──いつから、こうなってしまったのか
ふたつの光はぶつかっている。
望みは、ひとつで同じ筈なのに。
ただ流れる涙。
それをお互いに隠してしまうから、尚更反発する。
ぶつかった光は、そのまま、すれ違った。
光は速く、真っ直ぐに進む。
遠い距離だけが、ココロに残っている。
海色の檻で交差する光
「──綺麗だね・・・」
その姿を見ながら、微笑を崩さずに独り言を言った。
髪を掴んで唇を重ねる。
抵抗はされない。
拘束していた布は外してしまった。
けれど、残る確信。
──どうして、こうなってしまったのか
部屋には、小さな窓があるだけだった。
外の世界とは、完全ではないが遮断された小さな空間。
太公望は奥の寝台に座らされている。
身体の自由はきかなかった。
両手は後ろ手に縛られている。
身につけているものは、極簡素な寝間着。
普賢真人はそれを眺めていた。
椅子の背を抱え込むようにして、見下ろしている。
口元には、いつもの微笑み。
「──望ちゃんてさ・・・」
不意に、けれどのんびりと、昔話でもするかのように語り出す。
「いつでも、みんなのため、だよね」
さっきまでは、何気ない話の筈だった。
「それでいいの?」
椅子に座った太公望は、何も言わない。
「でもね、僕は望ちゃんを解放したい訳じゃないんだ」
座りながら、俯いて、静かに流れる言葉を聞いている。
「そんな事をしても、望ちゃんは怒るだけだし」
普賢真人は、それを見下ろしている。
「今に100%じゃないけど満足してるでしょ、きっと」
そして、優しい微笑み。
崩れることのない、いつもの表情だ。
「だから嫌い」
顔を、上げることが出来なくなった。
「本当はね、どうでもいいんだ」
柔らかいはずの声には威圧感があった。
「望ちゃんがやりたいなら、望むままに動けばいい」
胸が苦しい。
「でも今は、僕を見て」
──嫌いだとその口で告げて、けれどこのカラダを残酷に愛している
「──何故縛る必要がある・・・?」
自分が特別な存在である事には気付いていた。
「勿論・・・」
それが、とても嬉しくて。
「望ちゃんが、逃げられないようにするためだよ」
でも、これは嫌だ。
「引き止めておきたいんだ」
さやかな反抗。
「嫌だと言ったら?」
気付いて、しまったから。
「──・・・何か言った?」
頭の悪い女のような、自分の考えに。
「・・・・・・別に」
今でも十分、親しい関係だけど。
「そう」
──本当はもっと、メンタルな部分で繋がりたいと考えている
「──ねぇ、痛い?」
人のココロなんて、すぐに変わってしまうのに。
「手首とか・・・」
それは、欲が伴えば尚更。
「・・・・・・別に」
けれど、憧れるものがあった。
「そっか・・・」
親友とか、仲間とか。
「よかった」
──引き止めておきたいのは、自分なのかもしれない
「──とっておけたらいいのにね」
拘束された身体は、痛みを訴えはじめていた。
「そう思わない?」
けれど、それは少し。
「・・・?」
手首は故意に緩く結ばれていた。
「例えば、この気持ちとか」
理解の出来ない言葉。
「例えば、今のココロとか」
理解の出来ない気持ち。
「きっと、残らないものだけど」
これだけは、同じ考えだ。
「ココロだけは、残したいなあ・・・」
──でも、嫌な振りと拒絶の真似事を繰り返す
「──痛いの、嫌いでしょ?」
痛いのは嫌だ。
「僕も嫌い」
傷つくのも同じくらい嫌だ。
「ねぇ、これ、とってあげるよ」
手首を緩く戒める布。
「・・・嬉しいでしょ?」
微笑みは崩れない。
「『望ちゃんの大好きな事』、してあげるよ・・・・・・」
──彼は、カラダとココロと・・・全てを欲しがる
「──綺麗だね・・・」
椅子から下り、赤い髪を掴んで唇を重ねた。
「んっ・・・・・・」
徐々に角度を下げ、体重をかけて寝台に押し倒す。
熱い舌が太公望の舌を捕らえ、絡み付いた。
「・・・んっ・・・・・・・・・んふっ・・・・・・」
抗うことさえ出来ないから、ただ、酔ってしまう。
その間に、普賢真人は素早く衣服を剥ぎ取ってしまった。
「──ねぇ・・・・・・」
唇が離れる。
太公望は、両手に寝間着がまとわりつくだけの姿になっていた。
耳に流し込まれる、甘い囁き。
「どうして欲しい?」
言いながら、細い指は白い肌を滑っていく。
片手は髪を掴んだまま。
それは首筋を撫で、鎖骨の窪みで遊んだ後、薄桃の小さな突起に辿り着く。
──自分は、何を求めているのだろう?
