蘭学入門






想うだけでは届かない。でも想わずにはいられない。
そんな恋は自覚したばかりで、伝える勇気はまだない。
だけどもうそれだけでは物足りなくて。
「楊ゼンさん、お願いがあるさ」
天化らしくない口篭もり気味な調子に、楊ゼンはなんとなく用件に見当をつけた。
「彼女のことかい?」
一瞬で耳まで紅潮した天化に、柔らかい笑みを返す。敵から寝返ってきた蝉玉という少女に天化が心奪われていることは、誰の目にも明白だ。気付いていないのは本人だけ。
「わかってるなら話は早いさ」
「いいよ」
相談に丁度場所を探し、椅子になりそうな石に腰を下ろす。
悩みを話すよう促すと、天化は一度ひいた血をまた顔に上らせた。
「こんなところで!?」
「いやかい?」
恋の悩みというのはデリケートだ。人目に触れる可能性のあるところで相談を受けようとするのは、少々デリカシーが足りなかったかもしれない。
「じゃ、僕の部屋へいこう」
「うん…」
心なしか落着かない天化が微笑ましい。
もとから片付いた室内に案内し、天化に椅子をすすめ楊ゼンは寝台に腰掛ける。向かいあい、さあ、と目で促した。
「…………」
「……………」
「…………………」
天化は楊ゼンを凝視し、首を傾げている。
「楊ゼンさんがイヤなら、無理にとは言わないさ…」
「僕はかまわないよ。ゆっくりでいいから、話してごらん」
「俺っちはすぐにでもいいんだけど……」
「――――――――――蝉玉くんのことだろう?」
「そうさ。蝉玉に変化してヤラしてくれって……」
「はい?」
今の楊ゼンのセリフは、ワープロでいう四倍角で読んでいただきたい。
「いいっていったさ」
「冗談じゃない!」
てっきり恋愛相談かと思っていた。いや、そう誤解するのは至極当然だろう。
「でもいいって…」
「いやだ。そんなことをしている暇があったら、さっさと彼女に告白してしまえ!」
「俺っちの純情な恋心を何だと思ってるさ!」
「何が純情だ、性欲ばっかりのくせに!」
「好きな人とHしたいと思うのは当たり前さ!」
正論だ。しかし説得力に欠けるにも程がある。
「だからって、僕には君の自慰に付き合う義理はない!!」
「でもいいって言った。男に二言はないさ!!」
「偉そうに言うな。おとなしくマス掻いてろ!!!!」
天才美形道士楊ゼン、崩壊。
「それじゃもう物足りないさ」
「だったらレイプでもすればいいだろう」
「今楊ゼンさん、世界中の女性と人権団体を敵にまわしたさ…」
「くっ…!」
奇しくも、楊ゼンが押されている。天化はここぞとばかりに攻めまくる。
「どっかの政治家(時事ネタ)じゃないけど、俺っちが強姦魔になって追放されたら、崑崙の戦力大幅ダウンさ」
調子に乗った天化は止まらない。
「大体楊ゼンさんが今更貞操とかにこだわるのはおかしいさ」
何ですと?
「妲己にコケにされたスースに妲己に化けてヤラしてやったとか、竜吉さんの機嫌が悪いときに玉鼎さんの慰み者になったとか、こんなに好きなのに相手が人妻でどうにもならない太乙さんをナタクのおふくろに化けて慰めてやっ…」
「てない」
どこでそんな話を聞いたというのか。
「は? でもみんな言ってたさ」
「ガセだ」
きっぱり否定しながらも、楊ゼンは心中穏やかでない。そんな噂が広まっているだなんて、人権侵害甚だしすぎて身の危険を感じる。
「でも、さ。一回ぐらい…」
諦めの悪い天化である。もちろん楊ゼンの蒼白な顔には気付いていない。
「蝉玉変化なんて楽勝だろ?」
「しつこいなあ、君は」
「だけど一度OKしたのは事実さ」
額に青筋が浮かぶ。
「始めから用件をはっきり言わない君が悪い」
「楊ゼンさんが勝手に勘違いしてただけさ」
「うるさいよ…」
「大体楊ゼンさんに相談なんて…」
ぶつくさと並べられる愚痴に紛れ、ぶちっと何かが切れる音がした。楊ゼンが立ち上がり、仁王立ちで天化を見下ろす。
「うるさいって言ってるだろ! そんなにヤリたきゃヤラしてやる!!」
天化が理解する前に、そこには蝉玉の痩身が現れた。
「好きにしろ!」
高い声で発するそのセリフには、ボーイッシュな魅力が溢れている。
「じゃ、じゃあ、とりあえず、まずは口調をもっとアイツらしく!」
天化は楊ゼンがキレたことなどまるで意に介さない。人生ポジティブシンキングだ。
「贅沢言うんじゃないわよ!」
「ヘリウム吸って声が高くなったおかまみたいさ」
「仕方ないでしょ。慣れてないんだから」
とか何とか言いつつ、すっかりなりきっている。
「せ、蝉玉…っ」
天化は見事錯覚した。
「どうしたの。やるの? やらないの?」
「蝉玉、好きさ――!」
楊…いや、蝉玉は血迷った天化に寝台に沈まされた。
セパレート水着の上に似たシャツに手をかけ捲くりあげる。少しだけ天化に理性が戻った。
「あんた蝉玉じゃないさ…」
「そんなのはじめからでしょ」
「乳輪はもうちょい小さく!」
「見たの?」
「いいや。単なる常識さね。もっと小さくするさ。ついでに色ももっと薄く」
「…………」
楊ゼンは逆らわなかった。
「オッケー。それでこそ蝉玉さ」
もう、なんか、ぜんぶ、どうでもよかった。
「もっと臍を窪ませて!」
「太腿、痩せすぎ!」
どんどん天化のイメージする蝉玉に変わっていく。
「そういえば、もちろん処女さね?」
「は? 冗談でしょ。何であんたのオナニーに付き合うついでに痛い思いまでしなくちゃならないのよ。この清原妙道真君楊ゼン様が」
ここで、じゃあやっぱり清原妙道真君楊ゼン様には女に化けての経験があるのではないか、と突っ込む者はいない。
「でも蝉玉は処女がいいさ」
「痛いのはいや。それに彼女自体実年齢はあんたより年上じゃない。しかも元スパイよ!」
未経験なわけがない。女スパイは男(?)のロマンだ。
「でも処女さ!!!」
「わがままだよ君!」
楊ゼンの口調が元通りになってしまったが、天化にも咎める余裕はない。
「あんたがそのつもりなら俺っちにも考えがあるさ……」
天化の意味深長な笑みに、悪寒が周恩来(氷点下ギャグ)。
「こっちなら初めてさね」
「ど、どこ触って…!」
「ユルユルは嫌さ…」
「だからってそこは、待て、やめろ、うわあ、痛っ、痛――――――!!!」
  …以下略……

 

 














元のタイトル:公衆便所(爆死)
ちなみに決定タイトルもオランダなので妻ってことで…(核)。まあ一見にはわからないと思うんですけど



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