ちょー公明 ―第二章―
「あーあ、あたし、もう一回あの白くてふかふかのモコモコな仔に乗りたーい。ねー楊ゼン、あの仔出してよ」
自分を運んでくれている、栗毛の馬のたてがみを撫でながら、蝉玉が甘えた声を出した。
「お父上に見つかってもいいんですか?」
「パパはそーゆーの、わかんないわよ。仙道じゃないもの」
楊ゼンはちょっとため息をついてみせ、
「あなたを連れ戻しに来た時、お父上は3回目に道士を同行させていたでしょう。たいして力も持っていませんでしたが、あの男の探査能力だけはなかなか秀でていました。あの男がまだいるとしたら、宝貝を使うのは非常に危険です。すぐ発見されてしまいますよ」
「んー、そっか、そうね」
「僕の力を持ってすれば、あなたのお父上がいくら大軍を率いて来ようとも蹴散らすことは簡単です。しかし――――」
楊ゼンは言葉を止める。脳裏に、かつてトウ九公を追い返した時のことが浮かんできた。
3回続けて襲撃されたとき、モグラだった楊ゼンはスマートとは言えない追い出し方しかできなかった。その結果、楊ゼンもトウ九公も、痛み分けの形で引き下がるしかなかったのだ。蝉玉は必死で楊ゼンの看病をしていたが、ふと手が空いたときなど、涙ぐみながら父親の写真を見ていたものだった。
蝉玉を裏表のない脳天気な娘としか思っていなかったから、楊ゼンはその姿をひどく痛々しく思った。
「お父上が傷つくのは、あなたも嬉しくないでしょう?」
蝉玉は無言のまま、じっと楊ゼンを見つめた。そしてはにかむように微笑んだ。
「ありがと、パパのこと、気遣ってくれて」
楊ゼンも、思わずつられて笑い返す。
『やっぱり、彼女は笑っているときが一番かわいい』
そう思ってから、彼女に惹かれつつある自分を発見して、彼はうろたえた。遠いふるさとにいる本命に、心の中で謝りながら。
旅を始めてから一ヶ月ほどたった頃、二人は少し大きめの町で宿をとった。
とりあえず、野宿以外の時は、できることならその土地の名物料理を食べようと決めていたので、メニューはろくに見ず、
「「名物料理を適当に二人前」」
と異口同音に注文して待っていた。
なにを作っているのかわからないが、ひどく時間がかかっている。二人より後に来た者でも、さっさと食べて出ていってしまったのが数人いた。これだけ時間がかかると、期待よりもいやな予感の方が勝ってくる。
蝉玉は待ちきれず、追加注文して先に一品持ってきてもらうことにした。
「・・・食事の前にデザート食べますか、普通?」
「いーじゃない、なかなか料理来そうにないしおなか空いてるし。あ、ちょっと分けてあげようか?」
「・・・・・・結構です」
げんなりした顔の楊ゼンの前で、蝉玉はおいしそうにななめ切りのバナナを口に入れた。彼女は花瓶サイズの器を抱えるようにしてトロピカルバナナサンデーを食べていたが、意外にも誰も注視していなかった。
この町では、大食らいが珍しくないらしい。
蝉玉が半分を平らげた頃、やっと食事が運ばれてきた。かなりふくよかな、人のいい顔をした女将が、彼女の横幅と同じくらいのトレイに料理をのせてはこんできた。
パンにサラダ、ミルクあたりは普通に見えるが、スープがかなり目を引いた。中くらいの鍋に入ったそれは、今まで嗅いだことのない、不思議なにおいを出している。
二人とも、真っ先にスープに手を伸ばした。
「あら、なんだかこってりした味ねぇ」
「甘いようでいて、ぴりりと舌にくるのが飽きさせませんね」
「きっとブルーリーの実が入ってるのよ」
「女将さん、このスープは何ですか?」
「ヒドラ卵スープですよ」
「「ぶふー!!!」」
二人は同時に吹き出した。
宿の女将は不愉快な顔になった。が、相手が美男美女で、おまけに金持ちそうな身なりをしていたから、文句は抑えて、申し訳なさそうに言った。
