腎臓病(入院編)
その3:プチ脱走してみました(病院の売店にまつわる話)


 正月5日から入院してはや2ヶ月以上。 季節はもう春、期間的にも視覚的にも外の世界が恋しいなんていう生易しいものでなくなってきます。
中には同様の病気で6ヶ月間一度も外に出ず、大晦日も正月も病院で過ごしたという方がいらっしゃいましたが、私にはそんなこと出来そうにもありません。
きちんと許可を取れば、外出・外泊が出来ないわけではありません。
しかし、ステロイド剤の影響でただでさえ感染しやすい状況で、まして春とはいえまだ肌寒い日が続く季節です。少し前に身内に不幸があって葬儀に参加したい旨の話をした時も「出来れば出ないほうがいいんだけど」という前置き付きで許可を頂いたくらいですから、「何も無いけど(発狂しそうだから)外出させてください」という許可が先生から頂けるとは思えません。
(本当に無調法な話しですが、葬儀へは結局病気と気候の悪さを理由に親に代表で出てもらう事になりました。)
 それにしても、来る日も来る日も同じ風景、同じ顔、同じ部屋、感染防止を理由に他の階への移動も制限されるような軟禁状態と、いつ退院できるかという見通しも全くわからない状況に、家族ともなかなか会えない、勤め先の事も気になる。不安感だけがどんどん募っていきます。
それに加えて、最初のうちはなんとも思わなかった、先に退院して行く方を見送るという事が、入院の日数を重ねるごとにだんだんつらくなり、特に親しく会話をさせて頂いた方が退院された時など、とてつもない寂寥感と焦燥感の為に、一日鬱状態で、同室の方々との会話も少なく、暗い気分のまま日がくれます。

 それにしてもやっぱり春です。
窓から見える温かそうな日差しや、庭の木々に綺麗な花が咲き始めていたりするのを見ると、時に外出など出来る身の上でないのも忘れて心が弾んできます。
それから、普段味気ない病院食なのに、桃の節句の日、お膳には桃の花が添えられていたりして、外への思いを更に増幅してくれます。
で、タイトルの「プチ脱走」についてですが、そんな訳で、外出許可取らないけどちょっと外へ出ちゃおうかな〜的な思いが少しずつ芽生えてきたとしても、やむを得なかったのではと思うのです。
 しかしながら、もうひとつ、この「プチ脱走」を正当化する大きな理由があります。
というのは、売店に関わる話。
たいてい、ある規模以上の総合病院には院内に売店があるようですが、しかしこれが大病院でもキオスクみたいなものすごく小さい店だったりします。
私が入院したところも、大病院にも関わらず、院内の奥まった二坪程の手狭なスペースにこじんまりと納まった売店がひとつきりという状況で、しかもこの売店、殆ど専売状態からなのか、定価表示より安い事は殆どなくて、定価表示の無いものは、どう考えても近所のスーパーで買ったら半値、あるいは1/3位だろうと思われるような無謀な値段が付いていることが多いのです。
 外来や見舞い客ならいざ知らず、日常品の大部分を院内で入手しなければならない入院患者にとってこれは大問題です。
しかも、実はこの病院のすぐ目の前には、コンビニもあればスーパーの看板も見える(そば屋もラーメン屋も小料理屋すらあるという)環境だし、そのコンビニなどは病院の玄関から歩いて3分もかからない場所にあります。
これを指をくわえて見てろというのも酷な話ではありませんか。
などというこじ付けの論理を振りかざし、(こっそりと)無断外出することにしたのです。
 とりあえず、玄関から3分くらいにあるコンビニへ。
パジャマの上には、本格的に入院が決定して以来、袖を通したことの無かったジャンパーを羽織り、これも同じくパジャマの上からジーパンを重ね着して(長期にわたる入院で、体重がかなり落ち、ジーパンなんか重ね履きしてもぶかぶかでした)院外へ。
しかし、約3ヶ月という入院期間というものがどれほど身体に変化を及ぼすものか、この時嫌というほど思い知りました。
普段病院内の空調の効いた、なんの障害もない廊下だけを歩いている身には、ほんの僅かなのに不規則な高低のある舗装面や、グレーチングの掛かった歩道は大変歩きにくく、普通に歩いているつもりでもちょっとした出っ張りに足を引っ掛けて転びそうになったり、マスクを通していても3月の冷たい空気は喉を刺激し、僅かな時間だというのにかなり体力を消耗していくのがわかります。
また、不許可で外出しているという精神的な負い目も心にダメージを与え続けているせいか、あれほど望んでいたにも関わらず、外に居るのが苦痛になってきて、結局、ものの10分も居られず、新聞と髭剃りとコーヒー(本当は良くないが)を買って、さっさと戻ってきてしまいました。
 それでも、ものすごい大冒険のような気がして、大変満足していたのですが、この後、ほどなくして桜が咲き初め、気温もだいぶ温かくなってきて、しょっちゅう、コンビニやスーパー、ホームセンターにまで出かけて行っては、師長さん(この呼び方ってなかなか慣れません。看護師=看護婦、の長、要するに婦長さんです。)に見つかってお目玉くらったりするようになるまで、さほど時間は掛かりませんでした。(笑)
 ところで、この売店は、私の退院後、病院の改築を機に売り場面積も広くなって生まれ変わり、販売品目も増えて、価格もコンビニなみになりましたので、わざわざ表まで買いに行く必要はなくなったようです。
それでも半田ごてまでは売ってないようですが・・・。※パソコンの話参照)