注)もうこのファイルを開いてしまったアナタは手遅れです。
怖いでしょうがキチンと最後まで楊ゼンんさんの怪談を聞く事をお薦めします。
読む、読まないはあなたの自由ですケド……。
さぁ、あなたも彼ら達と共に凍えてみませんか?フフフ……。
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*夏の夜の怪談*
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熱帯夜に仕事なんて最悪だ。しかも目の前で筆を動かしているのは楊ゼンだし。
しかも楊ゼンのヤツ、夏服なんぞ着おって何なんだ?
それは暑苦しい服のわしへの嫌がらせか!!?
「…やっと終わりましたね」
「暑いと仕事もはかどらんからのぅ」
「何か冷たい物でも出しましょうか?」
「ああ、頼む」
しばらくして、楊ゼンがグラスに薄桃色の飲み物を入れて戻ってきた。
「どうぞ」
「ん」
太公望にグラスを渡してから楊ゼンは太公望の向かいの卓に腰を下ろした。
せめても、と開け放った窓からは生温い風が申し訳程度に吹き込んでくる。
その風を受けた楊ゼンは顔をしかめて寝台に置いたあったウチワに手を伸ばして服の中に風を送る。
「暑いのぅ…」
「そぉですね」
パタパタと自分に扇いでいたウチワを太公望の方にも向けて扇いでやる。
一瞬、太公望は気持ちよさそうな表情を浮かべたが、それもすぐに消え、楊ゼンの手からウチワを奪って放り投げた。
「生温かい風で扇がれても嬉しくない」
しばらく暑苦しい沈黙が数分間続いた。
「あ」楊ゼンが声を上げた。それに合わせて太公望も顔を上げる。
「師叔!怪談やりませんか?」
「怪談〜?大抵の怪談なら知っておるぞ」
自慢げに笑ってみせる太公望に、チッチッチと楊ゼンは細く長い人差し指を振って不敵に笑った。
「コレ、絶対に師叔知らないですよ。金霞洞に伝わる怪談ですからねッ」
「ほぅ、言うてみい」
太公望が椅子にきちんと座り直すと、楊ゼンはゴホンとわざとらしく咳払いをした。
「いいですか、師叔。僕が今から言う事、絶対覚えて下さいね」
突如、太公望の眉がピクッと釣り上がった。
そして楊ゼンの前にズイッと手のひらを突き出した。
「も、もしや楊ゼン…。それってその話を聞くと何日後かの晩に幽霊が来るとかそんな類の話か?」
「ええ、そうですよ。でも師叔聞くって言ったんだからもう手遅れですよ」
楊ゼンはニッコリ笑って青ざめた表情の太公望を眺めた。
「わしはその手の類の話は苦手なのだぁッ!!」
***
「仕方ないじゃないですか。ま、ちゃんとやる事覚えれば問題ないですし」
笑みを浮かべて楊ゼンは太公望の肩をポンと叩いた。
「……ちなみにおぬしの所には来たのか?」
「はい。玉鼎師匠に教えられてからすぐ。幸い僕はクリアできましたけどね」
太公望はハァ〜〜〜と深い溜め息をついた。
「それじゃ、よぉーく聞いて下さいね?まず、真っ暗な道をまっすぐ歩いて次に左に曲がって下さい。
そしたら提灯が3つありますから真ん中の提灯を取って下さい。
真ん中ですよ?ま・ん・な・か!
それでまた歩いていくとおばあさんが前から歩いてきます。
でも師叔が避ける事ないですから。向こうが勝手に避けてくれます。
2人来ますからね、別々に。あ。師叔、そのおばあさんと目逸らしたくなると思いますケド絶対逸らしちゃダメですよ」
そこで楊ゼンはいったん言葉を切った。そこでおずおずと太公望は訊ねる。
「……何でわしが目を逸らしたくなるのだ?」
「…実はそのおばあさん…、顔がグッチャグチャに潰れてるんですよ…」
声のトーンを落として楊ゼンが言うと、太公望は声にならない悲鳴を上げて円卓に突っ伏した。
ニッコリと笑った楊ゼンはその太公望を見下ろして話を続けた。
「おばあさん2人とすれ違って歩いていくと、階段がありますからそれを登っていって下さい。
そしたら神社に着きますからそこで鈴を3回鳴らすんです。
で、『お岩さんお岩さん、元の世界に戻してください』って2回唱えて下さい。それでOKです」
「……本当か?」
「ホントホント」
ニッコリ笑った楊ゼンの顔など、もはや太公望は見ていない。
指折り数えて自分がすべき事を覚えようと必死な様子だ。
「じゃ、行きましょうか」
楊ゼンは優しく微笑んで太公望に手を差し出した。
「ど、どこに?」
と涙目で訊ねた太公望に楊ゼンは明るい笑顔で答えた。
「あの世です♪」
「ダアホッッ!!そんなとこ誰が行くかぁッッ!!」
「でもね、師叔。こっちの5分があっちの世界の1時間に当たるんですよ…」
もう太公望の愛らしい童顔はすっかり恐怖に歪んでいる。
「だから早く行った方が…」
などと忠告する楊ゼンの声など、もう太公望には聞こえていない。そしてガタガタと震えて楊ゼンの腕にすがりついている。
「じゃ、僕もついていきましょうか?」
途端に太公望の顔が明るくなった。
「何ッ!?そんな事ができるのか!!?
