「雨の音聞くのって、そういえばはじめてかも・・・」
「そうだね。それに、雨の匂いもはじめて。知らなかった。雨の匂いって、濡れた土の匂いだったんだ・・」
気をまぎらわせようと二人は雨の話をした。
本当のことをいうと、雨がはじめてのはずはなかった。崑崙に上がる前、記憶にも残らない遠い日々には、二人はあたりまえのように雨の音を聞き雨の匂いをかいでいたのだから。
竜吉公主の細い咳の音がする。
「公主様・・・苦しそうだね」
「うん」
話をし続けなければならなかったのだ。二人は。
薄い帳でさえぎられた向こうの、物音を、息遣いを、囁き声を、聞かないために。
「武王のあの頭にまいた白いヤツ・・・なんなんだろーね」
「ああいうのを頭に巻く地域もあるらしいけど。ここらへんではあの人以外みないもんね。そういえば」
「あれなかったら結構好みなのに」
「あったってかっこいいじゃん。碧雲って、けっこう好み細かいよね」
「そんなことないって」
「・・・楊ゼンさまが一番ってことでしょ? どうせ」
「・・・・・・」
沈黙。わざとそんなことを言ってみて、赤雲は、やっぱり少し後悔する。自分と碧雲にうんざりする。
無理矢理に続ける話が弾むはずはなく、途切れた話が最後まで続かず、もぎとられたようにぽんぽんと宙にうく。
「あー・・・。雨だね・・・」
「雨だー・・・」
並んで立つと、碧雲のほうがほんのわずかに背が高い。
赤雲は碧雲の手をそっと握った。
「・・・何?」
「・・・お話・・・長いよねー・・・。こうやって外で控えてる身にもなって欲しいよ」
赤雲に手を握られたまま碧雲がうつむく。
竜吉公主が相手をしている客人は、碧雲の想い人だった。青い髪と目をした美しい青年は二人の主人たる仙女と何を話しているのだろう。彼らの関係がいかなるものかだなんて二人は知らない。多分、たんなる業務連絡? なのだろうかとも思う。でも、聞けない。ふとした時にもれてくる話し声さえ耳にいれないように、二人は何も感じないふりをしてひそひそと話し続ける。
・・・雨の音。匂い。私よりも背の高いこの子。
碧雲の手はさらさらとしてわずかに冷たかった。
聞かないようにして。そうやって碧雲はずっと楊ゼンへの想いを抱き続け、赤雲はそんな碧雲にイライラして。何も変わらず永遠に続くこの関係の中に埋もれて少女たちは生きていくのだ。
だから、壊したくなった。その表面だけでも壊して、自分が確かに時間というものを貪ってたとえば百年前とは少しでも違う場所にいるのだと確かめたくて。
「ねえ」
耳は相変わらず雨の音ばかりを追っていたから、全身雨の中にいるような気もした。
「公主さまって、処女なのかな」
碧雲は答えない。
「特別な仙女で、高貴で、強くて。やっぱり処女なのかな。仙人は性欲なんて持つべきじゃないんだろうし」
赤雲は独り言のように続ける。
「でもさ。あれだけ綺麗で体は若くて、もう何千年も生きてるのに、処女だってのはおかしくない?」
「・・・ないよ」
「え?」
よく聞こえない。
「おかしくないよ、って言ったの」
碧雲の声は消え入りそうだった。気の弱いこの子がこういう話を嫌がることだなんて赤雲は百も承知だった。だからこそ。
「だって・・・仙人なんだもん・・・・」
くっと、息を吐き出すようにして小さく赤雲は笑った。
「そうだね。おかしくないね。何千年も処女でも童貞でも。でもさ。不自然じゃない?」
生身を持つ仙人達は時間から自由で欲望からも自由でひどく不自然な生を生きている。綺麗に笑いながら。
じゃあ、何を欲するのだ。欲望から自由な存在なんて本当にあるのかと、赤雲は腹立たしく思う。
仙人として未熟な子供たちは、雨が土に染み込むように、その体に染み込むものが欲しいと願うのだ。
綺麗でなくても、正しくなくても、全然かまわないから。
「碧雲、楊ゼンさまが、抱いてくれたらいいのにね」
しばらくの沈黙を破って微笑んだままそう言う。つないだ手もそのままで。
「あなたもそう思うでしょ?」
碧雲の手のひらに、指先でそっと弧を描いた。
「碧雲は私の妹のようなものだし。だからあなたには幸せになってほしい」
これは本心だった。おかしいほど。
平たんな響きの自分の声を聞きながら、赤雲は瞬きもしないで前を見続ける。
「楊ゼンさまが抱いてくれたらいいのにね」
もう一度だけ言って。
そして指先をすべらせた。
すべらかな二の腕の内側を撫でて、また帰っては手のひらに爪先でかすめるように触れる。
それは愛撫だった。まぎれもなく。
「でも、楊ゼンさまは、公主さまのことが好きなのかしらね?」
碧雲の体がまたビクリと震える。まるでおびえる小動物のようだ。
「二人は今何をしているのかしら。もうずっと長い間話し声も聞こえない」
「・・・・どうしてそんなことばっかり」
「どうしてだと思う?」

