はめられてる。
謀られてる。

 

だから?

だから何?

 

そう気付いたら、逃げられるとでもいうの?

 

 

 

 

 

 



秘め事 

 

 

 

 

 

 

 


一日目は、黄金色の太陽が落ちる夕刻。

 

濃く長い影をおとす老いた日差しが、木立の間をぬって二人に届く。
鳥の鳴く声が遠く聞こえる。
あれはなんの鳥だろう。
人がすすり泣くような、物悲しい響き。
頭の隅にひっかかって離れない。
静けさを破る、鳥のひときわ高い声。
それにビクリと反応したように、物憂げな顔がこちらを見上げる。
感情がないのではないかと思えるほど瑕瑾なく整った顔立ち。
潤んだ大きな目を縁取る長い睫毛に光が遊び、ゆっくりとした瞬きの度にその跡を残す。
白い肌のやさしい産毛に手をふれてみる。
その指先にすら身を震わせて、目を伏せてしまう。
細い手首をつかんでむき出しの二の腕にキスをした。
そのまま唇をはわせ、指先を口にふくむ。
わななく小指。舌で絡めとる。
堅く閉じていた口元が耐えきれないように小さく開いた。

「・・・やめ・・・て」

「誘ったのはあなたでしょう?」

瞬間、その白い顔が恥じ入るように薄い紅に染まる。
顔をそらせた耳元に唇をよせ、軽く耳たぶを噛んだ。
ひくっ、と体が反応する。
楊ゼンがひっそりと笑う。
華奢な肩を押さえ付け、耳元で低くささやく。

「ここまできて・・・拒むのですか?」

「そんな・・・いじわる・・・なこと・・・・」

「こんなあなたを見るのは初めてです。・・・公主」

その肩をくすぐるように指先で撫でながら、耳元に何度も何度もキスをする。
伏せられた綺麗なカーブを描く瞼がぴくん、ぴくんと小さく震えている。
いつも毅然として完璧な姿勢をくずさない、
そして聖女のように汚れなく真っ白な彼女だったからこそ――――
ゾクゾクした。
自分の腕に身を震わせる公主の表情に。
公主に対して、一欠片の愛情でさえ感じていたわけではない。
遠くから見る彼女の姿の人形のような美しさに感心はしても、それ以上の感慨を抱くことはなかった。
でも、今は愛おしいと思える。
欲情にその美しい眉をひそめる、綺麗な綺麗な水の仙女。
壊してしまいたいと思うほど、愛おしい。
今にもくずれそうな公主の体を、壁に押し付ける。
そして軽く唇をあわす。
舌で探ると―――おずおずと彼女の舌も反応する。
しかし楊ゼンはすぐ唇を離した。
薄く目を開いて、問いかけるように公主が楊ゼンを見上げる。
その視線には答えず、楊ゼンは公主の薄い衣の前合わせに手をかけた。

「やめて・・・こんな所で」

「寝室でではつまらないでしょう?」

「嫌・・・」

「じゃあ、こうしましょう」

手で前を庇う公主にくすりと笑って、楊ゼンは今度は服の上から彼女の体を探った。
たおやかな背中。
母親のようにやさしく背を撫でておいて、片手では細く華奢な外見からは以外とも思える豊かな胸に指を這わす。

「・・・・あ」

思わずもれた彼女の声をもっと聞きたくて、じらすように、やさしくやさしく羽のように服の上から乳房を何度も愛撫する。
愛撫の手はとめず、楊ゼンはそらされた公主の首筋に唇を這わせた。

「きれいですよ。公主」

唇が落ち、きれいな鎖骨の横に、口づけの跡を残す。

「本当に綺麗です。今まで見た中で一番・・・・」

「楊・・・ゼ・・・」

「もっと声を聞かせて下さい」

公主の足の間に強引に膝を割り入れる。
ひくん、と身を震わせて公主が眉をひそめ唇を噛む。
そしてその唇を今度は深く、楊ゼンがふさいだ。
もれる苦しげな吐息。
何度も何度も、離してはまた、唇を重ねる。
何度目かの口づけの後、息をつくように手を伸ばし、公主が楊ゼンの胸を押しのけた。
うるんだ目と荒い呼吸。

