映画『どんぐりの家』




自ら「テーマワークとする」と宣言した
沖縄の少女ひき逃げ殺人事件とは無関係ですが、
是非書いておきたいので書きます。



11月7日の晩、合唱団の友人に誘われて、あるアニメ映画を観ました。

『どんぐりの家』。

埼玉県のある地域での聾(ろう;耳が聞こえないこと)重複障害児の成長過程と、
その父母らを中心としたとりくみで、
重複障害児が働き成長できる共同作業所「どんぐりの家」ができるまでを、
一部実画像をまじえてドキュメントした映画です。


田崎圭子ちゃん。1976年(74年だったかも?)生まれ。
生まれつき耳が聞こえず、知恵遅れもあり、
医師からは「知能の発育は4歳程度が限度」と宣告されました。
食事、トイレ、着替え、何一つ自分ではできず、
目を離すと他人の家に上がり込んで暴れまわり、
気に入らないことがあると奇声をあげて暴れ続ける。
両親は疲れ果て、圭子ちゃんへの愛情すら見失いかけていました。

ある晩、圭子ちゃんは喘息の発作で呼吸困難になり、
救急車で病院に運ばれます。
圭子ちゃんの障害を知らない救急スタッフが両親に呼びかけます、
「名前を呼んであげて下さい!」
自分の名前すら呼べない、呼ばれても聞こえない娘に、
父親が力いっぱい「圭子!」とよびかけました。
圭子ちゃんを避け続けてきたはずの夫の姿に呆然としていた母親も、
一緒に、娘の名前を叫び始めます。
涙を流しながら、圭子ちゃんの名前を呼び続ける二人。
------この子は生きようとしている。
小さな身体に大きな荷を背負って、生きようとしている------
夫婦にとって「生きる邪魔」でしかなかった圭子ちゃんが
本当の意味で二人の子供になった瞬間でした。

圭子ちゃんは、小学校の重複障害児学級に入ります。
子供に付き添う親御さんたちそれぞれが、
田崎さん夫婦と同じ悩みをそれぞれに抱え、苦しんでいました。

ある男の子を施設に預けようとする母親に、先生が訴えます。
この子達がすることは、たとえ問題行動であっても、
何かを伝えようとしている言葉なんです------

黙々と石を並べるその子の母親は、
ある日の夕暮れに、突然その意味に気付きます。
石を両手に持って頭上を飛ぶ渡り鳥の群れへと掲げ、
陸橋の手すりに並べ始めた息子。
母親が同じ目の高さにかがんだ時、
石の列の向こうに夕日が見えました。
------この子は、きれいな夕日を石にも見せたかったんだ。
空を飛ぶ渡り鳥の群れを、石に見せたかったんだ。
花壇の片隅の瀕死のセミの前に石を並べていた時、
この子は石と一緒にセミを励ましていたんだ!------
変化は、母親から始まりました。
近所の迷惑を心配していた母親が子供を連れて街を歩き、
今までは自分から避けていた近所の人達に挨拶します。
そしてある日、能面のような表情だった男の子が、ついに笑ったのです。
問題行動を起こすたびに殴ってばかりだった父親や、
障害のある弟を忌み嫌っていたお姉さんが、
喚声をあげ、涙を流して喜び合います。

個々の家庭での家族の励ましと奮闘に呼応するように、
子供たちは食事を覚え、手話を覚え、
自分の名前を書くことを覚えます。
しかし、そうやって育った子供たちを受け入れる場は、
社会にはあまりにも少ないのです。
障害者の共同作業所はあまりに少なく、
しかも聾重複障害者へのフォローは十分とはいえません。
「ある障害児学級の卒業生が入所した共同作業所に馴染めず、
自宅に閉じこもりっきりになってしまった」
との知らせを契機に、先生方が実態調査に乗り出します。
精神病棟に何年間も入れられたままだったり、
自宅で母親のミシンの足に両手を縛られたままだったり・・・
世間の一員になる機会を与えられず、親たちもなすすべがない、
そんな聾重複障害者たちの現実が明らかになっていきます。

子供たちが成長し続けられる場を、
社会に参加できる場をつくろう。
聾重複障害者の共同作業所をつくろう。
素直な願いは、しかし現実の厳しさとぶつかります。
「きれいごとで始めて『駄目だった』では済まされない」
「自分の子供のことだけでも手一杯なのに」
しかし、諦めたような意見を言う親たちも、
「どうしてもやりたい」と主張する親たちも、
子供の幸せな将来を願う気持ちは同じでした。
「どんぐりの家」をつくる運動がスタートしました。

建設資金は、2億円。
当時の埼玉県の聾唖者(ろうあしゃ)協会の年間予算を
はるかに上回る金額が必要でした。
どこからの補助金も無い、スポンサーも無い中、
子供たち自身や父母たちや聾唖者協会の人達による
粘り強い募金活動やチャリティーバザーで、
資金の目標を達成しました。

こうしてできた「どんぐりの家」では、
聾重複障害者たちが身振りや手話でコミュニケーションをとり、
指導員のアドバイスのもと、自分たちで働きます。
近所の廃品回収に回ったり、手すき和紙の葉書をつくったり。


------ああぁもぅ、やめたやめた。
つくづく私は、映画や演劇の紹介は苦手なようです。
登場人物の名前は抜けまくるし、話の筋は飛ぶし。
私にとっては大変に感動的な映画だっただけに、
その感動をうまく伝えられない自分がもどかしいです。


自分の子供が障害を持って生まれたら、
『どんぐりの家』の親たちのような愛情を注げるだろうか?
------正直な話、私には自信がありません。
いや、自信が無くて当たり前かも知れません。
圭子ちゃんの両親にしても、他の親たちにしても、
最初から模範的な障害者の親だったわけじゃない。
自分がいて、家族がいて、障害とともに生きる子供がいる現実。
その中で苦しみ迷った末に、障害者の親になったのです。
そんな両親や障害児学級の先生方の励ましの中で、
「知能の発育は4歳程度が限度」と言われていた圭子ちゃんは、
思春期を迎えてポニーテールや口紅に憧れ、
「中等部に入ったら自分一人で学校へ通う」と手話で語る、
立派な子供に成長しました。
人の子の親になったことも無いくせに
「近頃の日本では“親”が育ってない」
てな聞いた風な持論をふりかざす私ですが、
子供と親は一緒に育つものなんだ、と、
この映画を通じて改めて学びました。
まだまだ独身貴族を謳歌したい気持ちは変わりありませんが、
この映画を見てから、家庭や子育てが
何だか面白そうに思えたのも、また事実なのです。
※子育て真っ最中の方々から「冗談じゃない!」と一喝されそうですが(^ ^;


政府の大まかな方針は「在宅福祉」、
個々の家庭で極力面倒を見ろ、ということのようです。
しかし、個々人レベルでは手に負えない事に責任を持ってこそ、
政府やら行政やらというものは存在意義があるはず。
無認可の共同作業所がすぐ定員一杯になり、
それらとの接点の無い少なからぬ障害者の方々が
社会参加の機会を得られぬまま苦しんでいる現実を考えれば、
政府の施策が如何に現実社会のニーズを無視しているか、
容易にわかるというものです。

「どんぐりの家」や、その他の日本各地の共同作業所は、
今日の政府の無策を照らし出しながら、
沢山の圭子ちゃんたちの希望の光になっている。
私は、そう考えています。


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