「あのぅ、材料は新鮮ですし、コックもこんな田舎にしちゃあいい腕なんですが・・・そんなにまずかったんですか?」
「いえ、とても美味しいです。ですが・・・」
「ちょっと、材料が意外だったから。ごめんなさいね、吹き出しちゃって」
「まあ、注文する前に聞いていても、吹き出すお客さんはいますけどねぇ。ヒドラ料理は、この町じゃ祭りの時には必ず出てくる由緒正しいものなんですよ。その昔、この村は凶暴なヒドラに苦しんでおりまして――――」
それから、女将の話は村祭りの起源である、ヒドラ退治にまつわる400年の歴史を語り始めた。途中で近所のひいじいさんが首長の曾孫の従兄弟の息子で・・・とか関係のなさそうな話も入り、30分たってもまだまだ終わりそうにない。聞いているうちに眠気がおそってきて、楊ゼンも蝉玉も、いつしかテーブルに突っ伏していた。
――――恐るべし、おしゃべり好きの主婦。
目を開くと、豪華な天蓋があった。こんなものがある、いい宿に泊まった覚えはない。
「いつの間にベッドが変わったのかしら・・・」
蝉玉が身を起こすと、はかったかのように扉が開いた。タキシードを着て、髪をきちんと後ろに流した青年が、銀の盆を持って立っている。盆の上に小さい水差しが乗っているのをみて、蝉玉は唐突に喉の渇きを覚えた。
「あ、お目覚めになったんですね!ご気分はいかがですか?」
ハキハキとした大声に耳を直撃されて、蝉玉は頭痛がした。
「もっと小さい声で話してくれたら、とてもいいわ。ところで、ここはどこかしら?」
執事らしき青年が小声で――――といっても、蝉玉にしてみれば普通の大きさだが――――説明してくれたところによると、今寝ている宿は、次に行く予定だった町の高級旅館だった。
「すぐ主を呼んで参りますので、お待ちください」
一方的に話すと、彼はあっという間に立ち去ってしまった。――――水差しを持ったまま。
「水飲みたかったのに・・・」
仕方なく、蝉玉は暇つぶしに部屋の中を見渡した。
「なーんか、派手ね・・・」
全体的に淡い紅色でまとめられ、要所要所には鮮やかな赤と、可憐なピンクが配してある。一見無地に見えるが、よく見ると同色の糸でオニユリの刺繍がしてあり、手のこんだものだということがわかる。
「うっわ、シュミ悪ぅー」
げんなりしつつベッドから降りたところで、ノックの音がした。
「入っても良いかな?」
聞いたくせに蝉玉の返事も待たず、男が入り込んできた。その無礼っぷりに彼女は一瞬眉をつり上げたが、にこやかに近づいてきた男の風貌を確認した途端、令嬢にあるまじき、うげっという声を出して大口を開けてしまった。
額に大きな黒子(?)があるのが特徴だが、あとは特に変わったところもない。
一見優男風だが、広い肩と厚めの胸板、太い腕などを見れば、実は偉丈夫と言ってもいい体格であることがわかる。
男は良質の絹を使ってはいるが、動きやすくシンプルにデザインされた旅装をまとっており、ちょっと見、どこの町にも一人はいそうな好青年であった。
しかし、彼を見た蝉玉は冷や汗を流して青ざめ、
「劉環・・・これは一体どういうこと?あたしに何かしたんじゃないでしょうね」
質問しつつ、さりげなく五光石の在処を確かめた。大丈夫、ちゃんとある。
「ああ、大丈夫だよ、蝉玉さん。愛し合っているとはいえ、まだ僕たちは正式に夫婦になった訳じゃないからね。君の白雪のような肌に、僕が無断で触れるはずがないだろう?」
頬を染め、何故かカッコつけて髪を掻き上げる。
『・・・こいつ、こぉーゆぅー変なヤツだっけ?』
劉環は蝉玉と同じ金鰲島出身の道士である。師は違うが、顔をあわせる機会は多かった。
劉環が蝉玉を追っかけ回していたのである。妖怪仙人達からは「お似合いだな」「三強の一人を師に持つ劉環が好いてくれてるんだ。光栄だろ?」などとからかわれたものだった。
