Friends, Again




 初めて戦いたくない奴に会った。

『・・・たのむ』

 殺したいとは思えなかったけれど。
 自分がしてやれることが他に見つからなかった。

『おでを、殺し・・・』

 だから、殺した。
 俺が、殺した。









Friends, Again









「あら・・・?」
 目覚めて、見知らぬ天井に驚いた。
「おおっ、起きたか殷氏!」
 李靖が、嬉しそうに妻を覗きこむ。
 殷氏は、驚いて寝台から身を起こした。
「まあ、あなた、どうして?修行は?・・・ここはどこ?家じゃないわよね、私 どうしてここにいるの?」
 夫は、仙人界で修行をしていたはずだ。
「ここは、太乙真人さまの洞府だ。お前、何も覚えてないのか?」
 問われて、頬に手をあてて考える。
「確か、お洗濯物を乾そうと思って、外に出て―――・・・、そう、誰か知らない人がいた のよ。なんだかちょっと変わった人で、ナタクに会わせてくれるって言われて、それ から・・・」
 そこで記憶は途切れていた。
(・・・ナタクか・・・・・・)
 李靖はむぅっとした顔になる。
 そこで出てくる名が自分じゃなくてちょっと悔しい。
「うーん、そこまでしか覚えてないわ。私、どうしたのかしら・・・。あなた、 知ってるんでしょう?」
「んーあー・・・まあなー・・・」
 李靖は、妻に彼女が眠っている間の出来事を話した。
 自分があっさり捕まって、砂時計の中で死にかけた部分は除いて。



          ***



 趙公明の船での後味の悪い戦いの後、すぐ。
 太乙真人は、ナタクの修理を優先するために、李夫婦も連れて乾元山に戻っ た。

 ナタクの修理を終えた太乙真人は、ぐつぐつ煮立った野菜スープの味見を していた。
 もうすぐ日が暮れる。
 夕食の時間だった。
 李親子は、まだ金光洞にいる。
 殷氏が、眠っているからだ。
 目覚めたら、すぐに陳塘関まで送っていくつもりだ。
(ついでに、李靖も太公望のとこに送ってかないとな――
 そんなことを考えながら、おたまでもう一度ぐるぐるスープをかき混ぜ、コン ロの火を切った。
「仙人さま!」
(ええぇえぇっ・・・っ?!)
 突然、背後から聞こえた明るい声に心臓が跳ね上がった。
 慌てて身につけていた黒いギンガムチェックのエプロンを外す。
 エプロンは後ろ手に隠して、おたおたしながら振りかえった太乙真人の前に は、殷氏が立っていた。
 殷氏はにっこりと笑うと、深深と頭を下げた。
「夫に聞きました。とってもお世話になって・・・、ありがとうございました」
「あー、いや・・・その私はナタクの親でもあるから、別に当たり前のことだし ・・・」
 太乙真人はぶんぶんと片手を振って、なんだか言い訳がましくごにょごにょ口 の中で言う。
「おかげで、とっても助かりましたわ。・・・あら?」
 太乙真人の後ろにある鍋に気づいた殷氏は、ひょいと彼の後ろを覗き込んだ。
「お食事の支度をなさってたの?」
「え、あ、ま、まあ、ちょっとっ!」
 もう、終わったんだけどっっ!、と慌てて体をずらして鍋を隠す。
 なんだか恥ずかしかった。
「あら、残念だわ。お手伝いできたら良かったのに」
「え、そ、そそそう?」
 思いっきりどもりながら、太乙真人は顔がにやけるのを必死で押さえた。
 努力の甲斐もなく変な顔になっていたけど。
「よ、良かった、ら食べていってく、れたらいいよ。ナタク、と一緒に」
 言葉を区切る所がおかしかったが、殷氏は気にするでもなくにっこりと笑っ た。
「ありがとうございます。・・・・・・あ、ナタクはどこに?」
「ナタクなら、そっちの扉から出て、真っ直ぐ行った所にいるけど・・・」
 もう一度ぺこりと頭を下げて、殷氏は彼が示した扉から出ていった。


 あっさりと去って行く後姿に、太乙真人なんだか肩を落としてしま う。
 1人で慌てたり浮かれたり、なんだか情けない。
「わかってるんだけどさ・・・」
 だって、人の奥さんだし。
 そんなのわかってるから、諦めてるし。
 ナタクの親に彼女を選んだのは、まあ未練がましかったけど。
(ナタクは、私の子供でもあるからさ・・・)
 切なくて情けない。
 でも、ちょっとだけ嬉しかった。