「──・・・おぬしの・・・・・・望む・・・まま・・・・・・に・・・・・・」
譫言のように呟いた。
「そう」
不意に、薄桃のそこを弾く。
びくっと身体が跳ねた。
「いいんだ・・・ね?」
更に指を動かして。
今度は、両方を責めてやる。
「ん・・・・・・あっ・・・」
微妙にずらされる指使いに、肌が薄く染まってくる。
洩れる声を押さえようと、唇を噛み締めた。
「くっ・・・・・・ふ・・・んぁ・・・」
その姿を満足そうに眺めて。
細く冷たい指は、執拗にそこを弄った。
「あ・・・っ、はぁ・・・・・・ん・・・」
声を、押さえることが出来なくなってしまう。
「可愛い・・・」
微笑みを伴った呟きが洩れた。
片方の手が下肢に伸びる。
「う・・・ん・・・やっ」
それと同時に、唇を塞いだ。
「・・・やぁ・・・やめっ・・・ああっ・・・」
根元から形をなぞった指は、それだけで離れた。
「・・・え・・・・・・」
細い指は先走りに濡れている。
「嫌なの?」
それを、舌で舐めとりながら。
「これが僕の望みだよ」
光は交差する。
「だから、望ちゃんの望み」
距離が広がってしまう。
「それなのに、拒絶するの?」
氷のような微笑。
「これ・・・は・・・・・・、いや・・・」
ココロは光速で離れていく。
「そう」
カラダは檻に閉じ込められている。
「望ちゃん、前に言ってたよね?」
不意に、白い喉に噛み付いた。
「・・・あ・・・っ・・・」
掠れた声が零れ落ちる。
「好きだよ・・・って」
それは、以前あった同じ状況。
「大好きだから側にいてね・・・って」
耳元で囁いた。
「これは、望ちゃんの好きな僕の望み」
その声は、蕩けるように甘く。
「残酷だね」
そして、苦く。
「声をあげて感じてたのに」
光は、急速に輝きをなくす。
「セックスが嫌で、キスも嫌なんだ?」
「それで、僕の気持ちはどうなるの?」
──何が善で、何が悪なのか
「──今の僕も嫌?」
服の裾から、小刀を取り出した。
「な・・・っ」
赤い舌が刃をなぞる。
「僕は望ちゃんが欲しいんだよ」
濡れた小刀は首筋に当てられた。
「ココロも、カラダも」
喉元にある冷たい感覚。
「でもね」
そのまま深く入れれば、命は無くなるだろう。
「全部僕のものにならないのなら──」
俯いて、目を瞑った。
「いらない」
金属の冷たさは、死の暗さを示唆している。
「──・・・・・・っ」
見えない顔は、きっと微笑んでいだろう。
「望ちゃん、命は、大切にしなきゃ駄目だよ・・・」
優しい声のすぐ後に、蔑むような声が響いた。
「命乞いとか、しないの?」
──理由も無く、ただ痛かった
「・・・おぬしが、殺したい・・・なら・・・」
必死に、掻き消されそうな、言葉を紡ぐ。
「わしは・・・それで、かまわぬ・・・・・・」
──忘れられてしまうような、脆い関係は嫌だ
殺したいのなら殺せばいい。
彼のココロに残ることもできなかった。
それは、存在を忘れられているのと同義。
「──そっか・・・」
ぎゅっと、覚悟を決めて目を瞑った。
けれど痛みは来ない。
「僕はね、いつだって死ねるんだ」
その言葉に思わず目を開けた。
「・・・!?」
小刀は手首に移動している──普賢真人の。
「何・・・を・・・!」
それは、ゆっくりと振り下ろされた。
「やめろ・・・っ!!」
腕に寝間着が絡まって、伸ばすことができない。
止められない。
「本当は側にいたいけど」
銀色の刃が、手首の皮膚に潜った。
「拒絶されるなら、いない方がましだからね」
音も無く飛ぶ、赤い飛沫。
「だから」
焼けるような痛みがあるはずなのに、微笑んでいる。
「僕が離れるんだ」
血は、止まることなく流れる。
「これ以上、自分が傷つかないために」
──そして君を傷つけないために
「さようなら」
──この関係は脆いのか?
