学校へ行こう!:H (下らない) (下らない) (下らない) 不定期に蘇る声を今もまた否定して、ヒイロは足早に自室への道を急いだ。 関係ないのだと否定しても蘇るそのこと自体が苛立たしい。苦い思いを胸に抱いたままヒイロは後にしてきた場所を、今もそこにいるのであろう彼のことを思う。 お誂え向きにベンチまで設置された海辺の裏庭はかの要塞を監視するのにもってこいの場所だった。 そこならば何か動きがあればすぐに解かる。 だからこそ調査に費やす時間以外はヒイロは不審を抱かれない程度にあそこにいることが多かった。それは同じ場所を狙う男も同じだったようで、言葉もなく同じ場所に二人で居るはめになる。そのせいで周囲に『仲が良い』などと思われていることも彼にはまた不快だった。 早足だったので寮へ辿り着いたのはすぐだった。 けれど入口に足を踏み入れようとして、彼はさりげなく道を逸れた。彼が建物の角を曲がったところで内から人が出てきた。 二人の男子生徒はヒイロに全く気づくことなく、会話を続けながら建物から出てきた。 昼休みの終わりとはいえ、校舎とは距離がある。 おそらくはサボタージュだろう。 例え羊のように飼い慣らされた子女の集まる学校でも、どこにも毛色の違う人間はいるものだ。 関わり合いになるのも面倒だったので静かに彼らが立ち去るのを待ったヒイロだったが、その耳にふいによく知った名前が飛び込んで来た。 「そういえばデュオの奴さ、四限から見てないな」 「どうせさぼりだろー?」 「まあ、俺らも人のこと言えないけどな」 「まーな。でもあいつ勇気あるよな、数学はうるさいので有名なのに」 「……」 「なんだよその意味深な沈黙」 「あー、そういえばあいつ数学の先公にめちゃくちゃ気に入られてんだよなーって思い出しただけ」 「へえ?あの爺さんが?珍しい」 「そうそう。資料整理の手伝いとかさせられてたぜ」 「そういえば俺も物理のゲイツばーさんがあいつの頭撫でてんのみたかも」 「…爺婆キラー?」 「かもなぁ」 げらげら笑う二人の声と姿がだんだん遠ざかっていく。 向かう先は校舎だ。サボリは五限だけで、六限は授業に戻るのだろう。育ちの良い家の不真面目な生徒などその程度でしかない。 生粋の獣であるヒイロやデュオが、本当はそこで周囲に紛れ込めるはずもない。 羊の群の中に狼が二頭いるようなものだ。 なのに。 ───目立っていないなどと、どの口が言うのか。 それなのに彼は訳知り顔でヒイロに説教を垂れるのだ。 自分より能力の劣る、あんな男に諭される謂れなどヒイロには無い。 あの自覚のない馬鹿のせいで自分の集中を乱されることが腹立たしかった。 『お前は間違ってるよ』 声は、不定期に蘇る。 『オレ達は死ぬ覚悟でこの星に降りてきた。でもお前はちょっとした失敗だけで死のうとする』 静かに言葉を発することで、初めて本当の彼の声を聞いたような気がした。 深く甘い響きを持つ、低い音。 『覚悟と死ぬ気は違う。それじゃ、まるで任務が成功しないって前提になってるみたいだ』 ヒイロは彼の人を見透かすようなあの瞳が嫌いだった。 明らかに自分より劣る、詰めの甘い、自らの腕を過信したエージェント。 半端に身につけた力で自分の邪魔をしないことだけを願っていた。 『お前は死にたいのかな。そうかもな、お前は殺しちゃいけない相手をその手にかけた。お前がやらなかったらオレがやってたからそれを責めるつもりはない。でも、実際に殺したのはお前で、オレには今のお前の気持ちを理解することは出来ない。したいと言うつもりも、ない』 なのに、彼の言葉はヒイロの胸奥に響く。 彼などどうでもいいと思っていたはずなのに、今此処に存在するのは自分と敵のみ、そして必要なのは敵を排除するための指令だけなのに、そこに割り入るように染み込んでくる。 『それでも。お前は、間違ってるよ』 自室のドアを開けると、そこには馴染んだ静謐があった。 何者にも乱されることのない己の領域に戻ったことで小さく息を吐く。 (…何でここに来たんだ) ここに。この学校に。 都合がいいと彼は言った。 一緒の学校になったのは偶々だとも。 それは嘘だろう。 彼はヒイロが死ぬのではないかと危惧したのかもしれない。あるいは責任を感じて無茶をすると。 馬鹿な男だ。 確かにヒイロはミスを侵した。 任務失敗は償わなければならない。だからまだ死ぬわけにはいかない。 だから彼の危惧など余計なお世話なのだ。 なのに、無自覚な馬鹿は、ヒイロの行動が目立つのだとことあるごとに口にする。お節介を焼き、傍に付き合い、彼のこころに進入してこようとする。 馬鹿な男だ。自分だって任務があるのだろうに。 命を賭けているのは、ヒイロだけではないのだ。 (一体、どの口で…) 目立つ目立つといわれる自分より、余程彼が目立っていることをヒイロは知っている。 そう、ヒイロは知っている。少し見る目がある者ならすぐに気づく。 お調子者を装う転校生が、何気ない瞬間に見せるうつくしさを。それは女性的という意味ではない。人なら誰しも目を奪われる、そんな、地球が、自然が持つ、敵わないと思わせる美だ。 彼の内面が。誰にも折れない不屈の意思がきっとそうさせている。 「…あいつは目立ちすぎる」 誰もいない部屋で、後にしてきた海辺を透かすように瞳を細めた彼は呟いた。 そう。『誰しも目を奪われる』。 その例外になれない自分に、苛立ちを感じたまま彼は手に持っていた荷物を乱暴に投げ出した。 end. |
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10周年企画、12ヶ月連続12日更新のその7です。 |