合唱はじめ(2)



 さて、合唱はじめ(1)だけですと、私が中学校時代の片思いだけが切っかけで合唱を始めたような、そんな誤解が生じるかも知れませんね。

 確かに、好きな相手と同じ曲を歌うのは、悪い気はしません。一緒にうたう中で恋が芽生えることだってあります。合唱団が縁で結婚したカップルは多いですし。
 しかし、私は興味の無い事には恐ろしくモノグサなので(まぁ誰でもその傾向はありますが)、惚れた腫れただけでは、嫌いなものが好きにはならないのです。

 歌いたいと思った動機は、ある曲との出会いでした。


 NHK主催の全国音楽コンクールの中学校合唱の部で「景色が私を見た」という曲がよく歌われていた年がありました。
 初めてその曲に“出会った”のは、ある秋の土曜の午後、独りでテレビを何となくつけたままボーッとしていた時でした。
 テレビから突然流れてきた滑らかな旋律にびっくりして顔を上げると、自分と同じ年頃の女の子や男の子が、信じられない位に活き活きとした表情で口を開けている画面が目に飛び込んできたのです。

 歌詞の内容から私が連想したのは、何故か北海道の十勝連峰の秋の景色でした。麓に向かってなだらかに伸びていく斜面に、ビリジアンのハイマツと赤や黄色に色づいた低木がモザイクのように入り組み、灰色の火山レキとともに絨毯のような模様を織り成している光景です。

 何故その風景なのかは自分でもわからないし、作詞者は多分そんな風景は念頭に置いていなかったでしょう。しかし、ともかくも「景色が私を見た」の歌詞とメロディーは私の中に一番強い印象を残していた景色と結びつきました。
 私は、涙が止まらない自分に気付き、驚きました。歌を聞いて泣いたことなど、その時までなかったのです。

 その直後に、中学校のある行事で、合唱部がその曲を演奏しました。その演奏を聞きながら、単なる学校の授業の一つだった合唱に対して、積極的に向き合う意欲が湧き起こるのを、私は感じていました。

 それが実現するのは、更に後の話。
 「景色が私を見た」は、実際に歌う機会は持てずじまいです。
 しかし、もし「景色が私を見た」に出会わなかったら、小学校時代にリコーダーやピアニカのテストで
すっかり音楽の授業が嫌いになっていた私が、合唱をやりたいなどと思うことは、絶対になかったでしょう。

 というわけで、私の合唱生活の契機は、一つは「景色が私を見た」、もう一つが片思い、な訳です。

 


合唱について へ戻る    合唱・音楽一般のリンク

Homeへ戻る