来てくれ、わし一人だけではどうにもならん!!」
「でも、僕ホント〜についてくだけですからね?
もし師叔が手順を間違いそうになった時は助けてあげられません。
でも師叔が1人で行くのなら僕はこちら側からあなたを助言する事ができます」
そう言うと、太公望はう〜〜んと唸って考え込んだ。
その太公望に極めつけの一言を伝える。
「ちなみに僕がついていった場合には僕、首から下がないですから♪」
そう言って目の前の天才道士は笑いながら首を切る真似をしてみせた。
太公望は涙が溢れそうになるのを精一杯堪えた。
そして考えあぐねた末に太公望が出した結論は、
『わし1人で行く!!』
だった。
その時の彼は楊ゼンが見た事ないぐらいに凛々しかったという。
「じゃ、師叔。目をつぶって意識を集中させて下さい」
「うむ…」
太公望は大人しく彼に従い「左に曲がって真ん中の提灯…」などと呟いてしっかりとルートを確認していたりする。
そんな時、出し抜けに楊ゼンが「あ」と声を上げた。
太公望の肩がビクッと跳ね上がる。
「言い忘れてました。師叔、怖いからって絶対走っちゃダメですよ。あと、振り向くのもナシ。
多分、何かが師叔の肩を後ろから叩きながらついてくると思いますけど。
もし今まで僕が言った事、一つでも破ったらその時点でアウトですからね。
もれなく植物人間です」
あう〜〜〜〜と涙をダバダバ流しながら太公望は楊ゼンの手をギュッと握った。
「次に目を開いた時におぬしがおる事をわしは切に願うよ。楊ゼン、また明日一緒に仕事しような?」
「ええ、僕も明日師叔と一緒に仕事が出来る事を祈っていますよ」
楊ゼンは、極上の笑みで以って太公望の涙を優しく拭う。
「ご武運を」
黙って太公望は頷いた。
***
「お岩さん、お岩さんこの者をどうかあなたさまの世界へ導いて下さい。お岩さん、お岩さん…」
太公望の手を取り楊ゼンは怪しげな呪文を唱え続けている。
(わしは今から危険な目に合いに行くというのに、どうして『導いて下さい』などと敬語で頼まなければならぬのだ?)
などと太公望は頭の隅で考えてもいたが、精神集中をして目を閉じている太公望はひたすら己の無事を祈った。
楊ゼンも呪文(?)を唱え終わり、お互い手を握り合ったまま数分の沈黙が2人を包み込んでいた。
最初は恐ろしくて、ただただ楊ゼンの手を握っていた太公望の手の力も自然と緩んでくる。しかし、油断したその瞬間に付け込まれるのだ!と己を叱咤激励して太公望は来たるべき敵への心の準備を万全にしておいた。
しかし、何かが来る気配もなく意識が遠のく事もない。
「……?」
うっすらと目を開いてみる。
そこにはいつもと変わらぬ楊ゼンの秀麗な微笑みがあった。
しかし、その笑みが段々と口元が震えて頬が引きつり、笑いを堪えるような表情に変わっていく。
ま、まさか…!
太公望が全てを察した時はもう遅かった。
「よッ楊ゼン、おぬし!!!」
堪えきれないなくなった天才は大声で笑い出した。
涙すら浮かべて大笑いする様は普段の冷静な彼からはとても想像し得た物ではない。
「あ――――っはっはっはっはっは!!!師叔、鈍過ぎますよ〜〜〜!!!
ははははははははは!!!だってものすごく真剣な顔してるんですよ!
堪えるのが辛く辛くて…。アーハハハハハ!!!!」
円卓をドンドン叩いて大笑いしているその様子を見て、太公望は怒りを通り越して
全身の力が抜けそうになるのを感じていた。
騙された!!
頭の中が真っ白で全身の力が完全に抜けた。
そして思わず太公望はその場にヘナヘナとへたり込んだ。
「師叔ッ。ハハ、大丈夫ですか!!?アハハ」
笑いながらも楊ゼンは太公望を助け起こそうとしたその時、涙の溢れる太公望と目が合った。一瞬、楊ゼンの顔から笑いが消えた。
「あ――――――――ははははははははは!!!!!」
が、今度は太公望が大笑いし始めた。
涙を流しながら。つられて楊ゼンもまた笑い始めた。
「あ―――――――――――はははははははははははははははは!!!!!!!」
その夜、執務室から異様な笑い声が途絶える事はなかったという……。
*end*
これは私の実体験を元にしたお話です。この中の太公望=私と考えてもらっても
ほぼ間違いはありません。別に一晩中笑ってたワケじゃないんですケド(当然)。
しばらく笑いが止まりませんでした。
この怪談(?)は怖い話が大嫌いな人に試してみましょう(楊→アナタ・太→被験者)。
特にあの何日後に何かが来る、とか【呪い】系に弱い方に(笑)。
それにしても楊ゼンの怪談って怖そうだぁ〜。始終笑みを絶やすずってか。
ちなみにコレは楊×太ではありません。楊&太です(←コダワリらしい/汗)。
それでは、蛟は星に還りますのでッ!