愛しさはあめのよう。



霧のように降る雨は雪に似ている。
濃厚な水の気配は重く圧し掛かり、周囲の音を消し去り、声を出すのも億劫な気持ちにさせる。
傘を差しているものの手応えのないそれが役に立っているのかはよくわからない。時間の経過と共に衣服が湿っていく気がするのは、果たして雨粒が触れているのか湿度のせいか。
ほの明るい空は雨とも天気雨とも違うものだった。
だから、そう。こんな雨は雪に似ている。
しんしんと、静かに降りしきる雪の日の空に。

「いる?」

隣を歩く男から、静けさを破るような軽快な声がかかった。
陰鬱な空気などまるで感じていないかのような彼は、鮮やかな青い傘を肩に引っ掛け弾む足取りで歩いていた。
鼻歌まじりの歩みがそのご機嫌具合を周囲に振りまく。
誰もが俯いて歩くこの陽気に酔狂なことだ、と思ったが口にはしなかった。彼の感性が理解し難いものなのはいつものことだ。
差し出された缶を無言で拒否したヒイロに、デュオはやれやれと肩を竦めた。
「結構美味いんだけどなー」
「必要ない」
膨らんだ彼の頬には件の缶の中身が詰まっている。
先程同僚の一人に実家の土産だと貰ったものだ。エスプレッソのキャンディだから甘いの苦手でもいけるぞ、と言われたがそもそもヒイロには飴を舐める習慣がない。だから他人の厚意を有難く受け取る主義のデュオが彼の分も一手に引き受けるはめになった。
コロコロと口の中でキャンディを転がしながら彼は歩く。
「だいだいこんなのさ、必要で舐めるもんじゃないだろ。糖分やカロリー摂取を目的にするには少なすぎる、味だって砂糖みたいなもんだ。無くてもいいけどあると嬉しい。こういう暇なときとか、休憩中とか、あと口寂しいときとか」
「なんだ。口寂しかったのか」
ひょい、と傘の中へ距離を詰められてデュオはぎょっとした。
「え、いや…だから、例えばの話であって」
「お前が嫌ならしない」
変わらない口調で言われて、デュオは赤くなった顔を歪めた。
「お前、それはずるいだろ」
「そうだな」
間近で小さく笑う彼に「この野郎」と毒づいた。
吸い込まれるような宇宙色の双眸に見つめられて、その瞳にいつもと違う色を見つけてしまえば。もう逆らえる筈もない。
溜息を吐くデュオから正しく諦めと妥協を読み取ったヒイロが距離を詰めるのを、目を閉じる寸前に確認した。


「悪くない」
「そりゃ良かったな!」
意趣返しに口の中に突っ込んでやったキャンディを舐めながら歩くヒイロに、デュオはまだ赤味の引かない顔のまま怒鳴った。
新しいものは取り出さない。なんだかもう舐める気が失せてしまった。
「だが俺には必要ないものだ」
「お前まだそーいう…」
「お前がいれば十分だ」
「……。お前ってさ…」
嘆かわしい、と肩を竦め頭を振ったデュオは、その動きで赤くなりそうな顔をごまかした。何てこと言うんだこいつは。何てこと言うんだ!
先程まで舐めていたキャンディの苦味のある後味が意識に昇る。甘くて苦くて、癖になりそうな。そしてその記憶は上書きされた別のものとセットで引き出されてくれる。
(…そんなもんにまで嫉妬すんなよ)
憂鬱な雨に、通りに人の姿がないことだけが救いだ。


ほの明るい空の下、雪のように、雨のように降り積もる。
苦くて甘くて癖になりそう。

この愛しさはまるで、あめのよう。


                                          end.




COMMENT;

12日連続更新8日目です。
連続更新がほとんどfairytaleで埋まってるので、8日目にして3種類目というなんとも不思議な状態です。

実は書き始めた当初はタイトル「dolce(ドルチェ)」、キャンディはビターキャラメルでしたが、イタリア土産で頂いたエスプレッソキャンディがツボに入って急遽オチごと方向転換しました。
イタリア男を目指してヒイロは口説きタイプです(笑)
私は基本的に片想いやくっつく寸前が好きなので、こういう出来上がったイチニを書いたら(比較的)珍しいのではないかと12日更新用に書いてみました(・w・)


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