          ***



 真っ赤な夕焼けに、あたりは強いオレンジに輝いていた。
 東の空には、すでに瑠璃色の夜が顔を覗かせている。
 もうすぐ、最初の星が光り出すグラデーションの空の下で。
 息子の髪は、燃えるように赤かった。
「ナタク?」
 後ろで手を組んで、前かがみに息子の顔を覗き込んだ。
 そして、いつものようににっこりと笑う。
 ナタクは目を見開いて、母の顔を見た。
「・・・母上」
「お母さん、隣に座っていい?」
 こくん、とナタクは黙って頷く。
 よいしょっ、と殷氏はナタクの隣に腰を下ろした。
 そして、息子の顔を真っ直ぐに見る。優しい眼で。
「どうしたの、ナタク?」
 ナタクは何か言おうと口を動かした。
 けれど言葉にならないらしく、母の顔から目をそらして、
―――なんでもない」
 とだけ言った。
「でもナタク、さみしそうよ?」
 優しく微笑んで小首を傾げ、顔を覗きこむ母。
 ナタクは、足元の雑草を見つめたまま、ぽつり、ぽつりと話し出した。
 考え考え、人より遥かに少ない語彙を総動員して。

 初めて会った戦いたくない相手のことを。

 話すことは苦手だから、ひどく時間がかかったけど。
 殷氏は、黙って最後まで話を聞いていた。





「そう・・・」
 殷氏は手を伸ばすと、そっと息子の頭を撫でた。
「とてもつらいことがあったのね」
 ただ、優しく息子の髪を撫でた。


    ―――そうだ、 つらかった。

    馬元は泣いていた。
    父親に好かれたかったと言って、泣いていた。
    だから、俺は馬元を殺した。

   『宝貝人間の証拠、見せろ・・・』

    俺と同じだったから。

   『1人じゃなかった・・・』

    ずっと1人だと思ってた。
    母上は大切だったけど。
    太公望たちが嫌いではなかったけど。

   『宝貝人間にも、魂は宿るのだな・・・』

    1人だと思ってた。


「ねぇ、ナタク、その子は笑ってた?」
 殷氏は穏やかに言葉を紡ぐ。
「その子は笑っていたでしょう?ありがとうって言ってくれたんでしょう?」


   『・・・ありがとう・・・』

    最期に助けてくれて。
    光に包まれて魂魄が飛ぶ、その直前。
    確かに。
    笑ってた。


「私もお礼を言わなきゃいけないわね」
 風が吹く。
 2人の足もとの、下草が揺れた。
「助けてくれて・・・そして、ナタクの友達になってくれて」
 星が瞬きだした空。
 もう、日はその朱色を西に僅かに残すだけ。
 ナタクは、大人しく髪を撫でられながら、呟く。
「俺も・・・言わなければいけない」


   『・・・ありがとう・・・』


「母上を・・・あいつは返してくれた」
 ナタクの言葉に、殷氏は目を細めて、笑みを浮かべる。
「ねぇ、ナタク」
 優しい言葉が零れる。
「人はね、死んでしまっても、また生まれ変わるんですって。輪廻って言うそう よ」
 命は巡るという。
 魂がある限り、繰り返し生まれ変わる。 
「だから、いつか、その子にも会えるわ」
 たとえ、覚えてはいなくても。
 また会うことはできる。
「その子に会ったら、またお友達になれるわ」


    ―――『友 達』。


「お母さんも会いたいわ。ナタクのお友達に」


    友達、だった。
    1人ではないとわかったから。
    同じだったから。


「よく頑張ったわね、ナタク」
 そう言ってふんわり微笑み、殷氏はぎゅっと我が子を抱きしめた。
 心に負った傷は、最後には自分で癒さなければいけない。
 自分しか癒せない。
 けれど、それを手伝うことはできる。
 傷ついた心に手を差し伸べて、労って、背中を押してやることはできる。
 彼女は、そのために必要なことを知っていた。
 だから、優しく愛情を込めて、愛しい子供を抱きしめる。



 母親の腕に抱かれて、ナタクは少しだけ涙を流した。




−終−



−言い訳(・・・)−
 ほんっとーに遅くなって すいませんでした・・・(汗)。
 20000HIT祝いとか言ってたのに・・・。すでに45000過ぎてる・・・。
 頑張って、乙→殷っぽくしてみましたー。

 馬元と戦った「人間の証明」はすごく好きな話の一つなのです。
 ラストが、すごくね・・・切なかった(『そうか・・・宝貝人間にも魂は宿る のだな・・・』がっっ)。
 封神台に入っちゃったら輪廻の輪からは外れるんだけど(^^;)。
 せめて馬元が封神台の中では幸せだといいな。

 タイトル、奇妙な英語・・・ですな・・・。