―――『壊したいからよ。息がつまるこの檻を』
笑ったままで、そう心の中で。

しばらく腕の上で遊んでいた赤雲の指先が、碧雲の服のわきからするりと中にはいった。
碧雲はまずいきなり忍び込んできたその手の冷たさに単純にびっくりし、そしてその次の瞬間に、笑ってすませられる遊びの限度をこえはじめた赤雲に硬直する。
「や、やめてよ、赤雲」
「どうして? いいじゃない。女の子同士だし」
『女の子同士』 なんて簡単な言葉なんだろうと思う。どんなことも柔らかくてぐにゃりとした温かみの中に飲み込まれ、意味を失って曖昧になる。
「それに、私達、友達でしょ?」
女の子同士で、友達で、だからどういう理由があるのか自分でもさっぱりわからなかったけれど、碧雲が顔を赤らめたまま黙ったので、赤雲は案外この手も使えるな、一人思った。
「碧雲はこんなに綺麗なのに、かわいいのに、どうして楊ゼンさまは気付かないのかしら」
隣に立っている碧雲のほうに目をやると、伏せられた横顔に髪がかかって表情が見えない。
赤雲は胸を愛撫したまま碧雲の耳元にキスをする。
「ねえ、気持ちいい・・・?」
「・・・やめてよ・・・赤雲・・・」
消え入りそうな碧雲の声。碧雲の手が赤雲の手をつかみ抗うような仕草を見せたけれど、それは弱々しい。
とがった胸の先端を指ではさんでやさしく転がし、碧雲の肩に顔をうずめた。
「や・・」
「もっと声を出して。そしたら、楊ゼンさまにも聞こえるかも」
碧雲が泣き声のような声をあげる。気の弱いこの子は、何をされても泣くしかないのだ。それを知っていて、こっちこそ泣きたいような気持ちで赤雲は碧雲の息遣いを聞く。
「ね? ほら・・・もっと」
声をあげて誘って。弱々しいふりをして泣いて。そうしたら誰かが、私達のちっぽけなこの存在に気付いて、抱きしめにきてくれるのだろうか?

カタン。

小さな音がして二人が顔を上げると、幾重にも重なった御簾が上がり、ふわりと香の匂いが濃くなり、最後に青い髪の道士が姿を現した。身を固くしたのは碧雲も赤雲も同じこと。音がするほどに空気を呑み込み時間が過ぎるのを待つ。
何も、起こらなかった。何も。
楊ゼンは二人の存在など初めからないかのように一瞥もせず、速足で二人の前を通り過ぎて行った。
碧雲がかすれた悲鳴をのみこむ。赤雲が顔をゆがめ、碧雲の胸元で遊んでいた手を服から抜くと、髪をかきあげる。
そして、通り過ぎていった男を追って駆け出す。残された碧雲は床に座り込み肩を震わせて泣き始めた。


