3月22日(水)
無期懲役・・・それの意味するものは何か?
もし自分の家族がそういう目に遭ったら・・・そして無期懲役であったならば、私自身もこの事件で残された夫と同じように、「無罪にして社会に戻し、殺させてくれ」と願うかもしれない。
犯人の少年は、いかに人の死を、そして残されたものの悲しみを反省したというのか。自分の欲望のためにのみ、人を殺めた事に対して、たった1年弱で「反省している」なんて言われても、遺族がそんな言葉を信じられるものか。
「司法に裏切られました。もう何を信じていいのか分からない」
少年犯罪の無期懲役の場合、7年ぐらいで出所するのが通例らしい。しかし、残された家族の痛みは7年ぐらいで消えるとは思えない。
もし裁判所が遺族の痛みを感じるならば、求刑どおり「死刑」を宣告すべきではなかったか。そして犯人が拘置所で毎朝「死」と隣り合わせ、「死」の影に怯え、自分が行った罪の深さを知り、その上で7年後に情状酌量で減刑・出所したのであれば、同じ7年であっても犯人にとっても、遺族にとっても意味のある7年間になるのではないだろうか。
「殺害自体に計画性がなく、当時18歳と1カ月の少年であり、内面が未熟で、更生の可能性がないとはいい難い」
判決理由ではこう述べられているが、計画性がなければ、そして少年であれば許されるというものではないだろう。この犯人が7年後にどんなに更生したところで、当時11ヶ月の乳児が7年後に帰ってくることはないのだから。
今は、犯人が7年後出所したとしても、生涯犯した罪の意識に苛まされていくことを願うばかりである。そう、「死」よりも生きることの方が辛いんだ、そう考えるしか救われない。
今日の教訓:どんな判決でも許されるものではないが。