〜愛、あふれて〜
振動し続ける飛行物体の中で、彼女はふと目を覚ました。
まだ暗い。この機体はまだ太陽に追い付かない。
彼女の隣には、未だ深い眠りに就いている大切な人がいる。
その彼が、言葉にならない声を漏らし、顔を緩く振って寝返りを打つ。
パタ、と布団からはみ出た手が、子どものように可愛らしい。
知らず、彼女は微笑んでいた。
昨夜のことが、まるで夢のようだと。
無防備にその幼い肢体を晒し、彼は眠っている。
纏った寝着は少し前がはだけ、薄い胸が規則的に上下しているのが解る。
昨夜、この男は。
彼女は僅かばかり頬を染める。
起こさないように細心の注意を払い、彼の朱い髪をそっと撫でる。
昨夜、この胸の上で。
己の回想を止めようと、彼女ははだけた前を、隠すように、布団を引き上げる。
気付けば己も寝乱れて、裾が露わになっていた。
彼が起きる前に気付いて良かった、と彼女は安堵する。
自分のみっともない姿を、これ以上この人の目に曝したくはなかった。
最も、もう手遅れなのかもしれない。
昨夜。
彼女は、己が最も愛する人へと、その体を初めて開いたのだ。
そして初めて知った。
愛する人は、成長過程の少年のままで時を止めていたけれど、彼は確かに、雄だった、と。
猛るように自分を求め、時に優しく名を呼び、時に強く追い詰めるようにして。
彼女は、半ば意識を失いさえした。
それでも彼は簡単に許してはくれず・・・初めてだというのに、何度も、何度も行為を交わした。
このような世界があったのだ、と彼女は恍惚とした。
この永い時、それを知らずにいた。
彼を知らないで今まで生きてきたことが、不思議だった。
名前を呼び合い、吐息を交わし、刹那を生きる人間のような行為を、繰り返した。
ああけれど。
彼女は表情を曇らせる。
これから彼は、一番最後の戦いへと、その身を投じるのだ。
大切な、戦い。
機体の振動は一定している。
一度ハプニングにより停滞したが、再び動き出してからは滞り無く目的地へと向かっている。
彼は戦地へと赴くのだ。
彼女はここまで付いてこられたことを、嬉しく思う。
これから何処まで付いていけるかを、不安に推し量りながら。
裾を引っ張って直しながら、もう一度彼の寝顔を見やる。
ああ、やはり愛おしい。
動いた布団に反応してか、彼の覚醒が間近なことを彼女は悟る。
硬質のガラスに、一点の光が灯る。
太陽に、追い付く。
彼が、目を覚ましてしまう。
ゆるゆると、瞼の内に瞬きをし。
一瞬不思議そうな表情で。
それからぱっちりと目を開く。
「・・・・・・何を見ておるのだ」
彼女の視線に、くすぐったそうに開いた目をまた細める。
「寝顔を」
短く答えると、彼女は微笑んだ。
「むー・・・。狡いぞ、儂だってお主の」
寝転がったまま、腕を伸ばし、彼女の肩にかかる髪を一房、手に取った。
そしてその髪に口付ける。
「寝顔とか、イロイロ見たかったのに」
クスクス、と悪戯っぽく笑う男に、彼女は怒るよりもまた、見惚れてしまう。
そのまま髪を遊ばせて、引かれるままに顔が近付いた。
「あっ・・・」
口付けだけで済まず、髪からうなじへと手が滑り込んでいく。
左の耳に、男の息がかかって、彼女は身を捩った。
「耳の後ろ、と」
わざとらしく囁いて。
もう一方の手が布団の中で怪しく蠢いた。
元通りに直した寝着の合わせから、手慣れた風に侵入して、内股に指が這う。
「ココ、と」
昨夜の情事が簡単に誘発され、彼女はもう一度「ああ」と声を漏らす。
「ちゃんと、覚えておる。お主の体も、儂の指も」
彼女は羞恥に涙を浮かべた。
眠っているときは本当に可愛らしい、稚(いとけな)い子どものようであるのに。
起きているときの彼は、こんなに意地悪だ。
けれど拒む術を、彼女は知らない。
「本当に可愛いよ、お主は」
なおも笑いながら、男は彼女の涙を指ですくう。
「そう、泣くでない。
離れ難いではないか。
・・・・・・もうすぐ、最終戦争だというのに」
光はガラスを覆い始める。
そろそろ起きなくてはいけない。
「この戦争が、終わったら」
彼女は祈るように呟いた。
「終わったら」
それだけに、男は頷き返した。
それは確たる約束ではなかったけれど。
乗り越えた先に生きるために、二人は今一度光を無視する。
大きく広げた布団の下へと児戯のように。
「愛しておる、よ」
昨夜と同じように、優しく。
行為の中で愛を囁くことに、微かな欺瞞を感じないでもなかった。
けれどその度に、彼女は答えてくれた。
「愛しておる・・・・・・・・・・・・ビーナス」
男の真摯な声に、彼女は美の女神に相応しい笑みで、頷いた。
fin
そ、そうですかあ・・・ハジメテなのに何度も何度もですかあ・・・(はあはあ)
私に画力があったらゼヒ漫画化したいです。ええ!!! 思わず感想書いちまった・・・(笑) by草子
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