「楊ゼンさま!!」
振り返った顔は無表情で白い肌にぽつりぽつりと雨粒が踊っていた。赤雲の姿をみとめると少し笑うように唇の端をあげる。
「ええと、君は・・・」
そう言った楊ゼンの顔に含みはなく、赤雲はうっとおしい雨を振り払うように頭を少し振った。
心が冷たくてどんな考えも浮かばなかった。息をおさめてから、答える。
「赤雲です。竜吉公主様のところの」
「ああそうだったね。で、公主がまだ何か?」
冷たい。冷たい。雨も、世界も、なんだかもう泣きたいほど冷たい。
でも動悸だけは早くておかしかった。
どんなにもがいても自分ごときには檻を壊すことはできないのだと思い知った。
碧雲が少し自分を避けるようになるぐらいで、それも多分一時のことで、碧雲は楊ゼンを想い続けその気持ちは届かず、自分はそれを歯痒く見守るという構図のまま、何も変わらずまた世界はまわりはじめるのだと。
「いいえ」
雨音に負けないように強い声で言う。
「いいえ。ただ、あなたに伝えたいことが」
楊ゼンに向かってにっこりと笑ってみた。雨の中に切り取られ浮かび上がるような赤雲の笑顔に楊ゼンはたじろいたように笑顔を返す。息をいっぱい吸い込んで、一歩足を踏み出して、青い髪の一房をつかみ自分に引き寄せて、赤雲は楊ゼンにキスをした。
雨の中の凍えそうな口付け。
ぱっと唇を離すと、上目遣いでにらみつけるようにあっけにとられた楊ゼンの顔を見上げ、内心では「変な顔ー!」と笑いながら、はにかむように口元を震わせてみせた。
「好きなんです。楊ゼンさまのこと。ずっとずっと」
見知らぬ生き物を見るような顔で楊ゼンが口元を押さえる。
「大好きなんです」
「・・・・ええと」
「あ。別に答えはいいです」
そう言ってまた一歩下がる。今はそれどころじゃないからとか女の人に興味はないだとかそういう理由全部、はじめからわかってるから。あなた達の言い草なんて全部。
「ただ、言ってみたかっただけなんです」
これは世界の片隅で息をひそめて生きている、「永遠の処女」の負け惜しみだ。
私達は届かなかった。あなたに。そしてあなたと同じ世界で生きる男達に。
だから私達は私達だけで慰めあって生きてくことにするよ。
「戦い、がんばって下さいねー!」
明るく言い捨てて身体をひるがえし赤雲は走り出す。


雨が口にはいって赤雲はその水の味を味わった。
碧雲に謝って抱きしめてあげよう。そしてこの戦いをのうのうと外から眺めて生き延びよう。
そんなことを考えながら、いつかこのじれるような渇きも欲求も寒さも感じなくなるほどに自分が枯れていく時が早く来ればいいと願った。世間では悟る、とでもいうのだろうか。
「いーい言葉じゃない」
世界に喧嘩を売るような気持ちで呟く。
戦うことがそんなに好きでそのためにだけ生きれるんならそうやって男共は生きていけばいい。
女は男に愛されることもなく枯れてくから。
枯れてくから。




















ええっと・・・・。私はお話しの骨組みを組み上げてから書くということができなくて(論理的思考ができないんだな)、適当に適当に書いてるんで・・・・いつも意味不明なんですけど、これは特にひどいです。
赤雲の独白ばっかでもはや小説とは言えないぐらいですが、最後の所だけ好きなのでアップしちゃいました。
一応、赤雲と碧雲は(主に赤雲が)、ああいうことをして何がしたかったかというと、楊ゼンを誘惑しようとした、というか・・・気付いて欲しかったというか・・・・(うううう) だけど思いっきり無視されて、いや、それ以前にヤツの目には自分たちの存在なんて映ってないしこれからも映らないことを知った。っちゅーことです(はあ?) 説明してるトコが寒いですが、意味不明とわかりつつ書き直す気力がしない・・・。赤雲→楊ゼンというわけじゃないです。赤雲→男全部、という感じ?
私は勝手に男と女ラブラブにして小説書いたりしてますけど、実際、封神の男って一生女には目を向けなそうな唐変木ばっかじゃないっすか。考え方は色々だけど、それに比べて女は本質的に、仙人となって悟って生きてくよりも、愛し愛されて生きてくことを望んでいるんじゃないか、と。この小説での勝手な解釈ですが。

最近読んだ漫画ですごく印象的な女の子漫画があったんですよ! それの真似をしたくて書きました。
確かオカザキマリさんという漫画家の方。男の作った世界から一時的にでも逃れるために(いや、ちがう、逃げるっていうか・・・うーん)女の子は女の子だけの世界を作るのよ? って感じの。
少女二人が絡むことで、ある男の人を(一人の少女のお兄さん)誘惑しようとする。そんな話。
消化してない妄想をだらだら書きなぐったみたいなお話で大変失礼しましたっ



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