金目のものでも盗んでやろうと忍び込んだ先に、『それ』はあった。
「ん…何だろう。感情の波形に似てるけど…」
表示された画面に指を滑らす。
手袋に包まれた小さなそれは、刻々と変化する数値を慎重に辿っていた。
名前なんて確認してない。忍び込んだどこかの系列会社の研究室、隠し部屋にそれはあった。
大型のコンピューターが一台。
ただ、それだけ。
青いディスプレイには白い文字が無機質に流れ続けている。
やばいことには関わらない。それは少年が生き残る上での信条だったにも関わらず、彼は何故か引き寄せられるようにこの場に立っていた。
無警戒に踏み込んだのに、警備システムは作動しなかった。
後から考えればそれも不思議なことだった。
「生き物…?」
これから生まれてくるのだろうか。
…『造られて』。
それは幸せなことかもしれない。
これは、「望まれて」この世に生まれるのだ。
幸せの定義など、それぞれなのだけれど少しだけ羨ましいと思った。
不幸だと思ったことはないけれど、幸せだと思ったこともなかった。造られてまで生まれてくるのなら、この命は幸せであればいいと思考の片隅でちらりと思った。自分には関係のないことだけど。
(だって、勝手に生まれさせられた挙句辛かったらなんの為に生まれるのかわからない)
移り変わる画面にゆっくりと指を辿らせる。
表示される数字の羅列はデュオの理解を越えていたが、彼はその画面から目を離せなかった。
次第に前のめりになった彼のシャツが揺れる。
ズボンに入れておらず、羽織っただけの体に大きすぎるそれが布が擦れる特有の音をたてた。
「!」
弾かれるように彼は我に返った。
(やばい。こんなところにいるのがバレたら)
画面から指を離し、慌てて身を翻す。
金目のものすらないこの場に長居する理由はない。むしろ隠された秘密を見た自分が消されるかもしれない危険の方が上だ。急がなくては。
それでも、入口のところで彼は振り返った。理由はわからない。
「またな」
何も考えなくても言葉は口から滑り落ちていた。
そのまま二度と振り返ることなく走り出した彼は、走りながら思った。
(データに『会う』ってのも変な感じか)
くすりと笑う。
「でも、そんな気がする!」
思えばそもそもあんな場所に入れたことがおかしいのだ。
見つかることなく時間を過ごしたことも、わけのわからないデータに惹かれたのも全ておかしい。だったら、自分のおかしな発言くらい今更だ。
誰にも気づかれることなく外へ抜け、危なそうだからと河岸も移した彼はやがてそのことをきれいに忘れた。
やがて、計らずも彼の言葉は予言となる。
「この場合どう見たってお前が悪者だろ?」
青い画面越しに向き合った『二人』は、青い惑星で再び出会う。
どちらも、何も覚えていない。
それでも。
導いた、導かれた、絡めた縁は消えることなく繋がり続けるのだ。
end.
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