彼ほど『任務』に忠実な人間はいないだろう、と誰しもが思う。
動かない表情、幼いと言っても過言ではない体躯に秘められた力、年齢にそぐわない知識、理性。
なまじ顔が整っているのがいけないのかもしれない。
感情を感じさせない冷静さで自分の仕事を黙々とこなしていく彼を人間と思えない瞬間は誰しもが経験している。それは畏怖と同時に憧れを感じさせる不思議な感覚だった。
彼は人間としては不完全なのかもしれなかった。
だが、兵士としては、戦場においては、誰しもがなりたいと思う姿のひとつであることも事実だった。
そんな彼に自分は憧れていたのだろうとトロワは思う。
『コロニーの為に。』
ただそれだけの為に自爆スイッチを押すことを躊躇わない彼の姿に、戦士としてのひとつの完成形を見たのだ。
そして自分にも出来るだろうか、と考えた。
そんな形で死ぬことで自分という存在に意味をもたせたかったのかもしれない。
結果は、言うまでも無い。
(今、こうして生きているのだから。)
そしてそれを後悔していないのだから、結局あの時の自分の選択は誤りだったのだ。
彼のようになりたいと思った。
彼は完璧なのだと思った。
彼のすることに間違いはなく、彼に迷いはない。
実際には任務の失敗だってあったし、些細なものまで含めて探せば間違いなどいくらでもあるのだろうが、それでもヒイロ・ユイという人間はそこにいるだけで周囲にそんな錯覚をおこさせる存在だった。
あれをこそカリスマというのだろう。
彼と共に行動した短くはない期間の中でも、トロワの中でその認識が崩れることはなかった。
それだけではないのだと悟った後でもそれは変わらない。
けれど今は思うのだ。
彼は人間として不完全なのだと。未熟なのだと、そのことの方をより強く。
モニター越しに笑みを浮かべたトロワに、ヒイロは何だと視線で問いかけた。
声を出すことはしない。
ヴァイエイトとメリクリウスのテストは音声も録音されている。不用意な発言は元より、必要以上のデータを与えるつもりはなかった。
「お前を見ていると成程、と思うことがある」
「……」
「『意識は破線、視線は直線』。聞いたことはないか?」
軽く眉を顰めたヒイロは、何も言わなかったがそれでもトロワが何を指しているのかわかったのだろう。
嫌そうな顔でテスト内容へと動作を戻してしまった彼に、トロワは笑みを深めた。
彼がこんなにも「わかりやすい人間」だと思う日が来るとは数ヶ月前には思いもしなかった。
思い出す。
円形の牢獄へと戻されるとき、彼は決まって暗闇に目をならすように瞳を細める。
―――その視線は常に一箇所に向かっている。
突然の光に慣れない目を瞬かせている相手は、きっとその視線に気づくことはないのだろう。そして気づかれないとわかっているからこそヒイロはその時だけ彼を見るのだ。
或いは、相手の意識が落ちているとき。そんな時だけヒイロは彼を見る。
逆に言えば、そんな時だけしか見ることが出来ない。
今こうして向き合っている時には決して見えることのないヒイロの人間的な一面というものは、彼という存在がその場にいるだけで現れてくる。
それはとても不思議なことだ。
貫くようなあの視線に果たしてあのパイロットが気づく日は来るのだろうか?
それはトロワにはわからない。
モニター越しに最初に顔を見たのは大分前のことになるが、実際面と向かって言葉を交わしたのはここに来て初めてだ。しかも潜入中のOZ兵と捕虜のガンダムパイロットの身となればまともな会話など望むべくもない。
現在の印象からすると無鉄砲で威勢のいい少年、というところだが、彼の戦い方やこれまでの行動を考えればそんな評価で収まるはずはない。
あれは恐らく一筋縄でいかない人間だ。
ただ、トロワがどうしても感じてしまうヒイロへの憧れというものが彼には無いのだろうということだけは見てとれた。
彼には違うものが見えている気がする。
そのことを、いつか彼とじっくり話してみたいと思っている。
(…おそらくヒイロには嫌がられるのだろうが。)
だが、その時彼が「嫌がる」のは自分に関することで詮索をされることだろうか。
それとも、自分以外の人間が『彼』に近づくことだろうか。
そんな可能性を考えてしまう時点で自分も早くも毒されているのかもしれない。ヒイロ・ユイという存在は確かにそこに居るだけで周囲に影響を与えるが、これは違うだろう。明らかにもう一人の影響だ。
(結局似た者同士なのかもしれないな。)
コクピットにテスト予定区域まで着いたことを知らせる軽いアラートが鳴った。雑念を払ってモニターに集中する。
このテストが終わったら、彼をあの監獄へ戻す作業が残っている。
きっとその時、彼はまたあの瞳で彼を見るのだろう。
気づかれない限り、ずっと。
end.
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