好きで好きで好きで好きで。
どんなに重ねた言葉でも吐息でも涙でも、何一つもうこの気持ちはあの人に届かないから
叶わずに消える想いのせめて100分の一だけでも例えば鳥になってあの空にとどけばいいよね。
銀の雲の陰からあの人を見下ろしてずっとずっと守れればいいよね。

さよならを言って、振り返って空を見た


舌の上に血の味がした。
あの人の血。



「・・・・・・・・・・・公主」


最後に笑った顔はゆがんでいた?







ねえ・・・・・












緋の糸





「この空と、海と、太陽と、月が」
おままごとのように二人で向き合って。
竜吉公主の白い手が太公望の黒い髪にそっとおかれる。呪文のような心地よい言葉。
ああ、違った。呪文みたいな、じゃなくて、呪文なんだった・・・
こそばゆい気持ちで太公望が目を閉じる。竜吉公主にそう言われたから。
「夜と、昼と、朝と、大地が」
この世界の全てが。
「あなたを守りますように」

―――そう言って、さよならしたんだよ、私達。永遠にね。


葉の影が暗く沈んで白い光にひらひらとゆれていた。
太公望は眩しそうに少し目を細め、膝の上に顎を置く。
大きな木の根元によりかかり、涼しい風に竜吉公主も目を閉じる。
「何度目かのう。このおまじない」
「呪文。おまじないではないよ。本当に守りの術なのだから」
「願かけみたいなものだろう? 結局」
「難しい言葉で書かれた呪符だけが仙術ではないということ。大切なのは・・・気持ちかな」
「ふーん」
見上げた空の青がとても薄くて、息を吸い込んだら消えてしまいそう。
・・・・この空と、海と、太陽と、月が
ぷちぷちと雑草をむしりながら竜吉公主が小さく繰り返す。どこか上の空の声。
「がんばってしっかり太上老君を探してきてね」
「うーむ・・・」
「できたら私が代わってやりたいけれど。それも叶わぬこと」
「そんなこと思ってもおらんくせに」
「あらあ、ばれてるんじゃなあ」
声を出さずに薄く竜吉公主が笑った。まだ息は苦しくない。今日は体の具合がよかった。
・・・・夜と、昼と、朝と、大地が
言いなれた言葉をほとんど無意識に舌がなぞっていく。大切なのは気持ちだというならば、自分の術など何の役にも立たないのかもしれない。だって全然別のことを考えながら太公望の旅の無事を祈ってる。
「でも、おぬしのことは、好きじゃよ」
そんな自分を言い訳するかのように、ぽつりと竜吉公主が言った。これは本心だと思った。きっと。
「何だいきなり。でも、って・・・」
「多分。本当に好き。多分だけど」
「多分つきで言われてもうれしくないぞ、全然」
「じゃあ、絶対に好き」
だからさ、と吐息を吐きだして竜吉公主は細い指先で草をむしる。
「いつ最後が来るかなんてわからないから、気持ちは伝えとかなきゃならないんじゃよ」
青に薄い緑色を溶かしたような竜吉公主のきれいな目は、何も映さない水晶みたいにからっぽで明るかった。
「思ったら即、全部言葉にするの」
消えないうちに。
二度と会えなくなる前に。
そうしないとね。
後悔じゃない、もっと曖昧で甘くてずっと先が見えないにごった水槽に閉じこめられたみたいに、息が出来無なくなるんだよ。湿った空気の、生暖かい檻のような。
「夢を叶えて私の所に戻ってきてね。いつもいつも意地っ張りでいてね。泣くときはこっそり泣いてね」
あとは、ええと・・・・
言葉を探す竜吉公主の横で、太公望は息をひそめて、唇をかんで、自分の手をきゅっと握った。
哀しかった。
とても。


草をむしっていた手をとめて竜吉公主が視線を落とす。薄い皮膚が、ざらついた雑草の表面に傷ついて血を滲ませていた。
みるみるうちに血はもりあがり、つっと白い肌に赤い跡をつける。
赤い糸が、つなげていく、痛みの跡。
目を閉じた。
声が聞こえた。

