師叔は旅をしていた。
 

闇の中に公主を想う。


どんなに近づいても混じりあうことのない肌を隔てて、閉じ込められた赤い流れが脈打つ。
指先から腕、うなじから瞳へ、雪の上に斑点が落ちていく。

形あるものはやがて失われる。熱い記憶もまた薄らいでいく。
それでようやく生きていられるほど賢すぎ、また愚かな心は、体の中の熱のありかを確かめ、解き放たれた心を確かめ、なおもっと近くにありたい想いを昂ぶらせて、確かめようもない明日の心までも見つけようとする。

大きく口を開け、ゆっくりと息を吸い、吐く。吐息は次第に深く早くなり、押し殺した声が心を開いていく。
激しく突き上げる感情が、抱きしめることのできない影を求めるように、繰り返し繰り返し体を吹き抜ける。

聞き取ることのできない言葉を、瞬時に理解する時が訪れる。
風は止み、潮は引き、熱は去る。
形は意味を和らげ溶解する。
深い眠り。小さな死が包み込む。



その朝、師叔は初めて知るだろう。

今までの想いは何だったのだろうか。
こんなにも、深く豊かな世界を前に、ただ歩きつづけていたのだ。




逢ひみての 後の心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり














もう、ため息が出てしまいます。こういう、表現の仕方があるのですね。
感情というものの深さとか尊さとか、激しさとか。こんなふうに表せたら、と思います。
激しくもあるのに、全てを包み込む大きな夜のような。
「朝」ですね。乗り越えた朝。
うーん・・・あまりに文章が素晴らしいので、何度も読み返してしまう・・・・
感動しました。本当に。(草子)




もどる