そして細く消え入りそうな声――――

「寝室に・・・・・行きましょう」

にっこりと笑い、楊ゼンが答える。

「はい、公主」

 

 

 

 

 

 

 

二日目は、逢う魔が時。

 

深い夜。

この夜よりも暗い闇の色の髪。
ぱらぱらと自分の上に落ちかかる黒髪を、口に含んだ。
髪までも、甘い。
自分の上にある、薄く汗の浮んだ背中に手をかけ、何とはなしに指先を肌の上で遊ばせる。
くすくすと笑う声。

「くすぐったい」

身を震わせて笑う。
あまりにも笑うので爪を立てると、怒ったようにこちらの目を覗き込む。
吐息が触れ合う至近距離。

「痛いのは嫌いじゃ」

「じゃあ、気持ち良くしてあげます」

しばしの沈黙。

「今夜は十分じゃ・・・・もうこれ以上は・・・」

「もう、ですか? 僕はまだまだいけるのに」

「無理しないで」

「無理なんてしてません。僕はもっとあなたが欲しいんです」

「じゃあキスだけ」

そう言って公主から唇を合わせてきた。
小鳥のようなキス。
それに飽き足らず、楊ゼンは公主の頭に手を廻し、自分に強く引き寄せた。
また重なる唇。
やわらかな果肉を味わうような。
頭の芯がしんっとしびれるような。
深い深い口づけ。
舌を音をたてて絡ませ、目だけは開いてお互いをくいいるように見つめる。
やがて公主の目から涙がこぼれる。
一筋だけ。

「哀しいのですか?」

「哀しいというよりも・・・・寂しい」

「どうして」

「今はこうしていても、おぬしは私をおいていってしまうのだろう?」

楊ゼンは答えずに公主の髪を指にからませる。

「やがて一人になってしまうことを思うと、今こうやって二人でいることがどうしようもなく寂しい」

「戻ってきますよ」

「でもそれは私のところにではないのだろうね」

答えられなかった。
はいとも、いいえとも。
ほんの遊びのつもりだった。
そして今も。
公主だってわかっているはず。

でも、この唇から、この肌から逃れられないような気もする。
そして何より、誘っているくせに、でも奪おうとするとおびえるこの瞳から。

 

いつのまにからめとられてる?

・・・・まさか。

 

目を閉じる。
この自分が溺れるなんてありえない。

「楊ゼン、答えてくれないんだね」

答えるかわりに、無言でまた再び公主の体を自分の下に組み敷いた。
なよやかで正体のない、白い体。
拒もうとする手をおさえつけ、唇だけでその肌をなぞっていく。
もれる喘ぎ声と、耐えきれずもだえる身体。
せつなく尖った淡い乳首を口に含み、軽く歯をたてる。

「あっ・・・・」

指先は、さらに深く侵入していく。

 

 

深い夜。

蒼い髪と黒い髪。
からみあう白い手。足。

 

奪い取るのは、いったいどちら?

 

 

 

 

 

 

三日目は宵の刻。

四日目は浅い朝。

五日目は・・・・・

 

重ねられ、繰り返される甘い交わり。

その心に、真はなくとも。

 

 

 

 

 

 

 

ふわっと風に流れた髪から、ふとかすめた甘い匂い。

・・・・知っている匂い?

「楊ゼン・・・・?」

楊ゼンが振り返る。
涼やかな眼差し。

「はい、師匠」

あえかな香はもうすでになく。
玉鼎真人は曖昧に笑った。

「いや、なんでもない。・・・・気をつけてな」

「?・・・じゃあ、行ってきます」

元始天尊の用向きだという楊ゼンを見送って、玉鼎真人は腑に落ちない表情で腕を組む。
最近楊ゼンは外出が多い。
封神計画のこともあるのだろう。
でも、何かが気にかかる。
そして、唐突に気付いた。

「・・・あれは、竜吉公主の匂いだ・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

七日目は、白い霞が立ちこめる雨の降る午後。

 

