◆いすヾTXG50改 普通化学消防ポンプ車



昭和50年1月6日
稲毛公園での出初式の中央消防署化学分隊
いすヾTXG50改 普通化学消防ポンプ車




昭和40年12月に吾妻町(現、中央区中央4丁目)の千葉市消防署本署(後の中央消防署本署)に千葉市消防署本署化学分隊として新規購入の普通化学消防ポンプ自動車が千葉県で初めての危険物/化学火災対応消防車両としてお目見えしました。 千葉消防ナンバーリングはC18(ちば18号)とつけられました。 ナンバープレートは「53」でした。




車両はいすヾTXG50改で(TXシリーズ最終型のSr.6)、化学車の基準としてはV型に分類されました。 その普通化学車としての装備は、A2級ポンプ、1.3立方メートル積載水タンク、1.2立方メートル泡消火剤タンク、圧送自動比例混合方式装置とボディー上部に800型泡放射銃(レバー手動式ターレットノズル)、ブースターホースリールとハンドノズル、自衛噴霧ノズル装置を装備していました。




もちろん化学車としての能力の他にA2級ポンプと1.3立方メートル積載水タンクを備えた水槽付ポンプ車として「速消車」として使えるポテンシャルも兼ね備えていて、そのために、車両最後部の最下部(放水員隊員席の下)には古いホースカーの形式の箪笥の引き出し状の箱輅車(はこらくしゃ)が文字通り引き出し式に装備されていました。 千葉消防ではこのタイプの箪笥の引き出し型箱輅車装備はこの車両が一番最後になりました。




◆いすゞSPG650改 耐爆装甲化学車



産業の高度化にともなって普通化学消防ポンプ自動車レベルでは対処できない事態が想定されるようになってきて、各種新型/高性能化学車が登場してきました。 危険物火災消防の華、耐爆装甲化学車(CA)は千葉県では市原消防が昭和47年に一番最初に導入して、千葉消防はそれに次いで昭和49年4月に千葉県で2台目の導入になりました。




市原消防の導入した耐爆装甲化学車はいわゆる「川崎型」でいかにも重機クレーン車然とした角張った武骨な重厚なフォルムでした。 千葉消防の耐爆装甲化学車C19(ちば19号)は、いすゞSPG650改でフォルム的にはデコボコが減ってかなりすっきり洗練された容姿になっています。




堺市高石市消防組合高石消防署高師浜出張所の耐爆装甲化学車と千葉消防の耐爆装甲化学車は同型車両ではないかとのご質問をよくいただきましたが、堺・高石消防の車両はいすゞシャーシーではなく昭和54年製の三菱ふそうK−FT102NC改になります。ただ、フォルムも配置も細かい点を除いては実によく似ていることも確かですのでシャーシーメーカー違いの準同型といっても良いのかもしれません。 もっとも、少し遅れて石油精製所や石油コンビナートで民間企業さんが購入した耐爆装甲化学車はこの三菱ふそうシャーシー型が圧倒的に多いようです。




自治体消防の導入した耐爆装甲化学車はその後更新されないで、性能的に非耐爆、非装甲にトーンダウンした大型化学車/重化学車に置き換えられたケースが多いようです。 千葉消防でも結局、耐爆装甲の更新はされず平成6年3月に日野の8tシャーシーの大型化学車に置き換わってしまいました。更新の必要性を再認識させるような耐爆装甲化学車の真価が本格的に発揮される大規模爆発危険災害に遭遇せずに終わったことは幸いであったとも言えます。 なお、東消庁、堺・高石では装甲板が薄くなったり窓ガラス保護のスリット入り鋼板覆いがなくなった軽快な空港用クラッシュガードに近い車両に替わっています




◆三菱FK115改 ドライケミカル化学車



ドライケミカル化学車(CD)も千葉消防が千葉県で初めて昭和55年12月に導入しました。 DC化学車は化学車の中でも極めて特殊な化学車で、1立方メートルの大きな球形粉末容器そのものに車輪4つとハンドルをつけたような、いわば、走る大型消火器とでも言える極めて特殊な消防車両でした。 千葉消防での昭和53年10月の高浜出張所配備に次ぐ、臨港消防署本署への2セット目の化学3点セットの導入(高所放水車仕様のLSとSO。これに既購入済みのCAを組み合わせて3点。)と同時に購入されたのであるいは石油施設立地交付金の絡みがあるのかもしれません。 石油火災のみならずガス火災、電気火災、アルコール火災等の特殊火災に対処できました。 適応火災A、B、Cのいずれも有効な燐酸塩類等を主成分にした第3種粉末薬剤を積載していたと思われます。




この車両は最初、中央消防署本署に配備されました。 その際には運転席屋根の隊名表示灯に「臨港消防署」と書かれていてしばらくそのままで中央消防署本署で稼動していましたので、最初は臨港消防署本署、あるいは高浜出張所で使う予定だったようです。 平成2年1月に臨港消防署高浜出張所に移動してCC・高所放水車仕様のLS・SOの化学3点セットと並んで別棟車庫に格納されていました。 その後、平成5年4月に美浜消防署打瀬出張所が新規開設されるとそちらに移動して平成13年3月に引退しました。 結局、耐爆化学装甲車と同じく車両更新はされず大型化学車に置き換えられてしまいました。




◆いすヾTXD改 高発泡車



千葉県で一番最初に導入された千葉消防の高発泡車(CX)は(高発泡車も化学車C属ファミリーの一員です。)昭和48年3月に南消防署本署に新規配属されました。 いすゞTXDロングノーズボンネットの最終型Sr.6。低床シャーシーのダブルキャブで窓もドアもないいわゆる飛び乗り型のシートでした。 千葉消防ナンバーリングはC59(ちば59号)とつけられました。 ナンバープレートは「1526」でした。 後部ボディーは非常に大きな箱型で、ちょっと見ると救助工作車と見間違うようなスタイルでした。




ボディー後面にはホースカーと同様な積載方法で可搬型エンジン動力式高発泡機が積まれていました。 その奥は観音開きのドアになっていて可搬型高発泡機を降ろしてからその扉を開いて本体車体積載高発泡機につながった太い直径の発泡チューブを引っ張り出す構造になっていました。 ボディーの側面には救助工作車と同じように観音開きの扉が付けれられていて予備の発泡チューブや分岐チューブが入れられていました。 さらにはボディーの収納スペースに収まりきれない予備発泡チューブが後部隊員席の右側にも積まれていました。





その後昭和48年6月に一時期、南消防署本署を離れて真砂の局本部の警防課直轄特別救助隊に配属されましたが(試験的に梯子救助車、救助工作車、高発泡車の3台ワンセットの横浜消防の特別消防隊にならってみたのかもしれません。)翌年4月に再度南消防署本署に再び戻ってきて、昭和50年1月の京成ストアー第4次建物火災ではエポックメーキングな大きな活躍を見せました。




その後北消防署畑出張所に移動して、昭和53年4月には畑出張所から臨港消防署本署に移動しました。 なお臨港の高発泡車C59は平成2年1月に新規の高発泡排煙車に更新されて現在に至っています。




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