しかし、実体はそんなリリカルでラブラブなものではなく、劉環は告白もせず、ひたすら陰から蝉玉を見守り続けていた。要するに、ストーカーである。たまに、なにか溜まっていたものが吹き出した、という感じでわざと蝉玉に危害を加え、わざとらしく助けに入って恩を売ろうとすることもあったが、キザったらしいことをしたことはない。
かつての経験から、何か嫌なこと(のぞきとか、さりげなく運ぶふりして体に触るとか)をされたのではないか、という予感がした。だから、おそるおそる劉環に聞いてみる。
「南の町で夕食を取ってからの記憶がないんだけど、どういうことになってココに運ばれてきたか、説明してくれない?」
五光石を投げられるよう、さりげなく蝉玉は位置を変えた。
「蝉玉さんの泊まった宿に、ブルーリーの実を送ったんだ。睡眠効果があるけど、ちょっとした隠し味に使うと美味しいんだよ」
劉環は悪びれもせずにあっけらかんと説明した。
「――――ずいぶんと卑怯な手を使ってくれたわね。今までも嫌いだったけど、今回ので思いっきり見損なったわ!」
「卑怯なんてとんでもない。これは自分の気持ちに素直になれない、君のために用意した愛の媚薬なんだから――――」
穏やかな口調だった。
しかし、蝉玉は、今まで感じたことのない不安感に、思わずあとじさっていた。
ぴとぴと、と頬をつつかれる感触。頭が重たかったが、いい加減に鬱陶しくなって目を覚ました。
身じろぎすると、自分をつついていた者の気配が遠ざかる。
「やあ、目が覚めたかい?」
不気味な低音の笑い声がして、楊ゼンは驚いて跳ね起きた。
なんとなく薄汚れた、元は白かったであろう服を着た男が、何かをいじっている。
暗闇に目が慣れてくると、懐かしい顔が見えた。
「雲中子さま・・・」
会った途端に苦い顔になるはずの相手も、二年ぶりともあればやはり懐かしく、嬉しかった。
「お久しぶりで――――」
「あ、ちょっと待ってね」
再会を喜ぼうとする楊ゼンの言葉を無情にさえぎり、雲中子は懐から小さいメモ用紙のようなものと試験管を取り出した。
「この結果は予想3に近いなぁ。じゃあ、仕上げはNo.103か」
1ダースほどある試験管。その中から一つ選び出し、雲中子は煙の吹き出ている中心へ注いだ。
イヤな予感がして、楊ゼンはバリアを張るとともに身を伏せた。
『ゴゴゴゴゴ・・・・・・』
地鳴りのような音がして、床が振動を始める。
『グゴワッ!!!』
ものすごい音がすると煙が吹き飛ばされ、雲中子の足下から一気になにかが膨張した。それは壁にぶつかっても勢いを止めず、そのまま建物を壊して外へ飛び出したようだった。
100以上数えて、やっと壁やら天井が壊れる音が静まり、煙が落ち着いてきた。と、今度は瓦礫が降り注いできて、また視界は白く濁ってしまう。
「すぐにバリアを解かなくてよかった」
雲中子がちょっと気になったが、自業自得だ、と、放っておくことにした。まったく、何年経っても変わらない、訳の分からない人である。
瓦礫は後から後から降ってくる。今度は200くらい数えてみよう、と彼は思った。
さりげなく、劉環に近づかれないよう移動しつつ、蝉玉は言い切った。
「あたしはあんたのこと好きだなんて言った覚えはないわよ!!」
「はっはっは!困った人だなぁ、蝉玉さんは。そうやって僕を焦らして・・・ニクイ人だ」
切れて襲いかかってくるかと思ったが、余裕の表情だ。どうやら、とことん鈍い男らしい。
「・・・ほんっとうにうっとうしいわね」
「は?」
劉環はきょとんとした。その幸せそうなマヌケ顔に腹を立てて、蝉玉はビシッと言い放つ。
「あたしは、ハニーしか眼中にないのよ!!もう身も心も捧げちゃってるんだから、人んちの家庭をかき回さないでよね!!