「──望ちゃん・・・?」
床に、ぽたりと染みができた。
赤くはない。
視界がぼやけて、それが何なのか分からない。
「──泣いてるの?」
雫が、頬を伝い落ちていく。
「・・・っ・・・く・・・っ・・・・・・」
震える手には、血色の小刀。
「ごめんね・・・」
さっきまでは泣くことなんて忘れていたのに。
「心配しないで」
物凄く痛かった。
「もうすぐ望ちゃんはもどれるから」
そんな事はどうでもいい。
「だって、仕事が在るもの」
そんな物はどうでもいい。
「それにもうすぐ血もなくなる・・・」
どうして微笑んで、そう言える?
「でも、お願い」
顔を上げさせられた。
視界に割り込む穏やかな笑顔。
「もう少しだけ、ここにいて」
それなのに、見たことの無い顔をしている。
「ずっと僕だけを、その眼に映させて」
「それが、今の望みだよ」
──簡単に壊れてしまうものがある
「・・・痛いのは、嫌いか?」
──永遠に繋がっているものがある
「え・・・?」
そっと、血色の腕を掴まれた。
布の裂ける音がして、腕を縛られる。
「──望・・・ちゃん・・・?」
その布は、寝間着のもの。
何故こうなるまで言えなかったのだろう。
失うことばかり、考えていた。
「いいから」
まだ掴んでいる腕に顔を近づけた。
「怪我人は黙っておれ」
赤い傷口に、そっと舌を這わせる。
「・・・ん・・・っ」
ぴちゃぴちゃと音を立てて、乾きかけた血を舐めとった。
「・・・・・・ぅんっ・・・」
出血は既に止まっている。
「もういいよ、望ちゃん・・・」
制する言葉に、そっと顔を上げて。
「すまぬ・・・」
小さく、謝った。
「だから・・・もう」
止めた筈の涙が溢れる。
「自分を、傷つけるのは・・・・・・」
何故ヒトを殺してはいけないのか。
その問いに、「悲しむヒトがいるから」と答える人がいる。
──どうして信じることができなかったのだろう
望みは同じだった。
すれ違うのは、お互いを信じなかったから。
傷つけてしまうのは、お互いに偽っていたから。
ただ、好きなのに。
──捜していた真理は、驚くほど月並みな言葉で括ることができる
ふと、目が合った。
どちらともなく顔を寄せ、唇を重ねる。
「ん・・・っ」
けれどそれは深くはならない。
ふざけあうような、軽く触れるだけのキスを与えられる。
「・・・ん・・・もっ・・・と・・・・・・っ」
無意識のうちに言葉が洩れた。
それでも深くならない口付け。
太公望は、普賢真人の唇に噛み付いた。
「・・・つっ!」
僅かな痛みに、普賢真人は顔を顰める。
「ふふっ、せっかちだね」
からかうように言われて、かあ・・・っと全身が熱くなる。
「大丈夫だよ」
これ以上泣かせたら堪らないと、優しく語り掛ける。
「ねぇ、望ちゃん・・・」
「大好きだよ」
──言葉では、とても薄っぺらだけど。
でも今なら、それは嘘じゃない気がするんだ。
──ふたつの光は交差している
ふたつの光。
本当は、背中合わせ。
一番気付かない場所。
一番安心できる距離。
──交差した光は、例え届かない距離でも『貴方』を捜している
−END−
あとがき
『月まで飛んで』ホモ増強キャンペーン(笑)用の普太です。
分かり辛い上、不条理な文でごめんなさい
やや鬼畜なつもりだったので、血ネタも使用してみました。
なのにハッピーエンド気味とゆう妙なノリ、どうしましょう・・・(爆)
本当はもっとダークで、救われない話だったのに・・・。
折角のキャンペーンなのに、失礼しましたっ(逃げ)
忍でした。
草子の感想
普賢さんのセリフと、その想いの描写が、両方あわさって、何だか読んでるこっちまで
痛い気持ちになりました。
嘘をついてるわけじゃない。想いの表面をかすめるようなその言葉がとてもとても
・・・哀しいというか何というか。好きです。
ダークっすねえ(笑)
この普賢さん。
ダークでめちゃ素敵(笑)
ただなすがままになってるだけじゃない太公望もまた凄く良いです。
さすが忍さん、と溜め息がこぼれるような、その文章に酔いました。
二人の関係と、終りあたりがすごくせつないんです。とても。
こんなにまでキレイで痛くて哀しくてそしてやさしくて柔らかい
お話をどうもありがとうございました!
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