――――僕が君の・・・・


息をつめてその声を聞いた。口元がゆがむ。微笑むかのように。

――――子供だったら。・・・弟だったら


黙りこくった太公望の横でその声を聞きながら竜吉公主は呪文をとなえる。意味のない、空虚な呪文。
「この空と、海と、太陽と、月が」

――――君と同じ血が・・・。この、血が


「夜と、昼と、朝と、大地が」

――――僕に流れていたら。


「この世界の全てがあなたを守りますように」

――――・・・・・そうしたらどんなにか僕は幸せなのに。



「そうしたらどんなにか私は幸せなのに」
遠いところへ思いを這わして、そっとささやいてみる。

私達はきっと姉弟だったんだよ。普賢。
何も言わなかったけど、伝えなかったけど、伝える気持ちさえ私には見えないほど曖昧だったけど。
誰にも、邪魔なんかさせない。

肌をなぞるように血は流れて、公主はその感覚に甘く身を震わせた。

・・・・私達は、つながっていられる?
今も。


普賢、普賢、普賢、普賢。


「普賢」







* * * * * * * * * 







「公主」

後ろから顎の下に腕をまわされて、竜吉は手にしていた宝貝を机の上に置いた。
きな臭くなってきた金ゴウとの関係にそなえ、太乙に調整を頼んでいた宝貝だ。
湿った息が耳にかかって、それが少しうっとおしく、身を引こうとするが男は離さない。
「・・・・太乙。やめい」
溜め息まじりの竜吉の声。
「えー、なんで、嫌?」
まるで子犬のようにくんくんと鼻を首筋に押し付け、腰をしっかりと後ろから抱きしめたまま、太乙の右手は竜吉の服の裾をずり上げる。
「嫌・・・というか・・・」
・・・面倒くさい。それが本心だったが、そんなことを言うのもなんなので竜吉は言葉をにごす。
太乙の男のものというには繊細で細い長い指はかまわずに乳房に這わされる。
「はあ、やっぱり公主の肌はすべすべで気持ちいいー」
子供のような無邪気な言い方。
ああ、そうだ。この男は本当に子供なのだ。そのことを竜吉公主は知っている。
宝貝作りに目をキラキラとさせるのと同じ次元で、太乙は竜吉の体を求める。
「嫌ならやめるけど?」
手のひらで擦るように愛撫された乳首はすぐに固くなり、お馴染の甘い疼きが竜吉に吐息をつかせた。
拒む気をなくし、のろのろと体をよじり太乙の顔を見上げる。
後ろから触られるのは好きではなかった。
手を伸ばして肩までの黒髪に触れると、うれしそうに笑ってその指先をつかまえてキスをする。
「公主にもね、新しい宝貝作ってあげるよ」
竜吉の指と指の間を舐めながら太乙が言う。
「別にいらぬよ。自分で作れるし」
「指輪型でさ、スイッチおすと、変身できるやつなんかいいと思うんだけど」
「・・・アホな宝貝じゃなあ」
「そうかな」
太乙が机の上に竜吉公主をゆっくりと押し倒す。
広げられた宝貝の設計図が竜吉の背におしやられるが太乙はかまわずに竜吉に口付ける。
・・・・太乙は、キスうまいよなあ・・・
舌を絡ませ、竜吉公主はそんなことを思いながら目も閉じずに太乙の伏せられた長い睫毛をぼんやりと見ていた。
激しいキスではない。
舌同士で愛撫しあうようなやわらかさが心地よく、いつまでもこのままでいたいと思うほど。
太乙の手が長いスカートをたくしあげ太ももを撫でる。そして性器にくすぐるように指先で触れる。
唇を離して太乙が竜吉公主の目を覗き込んだ。
「口でしていい?」
軽く笑って公主は目を閉じた。
「やめて」
「いっつも駄目って言うよね、君は」
「わかってるなら聞くでないよ」
口でしたがるほうの気がしれない。
されたいとも思わないし。