」
劉環の動きが止まった。
「・・・今のは、ちょっとひどいな。いくら俺が寛大でも、限界ってものがあるんだよ、蝉玉」
劉環の目が、すうっと細くなった。
「ちょっと荒っぽいけど、君の口を滑らかにしてあげるよ」
劉環は目をすわらせたまま、蝉玉に近寄った。笑みは、かすかにしか残っていない。
「い、いや・・・来ないで」
貞操の危機を感じ取り、蝉玉は宝貝を取りだして構える。
が、蝉玉の予想を裏切り、劉環の背後から炎の鳥が現れた。
「お・し・お・きvだよ、蝉玉さん」
「なっ、なに考えてんのよー!!この視界狭窄男ー!!こんな木造の狭い部屋でそんなもん出したら――――」
蝉玉の言葉が終わる前に、最悪の予想が当たった。燃えやすそうなひらひらした布きれにまず火がつき、あっという間に炎は燃え広がった。
「イヤー!!熱いー!!!!」
錯乱した蝉玉の五光石が、廊下側の壁を突き破った。
「しまった、反対だったわ・・・」
廊下側から、他の部屋の宿泊客や、階下の人々の騒動が聞こえてくる。
「今度は失敗しないように・・・」
蝉玉は反対方向に向かって大きく振りかぶった。と、いきなり高く上げた足先を捕まれ、バランスをとることに精一杯になってしまった。
「駄目じゃないか、蝉玉。配下のものを無闇に殺してしまうなんて、姫のやることじゃないよ」
「離してよっ、このスケベ!変態!ストーカー!!闇鍋!!!」
「うーん、最後のヤミナベはよくわからないけど、蝉玉、仮にも清廉であるべき道士が、そんな下々の悪い言葉を使っちゃいけないよ」
劉環の顔に、朗らかな笑顔が戻りつつあった。
「さあ、今のうちに謝ってしまいなよ。俺もちゃんと許してあげるからさ」
蝉玉は劉環を睨み付け、ギリリと唇を噛み締めた。と、その視界からいきなり劉環が消える。
いや、劉環が消えたというより、視界が白い光でおおわれ、目がくらんだのだ。
目の痛みが薄れ、熱さを感じる余裕が戻ってくると、劉環の手の感触も消えていることに気がついた。目を開いてもぼんやりとしか見えなかったが、見えるところには劉環がいない。どこに行ったか確かめる間もなく、蝉玉は誰かに腕を引かれて外に運び出された。抗うような隙はなかった。
新鮮な空気を吸い込んだところで、腕を引いていた人物が口を開いた。
「心配するな。あの男は瀕死だ。あの若造の目が届かないところまで誘導してやろう。ついて来るがいい」
愛想のない言い方だったが、柔らかな、母のような声音に安心して、蝉玉はまだ暗闇に慣れていない目をこすりつつ走った。
『楊ゼン、大丈夫かな・・・』
背後で崩れ落ちる音が聞こえたが、全く気にしなかった。今はただ、青い髪の青年の事しか考えられなかった。
牢屋が半壊した後に残っていたのは、バリアを張っていて全くの無傷だった楊ゼンと、高さ3メートルの薄紫色の物体だった。目玉が一つ、ゼリー状の本体に埋まっており、長さの違う数本の触手が放射状に首の回りに広がって蠢いている。細かいところを除けば、形状はナメクジに似ている。
そのナマモノの後ろから、すっきりした顔の雲中子が出てきて、楊ゼンは胸ぐらをひっつかむようにして隅に運び、詰問した。
「雲中子さま、これは何です!?」
「え、これ、さっき君を起こしただろう?覚えてないの?」
「うぐっ・・・では、あの頬をつついていた感触は・・・・・・」
「そう、これの触手だよ」
「グゲボボボ」
ゼリーのように透き通ったナマモノは、触手を揺らして嬉しそうに笑った。
「さ、邪魔な壁も消えたことだし、これに乗って逃げないかい?」
「・・・逃げるという発想が日常的なようですね。今までどんなひどいことをしても非道い事をしたという自覚がなくて、被害者から逃げずにとくに雷震子にはこてんぱんにやられていたっていうのに。どうしたんです?――――まさか、方々で騒ぎを起こして、そのたびに捕まってはこんなやり方で脱走してたんですか?」
「いやあ、まったくその通り」
にこやかに告げる雲中子に切れ、楊ゼンは胸ぐらを掴んでいた手を思いっきり揺さぶった。
「あなたって人はっ!崑崙の名前まで出してたんじゃないでしょうねっ!!」
「ああ、出してないけど・・・でも身元調べられちゃったからねぇ。宝貝とか勝手に調べられて」
「ぅうんちゅうしさまあああ!!!」
存分に雲中子をシェイクしきって息も切れたところで、楊ゼンはピタッと動きを止めた。まったくダメージを受けていない雲中子が、まったくプレッシャのない調子で言う。
「はっはっは、これで重罪のお尋ね者だねぇ」
