『転生』

 








夢だと思っていたの。
大好きな貴方が、現実にあらわれてくれるなんて。
無理だって、思ってはいたけど、それでも。
どこかでずっと、望んでいた私がいた。
毎晩夢に出てくる貴方を、忘れることなんて、できるわけがなかった。


”殷氏”


物心ついた時にはもう、夢に出てきていたから。
甘い声。貴方の声を聞くだけで、幸せだった。
でも、一向に貴方は現実には出てこない。待って、いたのに。
夢の中でずっと呼んでくれていたのに、霞んではっきりとは顔が見えなくて。
貴方が必死で呼んでくれているのは痛い程わかっていたけれど、夢の中でさえ、私に触れることはなかった。
待っていることがもどかしくて、涙を流したことだって少なくない。
私が成人すると同時に、貴方の夢を見ることができなくなった。
私の名を呼んでくれるだけで、触れられなくても、顔をはっきりと見つめることができなくても、それだけで、そのもどかしささえ、愛おしくみえたのに。
もう、貴方に会えない。



忘れたつもりだった。
心の奥に、潜んでいたのは分かっていたことだけど、私はそれでも幸せだったから。







愛してくれる人がいたの。
貴方のことをいうつもりはなかった。言ってもしょうがないことだし。
人並みの幸福に、ずっと浸っていたのよ。
・・・あの時までは。
お腹にその人の子供が宿った時から、あなたはまた私の夢にあらわれた。
その後の事は、貴方も覚えているでしょう?

「私は、ずっと貴女を見ていたんだけどね。」

「貴方は、私をただ見ていただけ。そうでしょう?」

「・・・語るだけの勇気を持ち合わせていなかったもので。」

「それが、貴方の敗因かしら。」

「さて。私はまだ、引くつもりはないのだけれど。」

「貴方がなんと思おうと、貴方の自由。だから、私がなんと思おうと、・・・・私の自由。」

「そう。だからこそ、こうやってわざわざ来たんじゃないか。」

「・・・・・あなたは、何を望んでいるの?」

「・・・君を、手に入れることを。」

「だったら!・・・なぜ・・。あなたは夢の中に出てくるだけで、何も、なにもっ・・・。」

「仙人界の者はね、なにがあっても規則を破っちゃいけないんだ。特に、私はもう、その時から十二仙という幹部の役職についていたから。」

「・・・・?」

「いろいろ、今日は話をしたくてね、君のところまで来てしまった。今、ナタクも李靖も太公望の所に往っているから。頃合かと思ったんだけど・・。・・・すまなかったね。」

「構わないわ。」

殷氏は太乙に椅子に座るよう促し、お茶をいれはじめた。
太乙はその様子を見ながら言葉を選んで、ぽつりぽつりと語りはじめた。

「実はね、本当は君には仙人骨があったんだ。・・知らなかっただろうけど。」

「・・・本当に?」

「うん。でも、君は気付かなかっただろう?僕がその力を抑えていたんだよ。君には、きっと、必要のない力だったろうから。」

「・・・どうして?」

「君に、仙人界の者になんて、なってほしくなかったんだ。」

「おかしなことを言うのね、貴方は。もし私が仙人になっていたら、ずっと貴方のそばにいられたのに。」

「・・・元々、君を見かけたのは、偶然だった。でも、仙人界の規則を破ることはできなかったんだよ、どうしても。」

紡がれはじめた言葉は、過去へ過去へと遡っていく。

「たまたま、人間界を見に、遊びに来ていたんだ。その時に、君をみつけた。・・・驚いたよ。私も仙人になってかなり経つけれど、なんたって初恋だったんだから。胸の動悸なんかが激しくなって、一体自分はどうしたんだろうって調べまくっていたよ。」

殷氏は、なにも言わない。
ただ、黙って聞いているだけ。
太乙が言いたいのは、きっとこんなことじゃないから。
焦って、遠回りをしているだけ。
だから、じっと待つ。

「さっき、いったよね、仙人界の規則を破れなかったって。・・・人間界の者に、恋愛感情は抱いちゃいけなかったんだよ、当時は。そして、大きく干渉してもいけない。・・苦労して夢の中に入り込むことはできたけど、私には君に何を伝えればいいのか、わからなかった・・。」

