Sweets




 

 








 ガラス張りの天井に目映い光が射しこむと、鳳凰山の2人に朝が訪れる。



「碧雲、起きて!」
 天井から透けて見える日は、既に高かった。
 赤雲は身体を揺らして碧雲の覚醒を促している。
 いつもなら、2人は修行に励んでいる時間なのだが。
「・・・う・・・・・・ん・・・」
「んもー、さっさと起きなさいよ。今日が何の日か忘れたの?」
「・・・わすれた・・・・・・」
 耳元で聞いてみても、それだけ呟いて碧雲はまた布団にもぐりこんでしまう。
「ちょっと!今日は公主さまがお出かけになるから、
 人間界のお団子食べに行こうって約束したじゃない。
 あんたが言い出したんでしょ」
「そ・・・だった・・・・・・?」
「そうそう、そうだったの。だから早く着替えて・・・わぁっ!」
 突然、赤雲の視界が反転して、空の透ける天井が見えた。
 その青を遮ったのは、碧雲の悪戯っぽい笑顔。
「ふふっ♪」
「碧雲っ」
 赤雲の細い腕を掴んでいたのは、これまた細い碧雲の腕。
 布団から碧雲もろとも抜け出そうとする赤雲に、碧雲はまわりの布団をめくりながら。
「まだ良いじゃない。一緒に寝ようよ。中、あったかいよ」
 その笑顔で言われると、断るわけにはいかなくなる。
「・・・・・・もぅ」
 少し明るめの溜め息と共に、赤雲は布団に潜りこんだ。
 部屋に置かれたシングルベッドは、細身の碧雲一人なら持て余すが、2人ではいると流石に狭い。
 別に寒さなんか感じないのに、抱き合うように身を寄せ合う。
 それから、どちらともなく空の透ける天井を見る。
 雲が流れるのが見える。
 夜になったら星が流れる。
 あおい空・・・ガラス張りで、手を伸ばしても届かない空。
 碧雲は言葉を、遠い言葉を思い出した。
「ねぇ・・・これ、知ってる?」
 窮屈な布団から顔だけを出して、碧雲が問う。
「『この空と、海と、太陽と、月が』」
 これは、呪文。
「『夜と、昼と、朝と、大地が』」
 大切な貴方への。
「『あなたを守りますように』」
 そう、貴方だけを。
「何?それ」
「公主さまに教えて頂いたの。呪文なんだって。何か、ステキじゃない?」
「そうかな」
 示された言葉の意味は知らない。
 ありふれた言葉の組み合わせで、それが呪文と呼ばれるだけで、一体何が起こるのか。
「何か・・・悲しいとは、思うけどね」
 赤雲が小さく呟いた。
「だって・・・それじゃあ、その呪文を言った人は、守られないじゃない」
「・・・・・・!」
「もしね、この呪文が呪文で、呪でまじないで、言葉通りに願いが叶うなら。
 願いが叶ってそれで碧雲が守られても、私は泣くと思うの」
「どうして?」
 少し、笑い飛ばすように聞き返してしまった。
 赤雲の涙を、誰よりも長く一緒にいる碧雲も見た事が無かったから。
「さて、どーしてでしょう?」
 おどけて答えてみせるけれど。
 本当は、答えは一つ。
 ──だって、私が消えちゃうもの──
 でもそれだけは、誰にも言わずに。
 肌を重ねたこの恋人にも。
 唯一で最高の秘め事。
 泣き言は、泣きそうになる言葉は言わない、絶対に。
「・・・赤雲っていつも・・・泣かないよね」
 見ているのは、前ばかり。
 足元に蹲った犠牲や悲しみや、重荷になるものが何もない気がする。
「当然!約束したもの。その時からね、絶対に、泣いちゃ駄目って決めたの。
 大事な人がどんな目にあっても・・・・・・」
 それは、泣いてばかりだった貴方と。
 それは、泣きそうだった私が。
「・・・誰と?」
「秘密♪」
 嬉しそうに笑う赤雲を見て、碧雲は少し拗ねたように言った。
「ふーん。でも・・・その約束をさせた人、悪い人じゃない?」
「え?」
 それは貴方。
 させたのも、守らせたのも。
 今は目の前で、大きな瞳を瞬かせて、布団に包まってこちらを見ている。
「きっとね、呪文よりも悲しいよ。誰のためにも泣かないなんて、ゼッタイに変よ。
 それが大事な人なら尚更」
 それは、強さではなく。
 それは、唯の強がり。
「私は泣いても良いと思うよ。嘘をついて、隠して、偽って、泣かないのって嫌だな」
 それに私だったら、泣いて・・・欲しいよ・・・・・・」
 まるで今、赤雲が消えてしまうかのように。
 だんだんとか細くなる碧雲の声とは反対に、それに返した赤雲の声は、驚くほど普通で。
「でも、それじゃ私は一生泣かないわね」
「──?」
「だって、私が生きている間はね、私があんたを守るから」
「・・・・・・うん!」
 赤雲は約束を守る。
 守れない約束はしない。
 自分の能力と、責任と、全てを把握しているから、きっと、ではなくて絶対に、守る。
 そういう所が良いなぁと碧雲はいつも思う。
「だからさ、ボディーガード代、前払いね♪」
「え?」
 赤雲はにやっと笑って、2人に絡む布団を剥ぎ取る。
 それから、しなやかな指を伸ばして、パジャマのボタンを外しにかかる。
「ちょ、ちょっとっっ!」
「いいじゃない。どうせ脱ぐんだし、恥ずかしがんなくても公主さまはいらっしゃらないし」
 耳朶を甘噛みしながら、そっと囁く。
「2人っきりで・・・ね・・・・・・」
「そ、そーゆう問題じゃ・・・!」



 こうして、鳳凰山には、甘い甘い時が流れる。












End



あとがき。

セキヘキですね・・・。
セキちゃーん!!キミの性格がたまらなく好き〜♪
何か久しぶりだなぁ、女の子。やっぱ甘い・・・短いぃぃ・・・(T_T)。
草子さん、2万hitおめでとうございます☆
──というアレで、お祝いだったんですね、コレが(死)。
しかも『緋の糸』の呪文をちゃっかり頂く横着者・・・。
忍でした。


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