「僕まで巻き込まないでください!!」
楊ゼンの叫びもむなしく、雲中子にナマモノの背に引き上げられて、二人は牢屋を後にすることになった。
楊ゼンはもう、言い返す気力もない。
ただ、激しく上下する視界――――ナマモノはジャンプしながら移動している――――に、希望の星をさがすので精一杯だった。
劉環は瀕死の状態で、持ってきていた簡易テントに運ばれた。宿は跡形もなく燃え尽きてしまったし、いくら道士とはいえ、こんな騒ぎを起こすような客は、他のどの宿も受け入れなかったのである。
執事の青年がばたばたと荒々しく看病しているところへ、サッと風が吹き込んできた。ささやかな風の音は、誰かがテントに入り込んで来たことを告げたが、まだ執事は気がつかなかった。
闖入者は勢いよく回転してベッド際でぴたり、と止まった。
ユリの香りが、容赦なく充満して気分が悪くなる。執事の青年は動じなかったが、他の従者がすべて倒れてしまった。執事の青年は、もうとっくに匂いの嗅ぎすぎで麻痺していたからである。決していい香りだと思っていたわけではない。
男はまだ若い。20代後半といったところだろうか。彼は金色の巻き毛をほとんど後ろに流し、わずかに前髪をたらしていた。その、金のヴェールに囲まれたかのような秀でた額の下には、くっきりと濃ゆい眉があった。まつげも4つ、5つはつけまつげしてるんじゃないかというくらい濃ゆい。きらびやかな衣装は青色で、手には空のワイングラスを持っている。
年末の美川憲一でなければ、この格好はにしきのあきらだ。
「はっはっは!どうやら手ひどくやられたようだね!劉環!!」
「趙公明さま!」
がばっと劉環が跳ね起き、礼をしようとした。が、すぐに痛みに顔を引きつらせ、ベッドに逆戻りする。
「劉環!君は僕の雇い主、王子なのだから、もうちょっと堂々としていたまえ!!これではまるで僕の方が王者のようだよ!!」
『・・・・・・あんなに威張っておいて、今更だよなぁ』
執事は心の中でこっそりつぶやく。彼は倒れている従者達をも世話していた。
趙公明は執事の熱心さを誉めてから劉環に向き直り、アンニュイなため息をついた。
「あの宿は、あそこまで焼けてしまってはもう復活も難しいだろうね。せっかく僕がデザインしたのに、残念だよ」
「申し訳ありません、趙公明さま」
「まあいいよ、君も無事だったことだし。それにしても、僕が聞いていたのとだいぶ違うね。君のフィアンセは可憐でか弱いレディではなかったかな?」
劉環はぐっと言葉に詰まってうつむいた。彼に代わって執事が言う。
「劉環さまはスパイさ・・・いえ、蝉玉さまにやられたんじゃないんです。僕が宿の人たちを救助していたときに見たんですが、外にいた人が大きな鏡から光をだして宿を壊しちゃったんです。たぶん、劉環さまもそのときに・・・」
「なるほど、君はその襲撃者の姿を見たのかね?」
「はい!緑のとんがり帽子をかぶって、緑の長いマントをきた、ハ○ーン・○ーンみたいな髪型の未確認浮遊人物でした!!」
「浮遊?フム・・・劉環、君のフィアンセには頼もしい護衛がついたようだよ。君一人では無理だろうから、僕も力を貸してあげよう!!!」
ハッと顔を上げ、劉環は痛みを押して立ち上がった。
「趙公明さま!!俺にだってプライドがあります!!俺一人で片を付けますよ!!!」
「しかしね、君には護衛などとと戦う以前に、大事な義務があるだろう?」
「彼女を取り戻すには、邪魔したヤツを消すしかないでしょう!!!!」
「ノンノンノン!!落ち着きたまえ、劉環。彼女を取り戻すことに必要なこと・・・それはただ一つ、君の愛を伝えることさ!」
「え!?お言葉ですが、趙公明さま、彼女と僕は相思相愛ですよ」
「気持ちは一つでも、伝わらないことだってあるんだよ。相思相愛、という言葉に甘えてはいけない。劉環、僕が思うに、君は押しが強すぎるのではないかな?」
「え?」
「ことわざにもあるだろう『押してだめなら引いてみよ』とね。女性の心は繊細だ。優しくされたいときもあれば、強引にせまってほしいときもある。彼女はおてんばだが、本当はロマンチストではないのかな?もっとムードをあげて、ゆっくりと近づいてあげなくては!!!」
「そうか・・・そうですね、公明さま!!俺、もう一度アタックしてみます!!」
熱き師弟は、ガシッと手を組んだ。
太鼓持ちのバイトをしていたこともある執事の撒いた花びらが、タイミングぴったりに二人に降り注ぐ。
前途は祝福に満ちているかのようだった。