恋をするならば、季節は冬がいい。
 最愛の人と寄り添って、ずっと夜が明けないような気分になるから。











     < 粉雪 >











 ずいぶんと長く続いていた雨音が消え、
 空から雪が舞い降り始めた。
 恨めしそうにそらを見上げて、白い溜息を落としながら彼は愚痴を漏らす。
 「どうりで寒いと思った。」
 今宵は冷えるのう・・・、と付け加えて、彼の視線はまた仕事の山に向けられてしまう。
 ギシ、という椅子に体重がかかる音がして、太公望師叔は黙々と筆をはしらせ続ける。
 しばしの休息も、これで終わり。
 自分もまた、机に向かわねばならない。

 それでも

 外の雪と、師叔の存在が交差して
 部屋がもやがかる。

 僕の頭は、独占欲の塊だから。
 焦るように押し寄せる幼稚な感情はあなたを抱きしめたいという欲望で、
 ほんの少し、ここから逃避したくなる。

 「寒いのう・・・。」
 本格的に冷えてきた。
 室内なのに、吸い込む空気すら冷たい。
 「なにか、温かいものでものみましょうか。」
 肌に張り付いた笑顔をあなたに向けて席を立つ。
 師叔が好む茶をいれて、白い肩布を彼にかけながら茶器をわたした。
 僕の肩布は、彼にとって少し大きいようで、
 悔しそうに肩布を睨みつけている師叔が可愛かった。

 「まだ寒い。」
 ぐい、と僕の髪をひっぱって、生意気そうな眼で僕を見る。
 師叔の蒼い眼が温かい湯気でぼやけた。
 細い吐息が微かに漏れて、甘い茶の香りが僕に届く。

 師叔の白くて柔らかい頬を人差し指でなぞってみる。
 「冷たい。」
 死んでしまったかのように、師叔の頬は冷たくて
 心が、痛かった。

 「・・・お主も、冷たい。」
 師叔は、ずいぶんと大きい手袋をはずして、
 その小さな手のひらで僕の手を包み込む。
 口元に手をよせて、溜息のような温かい吐息を手に落とす。
 そして、師叔はその手で僕の手をさすった。

 「師叔・・・。」
 冷たい空気は、気持の隙間にまで入り込んでしまったようで、
 でも、そんな気持を師叔の柔らかな手のひらが溶かしてくれて。
 心が温まる。

 手の温もりが消えないうちに、告げようと思った。
 歯止めをかけられる前に。
 この人が消えてしまう前に。 
 いちばん単純な、いちばん解かりやすいところにある気持を。



 「・・・あなたのことが、好きです。
    傍にいてもいいですか・・・?」

 沈黙に、包まれる空気。

 「粉雪が降る夜、わしは・・・。」

 師叔が呟く。
 ひと呼吸おいて、続けられる言葉は

 「お主と、ー緒にいたい。」

 まぎれもなく真実

 「・・・はい。」



 部屋の中は
 温かな湯気、白い吐息と茶の香り。
 窓の外は、変わらず粉雪が舞い降りて。
 僕はあなたと寄り添いながら、舞い散る雪を眺めている。

 「好きだよ。楊ぜん。」

 ずっとこのまま、時が止まってしまえばいいと思う。
 粉雪の夜、最愛の人と寄り添っているこのままで。

 







END