「月のない夜は」
言いかけて竜吉公主が口をつぐむ。そして、長い黒髪の上を太乙の指先がすべりやがて首筋をなぞっていく仕草を待つように息をひそめる。
竜吉と目をあわせたまま、太乙は彼女の耳元を撫で肩口まで指を彷徨わせ、細い顎に手をそえる。唇に触れ、ゆっくりとなぞり、人さし指と中指二本、彼女の口の中に入れた。竜吉は大人しく太乙を見上げ、指を舐める。
「月のない夜は?」太乙が続きを尋ねると小さく笑って首をふる。かわりに、「ずっと待ってた」と、穏やかな声で。今度は太乙が笑う。
「まるで恋人同士みたいだ」「今だけはそうであろう?」
太乙の腕が竜吉の背で交差し、唇が重なる。かすかに掠れた息が幾度も混じり合い、人の住む都の空気に溶け出して消える。
キシッ、と、寝台が小さく鳴った。首をそらせた竜吉のあらわになった乳房を掴み、白い喉元に顔をうずめ、囁く。
「なんで君は私を拒まないのだろうって考えてた」官能を高める範囲で乳首に歯をたてると、竜吉が鼻にかかった溜め息をつく。「ずっとね。」
「私も考えたよ。どうしておぬしは・・・私を抱くのだろうって」「それは、だって、私は男だから」
片腕をつき上半身を起こして竜吉の顔を見下ろす。指先の愛撫で顔をゆがませる竜吉があまりに綺麗でしばらく見蕩れた。
薄目を開けた竜吉が腕をのばし太乙の顔に触れ唇を開く。「月のない夜は・・・空の向こうまで透けて見えるのだよ。太乙」
「ふーん?」吐息をもらしながら竜吉が焦点の合わない眼差しをさまよわせる。「天が見える。・・・空の向こうに」「天って何」
「天は天。それ以上言えないけど。死んだら、行く場所、なのかな。とても綺麗な」
胸を揉みしだき先端を強く吸った。竜吉が身をよじる。その顔をつかまえてもう一度深くキスをする。唇がはなれると泣きそうな声で竜吉が言う。
「月のない夜は。果てる時に、天が私を引き上げてくれるような気がするのじゃ」
「それって・・・」言いかけて太乙は口をつぐんだ。月のない夜。窓際に飾られた花の若い緑がひっそりと光る。そして彼女の濡れた目も。
竜吉は泣いているようにも笑っているようにも見えた。
太乙は彼女の腿に手をおき押し開いた。足の間に顔を埋めると、竜吉の体がひくりとし、その口から押さえた低い声が漏れる。
濡れた芯を舌ですくいとると、舌の上に血の味が混じった。一瞬驚いたその後、傷口を癒すかのように太乙はぴったりと唇をあて血と愛液を吸った。か細い竜吉の手がわななきシーツをつかむ。
「た・・・い・・・・・・いつ・・・・・・・・・」
感じても。悦びに震えても。その声がどんなに掠れていたとしても。
彼女は目を見開いて焦がれるように空を見ているのだろう。

『天が引き上げてくれるような―――』

「ねえ。それは。死にたいってこと?」
答えはない。
彼女の足の間から流れ落ちる血の味が咽にわだかまり
太乙は得られなかった答えのかわりにそれを呑み込む。
それは甘くて神聖で、背筋がじくじくとする。
「死にたいってこと?」
眩暈がした。竜吉の手をつかみ、彼女の性器に自分のそれをあて、ゆっくりと進める。
ひそやかな音をたて彼女の中にのみこまれていく。
乱れた呼吸が重なって、せつない和音のように部屋に響く。
窓の向こうの空を見ていた。彼女は。
誰を想っているのだろうとその目を探りかけ、しょせんわからないことだとあきらめる。
自分自身の心さえまるでわからないのに、と。
「好きだ」ふいに言ってみる。すると本当に彼女を愛しているような気さえして不思議だった。
・・・・・誰も彼もが目の前で死んでしまって。
言葉は喪失を埋めるだろうか? 言ってしまえば真実になるのだろうか?
「君が好きだ。公主」



おぬしはまるで月のようだね、と公主がつぶやき、太乙の髪をすくいキスをした。
ああ、じゃあ、君は。月のない夜のようだよ。そう言い返した。