあるのだろうが、生憎男を見る目がなかったことが気の毒だ。だが騙されたのが事実でも、自分が勝手に心変わりしたのだから手紙の主にヒイロを責める権利はないだろう。
まったく恋とは罪深い。
誰が想像するだろう、この生真面目な青年がこんなアホなことやらかすなんて!
「…あいつが悪い」
「そうね。あの子が可愛すぎるのが悪いのね」
「………………」
黙り込んだ彼は否定しなかった。
将来はエリート街道まっしぐらと目されマニアックな人気を誇る無口無愛想無鉄砲男が、色々と大変な妨害工作をこっそり地道にしていることは。まだ重大な秘密なのだ。
end.
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