
私のPCライフ
出会い
元々、無類の機械好き。AV(Audio&Visualね)からカメラ、車と、機械なら何でもOK。特に最近はMD、デジタルビデオと、家庭内デジタル化に走る。恐るべきは、そういう物には10万、20万使ってももったいないと思わない性格。
パソコンには会社に入ってはじめて触る。そりゃ、もう格好のおもちゃを手に入れたって事か。当時は会社にN5200と単体のOASYS(両方とも黒画面に緑の文字の奴ね)しかなかったが、遊んでいるうちにすっかり使いこなしてしまう。
余談だが、当時のN5200はHDDを持ってなかった(8インチのFDDを2枚差しこむのだ。)うえに、ちょっとした計算式組んだだけでメモリが足りなくなり、今考えるとせいぜい電卓に毛の生えた程度だったね。
OASYSも罫線引いた表を改ページするのに、タバコ一本吸い終わるぐらい時間がかかってた。たった10数年前の事だけど、パソコンの進歩は凄い。
なぜか
おかげで「機械に詳しい」との過大評価を受け、経理システムの再構築にあたって現在の情報システム部に飛ばされ、またまた初めてWindows3.1に触る。印象は「よく落ちるろくでもないOSだ!」
そして1年後、Windows95発売。すかさず導入されたマシンは富士通のFMVのノート、当時としては最新のSVGAのpentium100MHzマシンであった。私のおもちゃの第二期パワーアップ。システムの設計に携わっている外部のSEからは、ExcelやWordに関しては敵わないという、妙なお墨付きを貰う。
インターネット
元々niftyの幽霊会員ではあったのだが、パソ通自体はどうもオタク的イメージが強く、今一歩踏み込めなかったが、同僚のネコ七氏がやっていて面白そうだったので、1997年12月に会社のマシンでインターネットを始める。
最初の取っ掛かりは懸賞系サイト。すかさず日石のガソリンカード10,000円が当たった事に気を良くして、すっかりネットにはまる。単純。
さらに正月休みを利用してホームページを制作、1998年1月公開する。
道連れ
いまでは十分ネット・オタク状態。さらに得意の「宣伝してまわりを巻き込む」戦法により、その後同僚4名をネットサーフの泥沼に導く。
当初は社内でインターネットはもちろん、内緒だったが、現在では謎のルート開発などの地道な努力もあり、我がグループの13名中10名に普及。
最近普及しすぎて、一部口はうるさいが手は出さない上司が問題にしかけてるようだが、やらなきゃいろいろ覚えないんだし、やった事ないひとにとやかく言われたくはないね。
ついに
そして、ついに今年、初めての自分のパソコン・・・VAIO PCG-803を買う。もちろん、Win98。途端に会社のマシンを使う意欲をなくす。なんてったって、片やPen2/233MHz/120MB/XGA、一方はとPen/120MHz/48MB/SVGAでは・・・違いすぎるもんなぁ。で、現在は個人のPCを会社のネットに強引に繋いでいる。
ちなみに
一昨年、同僚を道連にして初級シスアドにチャレンジして合格。今年は上級受験を目指す。でも、あの資格、初級は楽勝過ぎて、持っているからといって決してコンピュータに強い訳ではないと実感。
まあ、コンピュータを知らない世代に対するコケオドシの資格にはもってこいではあるが。
あれから6年
当時最新のマイPCも今や旧石器時代の代物。会社のPCはどんどん進化し、今やPentiumIII800MHz以上だし。何よりショックだったのは、子供にと思ってタイピングソフト買おうと思ったら、「PentiumIII以上」ときたもんだ。が〜〜ん!
仕事でも家でも出先でもPCを使う私にとって、軽い、薄い、バッテリーが持つ!はPCの必須条件。そこに出ました!欲しかったPCが。
その名はPCG-VX/BD。早速Sony Styleでクレジットのシュミレーション・・・あ!つい手が勝手に購入ボタンを!
そんなわけで、6年ぶりの私のニューマシンが今手元にあります。
しかし・・・このPC、出だしでアヤ付いたんだよね。その辺は・・・日記にかこ。
これから
ちなみにこのPCは標準で無線LAN対応、ブロードバンドにして無線LANを組みたいな・・・と思っているが、なんと我が家はADSLは「速度出ません」と断られ、Bフレッツはまだ対象地域外。ああ、いつになったら使える、無線LAN!
そんなわけで、我が家のPCは相変わらず30mの電話線で繋がっており、これまた相変わらず毎日11時以降、電話は繋がりません。