太乙は相向いに座っている殷氏の手を、そっと包み込む。

「こうやって、君に触れることすら、あの時の私には罪に思えたものだよ。」

そういって、悲し気に軽く微笑む。
本人はそんな気は全くないのだろうが、殷氏にはそう見えて仕方がなかった。

「君が成人するまで、私はずっと君の夢の中に通い続けた。それは君も覚えていると思うけど。」

「・・・仙人として、スカウトすれば君と半永久的な時間を過ごすことができる。それはわかっていたよ。でも・・・。」

俯いて、目を伏せる動作。
殷氏は、自ら聞いてみることにした。

「・・・どうして、私をスカウトしなかったの?私には、そんなに才能がなかったの?」

「違う、逆だよ。君は才能があり過ぎるくらいあった。本来、仙人としては何が何でもスカウトしなきゃならないくらいの逸材だった。・・・けれど私はあえて君の力を抑えたんだよ。・・・・仙人には、なってほしくなかったから・・。」

今にも泣き出しそうな太乙を、殷氏は見ていられなかった。
そっと立って太乙を抱き締める。

「・・・どうして私に仙人になってほしくなかったの・・?」

「・・・君の魅力は、人間として生きている中にあったから。」

太乙は、黙って微笑み、殷氏を受け止めた。
言葉はなかった。
二人の気持ちは、口に出さずとも、お互い分かっていたから。

「人間は、限られた時間を精一杯生きようとする。君の中にある、私がみつけた光は、限りがある中だからこそ、光り輝くものだと思っていたんだ。君がもし、仙人界の者になってしまったらその輝きは失われてしまうんじゃないかってね、恐かったんだよ。

「・・・成人した君は私には美しすぎた。生きていることの証のように、まっすぐにみつめる瞳を見ているのも辛かった。・・・忘れたくて、逃げたんだよ。あれ以上、君を縛り付けておくことはできなかったし。誰か、たった一人の者を見つめているのを見るのが恐くて、私は、・・・・・」

「・・・もう、いいわ。話さなくて・・。貴方が辛い思いをしてしまう・・。」

「私はいいんだ。君には、どうしても聞いてほしい。」

「・・・でも、しばらくして、子供ではないものを身ごもっている人がいると聞いたんだ。もちろん、君だとは思わなかったけれど、もしかしたら、とは思っていたよ。私が君の力をおさえつけていた反作用じゃないかって。」

「・・・・・。」
殷氏は驚いた様子もない。
話を聞きはじめた時点で、今日だけは自分の気持ちに素直になろうと、密かに決めていたから。

「予感はあたった。やっぱり、その人は君だった。でも、どうしても悲しむ君を見ていたくなくて、・・・ナタクを作ったんだ。」

「それでも・・・それでもナタクは私と、あの人と・・・貴方の子供でしょう?私達の、息子には変わりはないわ。」

「・・・ありがとう。・・とにかくそれがきっかけで会うことも多くなったからね。ちゃんと話しておきたかったんだ。でも、いつもは私の所にはナタク、君の所には李靖がいるから・・。今日、すべてを話そうと決めたんだ。」

「私の方こそ、話してくれて、ありがとう・・・だわ。生きている内に、幼い頃からの疑問を解消することができたのだから・・。でも・・」


殷氏は立ち上がって、背を向ける。
「・・・でも、私は今、李靖の妻なの。」
微かに、声が震えているのは、気のせいだろうか。

「わかっているよ。君を追い詰めるつもりはない。」
判っていた返事だ。
覚悟もしていた。
・・・なのに、心の奥が音をたてて割れていくのはなぜだろう。


「今は、よ。」

なんて言ったのか、よく理解できなかった。
聞こえてはいたけど、でも。





殷氏が太乙の前へ来て、微笑む。
何ごとか、呟く。


彼女の光は、きっと永遠の中でも輝き続けるだろう。



太乙は、どんな顔をしていいのか判らない様子で、
「・・・わかった。必ず。」

殷氏は満足そうに微笑む。



「だから、また、ね?」





「そうはいうけど、私は微妙だよ。はやく・・・とも言えないし、
でも・・・ねぇ?」


「さあ?いつまで生き続けるかしらね?」







この後、二人が再び会うことは無かった。
・・・彼女の言葉だけを残して。










『いつか、私が死んで、またこの世に生まれてきたら、その時は必ず私に姿を見せて。きっと貴方のことがわかるはずだから。そうしたら、今度は永遠に貴方のそばにいましょう。・・・必ず。』






数千年後。

「やあ、殷氏。久しぶり。」

「本当に久しぶりね、・・・会いたかった。」

 

 

 











Fin

 

一応後書き。

う〜ん。切ないものって難しいですね。思いが伝わっていればいいですが。一番可哀想なのは李靖(笑)。だって、これだと一応ハッピーエンド。ってことは、仙人界で修行しているんだから、殷氏が転生しても生きているわけで。彼女を仙人界に連れてった時が恐ろしいですね。(^^)