1998年5月29日 インドの核実験後、それに対抗してパキスタンも核実験を行うのでは、と危惧した世界各国はパキスタンに対しいろいろ補償措置を示して思いとどまるよう説得を続けました。 パキスタンでもやれるんならうちも、という国がまだまだ出て来るんじゃないかというのを描いたのですが、少なくともその後数ヶ月は後続はありませんでした。 |
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1998年6月10日 4月末に突然議員を辞職した細川元首相の補欠選挙が6月14日に行われる、その少し前の漫画です。 「殿さま」の地元、熊本でも真意を計りかねる唐突な辞職にとまどって、選挙運動も盛り上がりに欠けるようです。 投票、開票が行われる14日は、ちょうどフランスワールドカップサッカーで日本が最初の試合をアルゼンチンと戦う日で、開票開始とキックオフとは実際は時間差があるのですが(キックオフの方が遅い)、細かいところは無視して描いたものです。 |
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1998年6月16日 6月18日に通常国会は閉会します。 予算も通り、12日の内閣不信任案も無難に否決し、国会内ではそう波風もなく平穏に終わり、橋本さんもほっと・・・・してる場合でなく、外の嵐の対策を早急にとらないといけないのですが、なんとものんびりしているように見えるのは気のせいでしょうか。 それでも多少何かはやったようで、これが掲載された号が発行される前に円と株が少し持ち直しました。ちょっとまずかったかなと思っていたら、やっぱり小手先ばかりで程なくまた安くなって、私もほっと・・・・ |
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1998年6月26日 投票率の方です。 橋本内閣支持率はずっと低落傾向で、これで参院選の投票率も同様にさらに下がるなら内閣も国会も国民から見離されたということです。 しかし、日本にとって幸いなことに、7月12日の参院選は、投票率が跳ね上がり、橋本さんにとっても幸いなことに、自分の内閣の支持率低下の心配はなくなりました。 |
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1998年7月10日 これが自治労の機関誌に載るのは12日の参院選の後だったので、選挙結果に影響されない当たり障りのない話題で描いたのですが、もろに影響を受けて当たり障りが出てしまいました。 もちろんご存じのように、自民党敗北の責任をとって橋本さんが首相を辞任したからです。 |
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