窓辺から赤い月を眺める、深く澄んだ翡翠の瞳。
何かに満足したように、その口元は微笑んでいた。
そこからそっと紡がれた詩(うた)が、静かな月の夜の下に響く。
それは優しく、子守り歌のように。



おぼろげで儚くて
手を伸ばしても届かない
夢の中でしか会えない貴方
それなら終わりのない夢の中で
いつまでも
いつまでも



ねぇ、お願い
私を揺り起こさないで
夢の中から連れ出さないで・・・

 









Caprice









 

「つまり、別れる・・・ってこと?」
服を脱がす手が、言葉と共に止まった。
そのまま顔を上げる。
薄桃の髪が、さらさらと流れた。
「それとも、今度からは私が逢いに行けば良いのかしら?」


翡翠の瞳の切り出した言葉。
『──・・・もう二度と、此処へは来ない』
「まあ確かに、私たちは逢ってはいけない仲だけど」
いつ相手を殺す事になるか解らない。
予測不可能な明日と・・・この、関係。
けれど、不敵に微笑んで。
妲己はそれすら楽しんでいる。
けれど、翡翠の瞳は──?
「今までは、それでも逢っていたし」
公主は俯いたままだった。
長い髪がかかっていて、表情を読み取ることが出来ない。
翡翠の瞳が困惑しているのが、そこから僅かに見える。
困惑は、自分の言葉と、それから・・・冷静すぎる妲己の反応に。
「これからも逢いましょう──とは、いかないのね?」
にっこりと、微笑んだ。
蕩けてしまうような微笑みは、誘惑の術ではない。
本当に笑っている。
それが解るから、公主は顔を上げられずに。
「別れましょう・・・貴方の、望みのままに」
早口でそう言うと、何か小さな物を投げる。
「これは返すわ」
妲己の左手から消えていたものは、指輪。
縦に長い石が埋め込まれた銀色の──いつか、公主に貰ったもの。
「妲己・・・・・・」
公主は、どうしていいか解らなくて、ただ妲己を見つめる。
突き放したのは自分なのに、気付かないうちに縋るような視線を送っていた。
「もう帰って。おやすみなさい」
また俯いた公主に返ってきたのは、突き刺さる言葉と、短い口付け。
手の中で握り締めた指輪も、氷のように冷たくて。



気がつくと、取り残されていた。









ずっとずっとココにいて
私の隣りで明日も笑って



翡翠の瞳は瞬きもせずに。
置き去りにされた迷路の中で、詩を、歌っていた。
気を紛らせたかった。
あの言葉に後悔している。
だから詩を、理想だけの甘い言葉を、繰り返し繰り返し・・・・・・。



欲しいのは暖かい言葉
これが夢だと忘れさせる魔法
私に教えて
体で伝えて



「──・・・いつかは、離れるのだろう?」
詩が途切れる。
自分から切り出した別れに、こうして詩を歌って哀しむなんて、とても未練がましいけれど。
失いたくないから、だから最初からないほうが良くて、ここまで来てしまったから、突き放した。
──それは、いつか来る悲しみを深めないために。
公主は手の仲に握り締めた、まだ冷たい指輪を見つめた。
お互いに、果てしない時間を持っている。
他人とは分かち合えないその時を、少しでも多く共有したいと思っていた。
けれど人は別れるから。
「だから、それなら・・・・・・一緒にいなくとも・・・」
同じ。
もしくは、訪れるのは、それ以上の痛み。
「・・・あれ・・・・・・?」
続きを歌おうとした。
けれど、言葉が浮かばない。
砂糖みたいで大好きだったから、全部覚えていたのに。



ねぇ お願い
私を揺り起こさないで
夢の中から連れ出さないで・・・



「──この詩のようなら良いのに・・・」
幻の中で、女は想いの人に会う。
目が覚めたら離れてしまうのを、女は嫌がった。
女は夢に、ずっと繰り返す甘い幻に溺れていく。
公主が大好きな詩だ。
夢色の甘い詩は、今は、歌詞とは裏腹の声で歌われている。
切り出した別れを前に、公主は現実に涙を流して歌った。








『もう二度と、此処へは来ない』
薬指に、違和感があった。
今まであった金属の冷たさと『何か』が、無くなってしまったから?
「詩が聞こえる・・・・・・」
夢に溺れた女の詩だ。
吐き気がするぐらい甘い歌詞を、妲己は嫌っていた。
「──きっと、貴方は大好きなんでしょうね」
翡翠の瞳が浮かんだ。



丹花の唇に、じゃれるように噛み付きながら。
白い肌の上を自分の指が滑る。
黒い髪が揺れて、自分の薄桃色と絡まる。
少しずつ、熱く乱れた息が吐き出される。
切なげに眉を寄せて喘ぐ姿は、思い出しただけで眩暈がする。



妲己は、乾いた唇を舐めた。
「貴方には、終わりのない恋の詩が、一番似合ってるわ」
だからそんな人と、終わりのない恋をして欲しい。
「──ねぇ、どうしていつも来てくれたの?」
それだけを、最後に、聞きたかった。
「嫌な詩・・・」
まだ終わらない詩が聞こえる。
さっきから、同じ言葉を不自然に繰り返してばかり。
「この歌の最後を知っているのかしら?」
遠くからの詩の中に、甘い泣き声が響いていた。





欲しいのは暖かい言葉
これが夢だと忘れさせる魔法
私に教えて
体で伝えて







「──カラダに、伝えてあげましょうか?」
「・・・だっ・・・き・・・・・・!」
ふわりと、迷路の上に舞い下りた薄桃。
見上げる翡翠の瞳は、ただ驚きに染まっている。
「その歌の最後、知ってる?」
「──え?」
まだ、公主は続きを思い出せていない。
この間から、ずっと不自然に繰り返している。
妲己がすうっと息を吸うと、朱唇から、詩が紡がれた。



遠い遠い醒めない夢
貴方はいつも微笑んで
でもそれは幻
おぼろげではかなくて
最後に貴方は
乾いた風に掻き消される
あとに残るのは
甘い色の風




「──詩のようなら良い、なんて、馬鹿げた事は言わないで」
「・・・!」
「そんなつまらない事よりもね・・・」
同じだけ笑顔は欲しくない。
繰り返すだけで良いのなら、会わずに思い出で暮らしていける。




「気まぐれな恋でもしない?」













END

 







あとがき

『Cradle』の続きです。
1万ヒットのイラリクにちなんで書いてみました。
このシリーズは登場人物少ないので(二人・・・)、ラクできて好きです(笑)
しかし、どうして私の書く百合って、(私から見ると)甘いんでしょう(笑)
個人的には公主さまがいっぱいで楽しかったんですけど。
一人よがりな話ですみません・・・お祝いなのにぃ。
ホモ増強キャンペーンを邪魔してる(笑)忍でした。







女同士は甘々上等! それはね、アマ×アマだから・・・・(スマン!)
表現の多様さにいつもながら感心しちゃいます。ひきずりすぎない歯切れのよい感じが見事ですよね・・・
忍さんの書くこの二人の会話が本当に大好き。好き(ドリーム)(草子)





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