楊ゼンは後ろから公主を抱きすくめた。
弱いと知っていて、その耳に舌を絡ませる。
思った通りの反応。
肩を震わせ、甘い溜め息をこぼす。

「今日は・・・・ダメ」

「どうして?」

「こんなに続けてでは・・・おぬしが壊れてしまう」

「まさか」

公主が身をよじって楊ゼンの顔を見た。
そして手をのばして頬に触れる。

「だって疲れた顔をしている」

「それは寝不足だからです」

「じゃあ大人しく眠るのじゃ」

「だったら二人で寝ましょう」

「それは『寝る』の意味が違う」

「同じですよ――――僕にとっては」

そう言って公主の唇をふさいだ。
キスするといつだって彼女は大人しくなる。
そのこわばった身体から力がぬけ、ふにゃふにゃになって、こちらの思い通りになる。

ほら、今日だって―――――

 

 

 

 

 

 

十日目は満月の夜。

十一日目は新月の明け方。

十二日目は・・・・・

 

 

 

 

 

 

筋トレするやったらさわやかな仙人と、青い顔をした道士。

「めずらしいこともあるもんだなあ。楊ゼン君が筋トレしたいだなんて」

「なんだか最近体力落ちぎみで・・・・」

「よっしゃ、じゃあ手始めに腕立て伏せを一万回っ」

「げっ、一万回ですか、道徳真君様」

げっ、などという美形キャラにあるまじき感嘆符をはいて、楊ゼンは渋々腕立ての体勢にはいる。
と思ったら、そのまま倒れた。

「おいおいおい、楊ゼン君、平気かい?」

「平気ですっ」

ものすごい形相で楊ゼンが起き上がる。

「単なる立ちくらみですからっ!! 腕立ての一万や二万、なんてことないです!!」

声だけはいさましく、しかしフラフラとおぼつかない足取りで、楊ゼン、足をはずして立っていた浮き岩から落下。

 

 

 

 

 

 

そして十五日目。

やっと気付く。
もう自分は彼女から離れられない。

 

儚い横顔、感じた時の抑えた喘ぎ声。
そればかりを一日中思い描く。

 

やさしくはじく爪の桜色。細い細い腰のくびれ。
抱きすくめた時の正体のない柔らかさ。
白い肌に点々と残る、自分がつけた跡。

 

忘れられない。

離れられない。

一度味わってしまったら。

 

 

 

 

 

 

 

「公主・・・・公主・・・・・」

裸の腰にすがりつくように抱きついてそこにキスをする。何度も。
この肌に触れている時だけ生きているような気がする。
公主はやさしく微笑んで楊ゼンの髪に手をおいた。

「楊ゼン・・・」

「公主・・・」

呼び合う名前。

 

そこに、心はあるの?

 

 

 

 

 

 

 

顔を突きあわす白ツルと玉鼎真人。
玉鼎真人のほうは随分と青い顔をしている。

「やっぱり・・・・・」

「んー、でも美男美女でお似合いなんじゃないですか? 玉鼎真人様」

対する白ツルは驚いてはいるものの割りと呑気。
楊ゼンの様子をいぶかしむ玉鼎真人が白ツルに尾行を頼み、
そして白ツルが鳳凰山からほっかむりで顔をかくして出てくる楊ゼンを目撃した、というわけだ。

「いやー、あのほっかむりには笑いました。いいモノ見ましたよ、はっはっはっ・・・うぐうっ」

笑い声の後半は、玉鼎真人に首を絞められたうめき声に変わる。

「楊ゼンが、楊ゼンが、楊ゼンがあぶないんだよっ! 白ツル!」

「げほっげほっげほっ・・・何するんですかっ」

「私は途中で気付いたんだっ。そして鋼の理性で振り切った。だからこんだけの被害ですんだんだっ」

「は? 被害?」

「被害者は私だけではない・・・・しかし皆、それぞれまあいい思いはしたし、なんてったってあの人が怖いから・・・黙ってるんだ」

「あの人って誰ですか」

「竜吉公主だよ」

 

 

 

 

 

 

 