体をつなげたまま太乙は動かなかった。静かな気持ちで竜吉も天井を見つめる。
太乙の研究室は整然としていて、生き物の匂いがしないその空気は、何か置物にでもなったかのような気分に竜吉をさせた。
生きているのか、死んでいるのか。
ふいに、それを確かめたくなって竜吉は腰を動かす。
太乙もゆっくりと動きはじめる。
体をつきぬける感覚に耐えられず、しがみつくように太乙の背に手をまわした。
少し泣きたくなった。どうしてこんな気持ちになるのだろう。
浅く喘ぎながら、ふいに誰かの面影を思った。一瞬後には、それが誰の顔だったかも思い出せないほどかすかに。
太乙が腕をつき上半身をささえ、竜吉の顔を見た。
「・・・あのさ・・・」
少し息がきれている。
「あのおまじない・・・・してよ。空と・・・海と・・・」
「太陽と・・・月が・・・・。ああ、でも・・・おぬしは、絶対に・・・・死なぬから」
「・・・なんで、そう思うの?」
金ゴウとの大戦がせまっていた。
やさしく胸を揉まれて掠れた声に息を滲ます。
「そう思うだけ。・・・・死なぬよ、おぬ・・しは」
「君は?」
「私は・・・・・」
急に竜吉の目が虚ろになった。
私は。
そして、あの子は。
そうだ。さっきかすめた面影は。

声もなく咽をそらせて竜吉は顔を手で覆った。








普賢は耳に手をやった。ゆっくりと自分の柔らかい耳朶を指先で撫でる。
壁にもたれていた首をかしげた。
吐息をついて、天井を見ながら音を立てずに歩き出す。
からみつくような細く早い呼吸が自分のすぐ近くにある気がした。
竜吉公主の。
「・・・・ドアぐらい、閉めたほうがいいと思うんだよね」
誰ともなしに呟いてみる。
太乙に渡すはずだった宝貝の設計図を手に持ち、ゆっくりと歩きながら、呪文をとなえる。
「この空と、海と、太陽と、月が」
太乙の体の下の彼女。その掠れた声。
掠れていたけれど、ただそれだけだった。幾分冷たくもあるその響きを耳の奥で思いだす。
もっと潤んだ、熱い声を出すのかと思っていたのに。
「この空と、海と・・・・」
そういえば幼なじみだったんだっけ。あの二人は。
生々しさや湿った欲情の影さえもない、清冽とすら言えるような交わり。激しく求めあうこともせず。
綺麗な綺麗な。

・・・・・生きている気がね、しないのだよ。

そう普賢に言った竜吉の薄く光ってるような白い肌を思いだす。胸が少しだけ苦しかった。
自分の体がほのかに熱を持っている理由はわかっている。
でも。・・・・欲しいわけじゃないんだ、僕は。

ねえ、公主。太乙とつながっているときは、生きている気がした? 

目をつぶって問いかける。
もしかしたら彼女に届くかもしれない。理由もなく、そう思いながら。












つづく(かも)





前半だけかなり前に書いてずーっとほっといて、しばらくぶりに読んだらその乙女ちっくさに耐えられず
後半は意味もなくただエロい展開に(笑) 
しかも続きますー。これ。いや、続かないかもしれんけど。続きものあんまり好きじゃないのに・・・
やっぱりシリアスは書けないみたいです。こういう色気のないそこはかとない濡れ場もどき(といっても許されるかしら)はもうさくさく書けちゃうんだがよ。
太乙と竜吉が研究室でやる気なさそうになんかしてる後半は、仙界大戦前です。
前半は大戦後ね(もろに解説)
太乙と竜吉さんの濡れ場ってすごい違和感あるのね・・・・なんか・・・
書いてて変な感じ。何も考えずに書くから楽しいけど(笑) 
続きはもっと不健康になる、かもです。




もどる