†赤い月†

 

 

やっと

やっと 会いにゆける

 

それは限りなく、何かに似てる。

 

赤い月。いっそ禍々しい程に赤く染まった月。
少し、心がざわめく。

 

 

赤い月

 

 

 

皆が寝静まった深夜。

重低音を響かせて、夜を往く崑侖山2。
(・・・このネーミングセンスどうにかならないものかと蝉玉は常々思っている)
昼間とは打って変わって静まり返っている廊下を、何処へ行くともなく蝉玉は歩いていた。

つい先日。
この山の製作者であり操縦者の太乙真人が過労で倒れ、操縦者を失ったこの山は墜落していて。
・・・よく全員無事でいれたものだ、とは思うが。
そんなわけで予定よりも、もう一ヶ月以上、行程が遅れている。

(なんて事ない顔してるけどね。あいつ)

ふと、思い出す。

きっと心中穏やかでは無いはず、だ。

 

「何やっておるのだ。おぬし」

「うっひゃあっ!」

思わず悲鳴を上げる。タイミングが良過ぎだ。どきどきする胸を押さえながら振り返った。

月明かりのみに照らされた廊下の先。

そこに、呆れた顔をして、立っていた。
全く持って憎たらしい。

「そこまで驚かんでも・・・さては、何かやましい事でも考えておったのではないか?」
「う、うっさいわね!あたしはデリケェトなのよ!か弱い乙女なんだから」
「・・・・・まあいいが」
澄ました顔で明後日の方向を向く。
蝉玉は、ぐぐぐ、と拳を握って怒りを押さえる。
「眠れんのか?」
ふ、と。彼は呟いた。顔は明後日を向いたまま。
「・・・まぁね」
「ふむ」

そして、しばらくして。
思い付いた様に蝉玉を振り返って言った。

「ならば眠れるまで、茶でも飲むか?」

 

 

「ほれ」
目の前に湯気の立つ湯のみが置かれる。
(「ほれ」って・・・)
なんだかなあ、と思いながらも礼を言って、蝉玉は湯のみを両手で包む。
手のひらから伝わる暖かさに、知らず、息がもれる。
何処に行っても、相変わらず、書物に埋もれた部屋。
「もしかしてあんた、今までずっと本読んでたの?」
すぐ側にあった分厚い本を、見るでもなくぱらぱらとめくりながら、呆れたように言う。
まぁな、と言う返事に蝉玉は盛大にため息をついてやる。
「ひとにあんだけ『身体を休めておけよ!』なぁんて言っておいて?」
「眠れんのだから仕方なかろうよ」
ずずぅっと茶をすする。
「・・・子供じゃあるまいし」
聞こえないようにぼそっと言ったつもりが。
「大きなお世話」
・・・・・やり返された。えらい地獄耳である。

「ふ、ん」
茶をすすりながら、蝉玉は上目遣いに太公望を見る。
「何」
気付いて太公望も顔をあげる。
「遅れてイライラしてんじゃないかと思ってた。けどそうでもないみたいね」
「子供かわしは」
「さっきは認めたくせに」
「それとこれとは別」
「同じよ」

そこまで言い合って。そして、二人同時に黙り込む。

しばし、茶をすする音だけが響き。
ぽつり、と蝉玉が呟いた。

「・・・・・長かった?」

「・・・まぁ、な」

 

言葉もなく、ただ茶をすする音だけが穏やかに響く。

そうして。

蝉玉は、ぬるくなった茶を大事そうに飲み干した。
ごちそうさま、と湯のみをお盆にのせて。席を立つ。

「おやすみ。お茶ありがとうね」

微笑んで、出ていった。 

 

太公望は、蝉玉に出した湯のみを片付け、ふと外を見る。
まだ、あの赤い月は、煌々と自分を照らしている。

「やはり似ておるのう・・・」

赤くて 美しくて 妖しくて 儚げ

焦がれて、ずっと追い求めて来た、あの女を。
思い出して眠れないなんて、絶対言えない。・・・言わない。

この想いは、何かに似ている。

つよく、はげしい、何かに。

「やっと、ここまで来たよ」

 

名前は、呼ばない。