Memory
「んっ?…ううん…れ??もう朝なのか?」
眩しい朝の光と、ひんやりと新鮮な空気が、太公望を眠りから引き起こす。
まだまだ寝たりない。
でもそのわりには、顔にあたる日の光が強すぎる気がして、太公望は、
目覚まし時計(made by 太乙真人)に、手を伸ばしかけた。
ガッシャーン!!
何かの割れる鋭い音が、響きわたった。
(しまった…後でかたずけなくてはならぬではないか。)
それでも、太公望は朦朧とした頭のまま、また懲りずに目覚まし時計に手を伸ばした。
(はて??じゃがあんな所に、割れ物なんて置いてあったかのぅ?)
底知れぬ不安感が、太公望を襲う。
「望ちゃん…起きたの??」
普賢真人の聞き慣れた声によって、現実へと引き戻された。
途切れかけた記憶の糸が少しずつ、つながりかけようと動き出す…はずだった
(思い出せない…?)
「望ちゃん??ねぇどうしたの?ぼーっとして」
普賢が、不安げに顔をのぞき込む。
「…らない。飲み過ぎじゃろうか??昨日あったことがまったく思いだせん。」
「なんだ、そんなことか。望ちゃんは昨日、眠くなったからって、ここで寝ちゃってまったく起きないから…どっ、どうしたの??望ちゃん。」
何が哀しいわけでもない。なのに涙が溢れてくる。
「わからぬ…別になんでもないんじゃが…
どうも何か、大切なことを忘れてる気がして…」
ナンデモナイ…
笑って見せようとしているのに涙が止まらない。
「無理しちゃダメだよ…よけい痛々しいからね。」
普賢は太公望をそっと抱きしめた。
薄水色の髪が頬にあたる…
「ねぇ望ちゃんそんなに思い出したいの??」
「………」
「そんなに、大切なことなの??」
「うむ…おそらく…」
「でもさ、忘れちゃったものはしかたないと思うよ。」
やさしい言葉
やさしい表情
でも何かがもの足りなかった。
「もうよい…心配かけてすまなんだ…」
「じゃあ、ほら、泣くのはやめて…」
「わかっとる…」
普賢は太公望の両頬にそっと手を添えた。
「いつもと反対だね。」
「すまぬ…」
泣いてほてった頬に、白く細く冷たい指が、心地よい。
太公望は、頬に添えられた普賢の手にそっと自分の手を重ねる。
そして、まだ涙で濡れた瞼への、柔らかな口付け
太公望も、その細い腕を普賢に絡める。
「いつになく、すなおなんだね…」
「そうか??」
驚くほど閑かに、時は流れた
「大好きだよ…望ちゃん」
「同情なら間にあっとる…」
「ホンキだよ…」
普賢の白い指先が胸元をなぞる
重なってきた、華奢なからだを受け入れるでもなく、押し返すでもなく
太公望は、その薄っぺらい胸板にそっと手を添えた。
自分でも躊躇してるのがわかってた
「ねえ、望ちゃん…名前呼んで」
「名前??」
「うん。好きな人から名前呼ばれるの好きなんだ…」
「どうして?」
「ん?だって、その人の中に存在するっていう感じがする…ねっ、お願い」
存在感??
そう、確かに感じる
あの感覚
自分でも思いもよらなかった言葉が口をついて出た。
「公主…」
確かに普賢の言う通りだった。
名前を呼んだだけで溢れかえる記憶…高潔な存在感
そして叶わなかった想いの残像…
「思い出しても、忘れてても結局辛いのは同じでしょ」
「………」
「忘れてしまわない?」
「………」
「ねぇ…また忘れちゃおうよ…なにもかも…」
甘い誘惑
甘美な響き
堕ちてゆくことは、誰にも止められない
快楽を求める欲望のベクトル
「無理して哀しい想いでとっておくことないよ。」
普賢は、小さな小ビンから、白い錠剤を取り出した。
「それは…?」
「記憶削除のクスリだよ。望ちゃんは、クスリ嫌いだっけ?」
普賢は、口にその錠剤と水を口に含み太公望に飲ませた。
甘ったるいクスリの味が、太公望の口腔内にひろがる。
ドクン…
心臓の鼓動が耳元で鳴り響く
そして、懐かしい眠りへの誘い
普賢はすでに寝息を立てている太公望の、髪の毛に、優しくふれた
「今度目覚めた時こそ、君は本当に僕のモノ…
すべてを忘れてどうかよい夢を…」
END,
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