太公望と楊ゼンが向き合っている。
静かな部屋。
二人で細かな進軍計画の打ちあわせ。
そこに鳴り響くポケベルの音。

「あ、僕です」

ポケットから取り出したポケベルを見た楊ゼンの鼻の穴が一瞬膨らむ。

――――サビシイノ。ハヤクキテ。リュウキツ

そしてなぜか汗を浮かべ、うさんくさいほど爽やかな笑顔で太公望に向き直る。

「師叔、用事が出来ました! ちょっと出てきます!」

「・・・・おぬし、イヤな汗かいてるぞ?」

「なんだかこの部屋が暑くてっ」

「隈ができとる」

「寝不足なんです」

そそくさと足取りも軽く楊ゼンがドアに向かう。
その髪を太公望がつかんでひきとめる。

「あたたっ」

「楊ゼン、白髪だ!」

ぶつりと抜いた十本ほどの髪を太公望が楊ゼンに示す。

「何でそんなに抜くんですかっ」

「ほら、これ。一本だけだが確かに白いぞ」

「あ、本当だ・・・・白いですねえ、確かに・・・ってこんなことしてる時間ないんです。行かなきゃっ」

隈があっても白髪があっても。
楊ゼンは止まらない。
鼻息荒く、今日も鳳凰山へと哮天犬をとばす。
残された太公望は一人で溜め息。

「あやつも見事にはまったな」

肩をすくめて天井を見る。
そして、今、ここにはいない美しい仙女に言葉を投げる。
遠い遠い崑崙でひっそりと笑っている、彼女へ。

「ほどほどにな、公主」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、元始天尊様があんなにジジイなのは・・・・全部竜吉公主に若さを吸い取られたせいってことですか?」

「元始天尊様だけじゃない。十二仙のジジイ二人組も、彼女にたらし込まれる前は崑崙で一、二を争う美男子だったんだよ」

「そしてあなたの目の下のシワも? 玉鼎真人様」

「う・・・まあ、そういうことだな」

「うっはあ。信じられませんよお。そんな」

「でも本当にそうなんだよ! 白ツルっ」

「ってことは、皆さんそろって竜吉公主の誘惑にはのったってことですね」

「私は二回だけだっ」

「そんなこと胸張って言われても・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

鏡の前に座った竜吉公主の髪を鋤きながら、赤雲がほうっと溜め息をつく。

「今さらながらですけど・・・公主様、本当にキレイ・・・。時がたつほどに、ますます美しくなっていくみたいです」

「ふふふ。これには秘訣があるのじゃよ。・・・・ああっ、そこじゃ、碧雲・・・そこそこっ・・・たまらんのう」

自分はお菓子をつまみながら、赤雲に髪を梳かさせ、碧雲に肩をもませている竜吉公主。

「おぬし達にもいずれ教えてやらねばな。鳳凰山に伝わる、宝貝以上の奇跡を生む秘術じゃっ!」

「まあ、楽しみ!」

 

このようにして、若さを吸い取る奇跡の術(?)は師から弟子、弟子からその弟子へと伝わっていく。
崑崙の男共はますます老け込んでいき、そして女達はますます美しく―――――

 

 

 

 

 

 

 

「公主・・・・」

「楊ゼン・・・」

絡む視線。
欲望にうるむ瞳。
指先がその肌に触れると・・・・

また、甘い夢がはじまる。

奈落の底に繋がる、甘い甘い夢。

でも、いいの。
いいんでしょう?

 

奈落の底だって、きっと甘いから―――――

 

 

 

 

 

 

 

 。 。 。 。 。 。 。 。

 

 

草子の後書き

や、やばい?
これ、むりやり書いた私の初裏小説なんだけど――――
やばすぎ?
え? これじゃ単なるエロ小説(しかもかなりウソ臭い)だって?
じゃあ正しい裏って何なのさ――――(笑)
しかもなぜ今さらポケベル?

すいません。ごめんなさい。反省してます(涙)
もし間違って読んでしまって気分悪くしてしまった方、申し訳ないです(平身低頭)

 

 

 

 

 もどる